波乱万丈な頼子第七回

二章

「どういうことですか?」
 莉々子は、その剣幕に、スマートフォンを少し耳から離した。
『だから、二〇一号室で人が死んでたの! 死んでいるのは、全然知らないばあさんだってこと!』
 それからも、大家はなんだかんだとわめき散らした。まったく、意味がわからない。
 困惑していると、弁護士(アソシエイト)の明石先生が「どうしたの?」とジェスチャーで莉々子に話しかけてきた。眉を八の字に垂らして、肩を竦めていると、
「私に替わって」
 と、明石先生が半ば強引にスマートフォンを莉々子の手から奪った。
「お電話替わりました。わたくし――」
 と、声を営業用のトーンに変えると、スマートフォンを耳にあてたまま、会議室に消えていった。

 それから数分後。
 会議室で電話を続けていた明石先生が、ゆっくりとドアを開けた。そして。
「高幡さん、ちょっと」
 と、莉々子が呼ばれた。
 明石先生の顔が少し赤らんでいる。
 ああ、どうしよう。なんて、弁明したら?
 好奇心であのアパートに行ったと正直に言う? そして、あの大家には調査事務所の人間だと適当なことを言ったと。......まったくの嘘ではないけど。だって、法律事務所も、調査・・はメインの仕事のひとつだ。
......ああ、明石先生って、のほほんとした風貌だけど、怒らせたらめっちゃ怖いんだよな。
 鳩尾を押さえながら会議室のドアを開けると、
「座って」
 と、先生の一言。
 ひゃ。顔が真剣だ。マジで、叱られる......と、身をかがめながら、「失礼します」と、末席に座ると、
「もっと近くに来て」
 と、明石先生。
「はい......」
 と、明石先生の真正面に座ると、
「早速、契約書を作ってほしいの。それから、調べてほしいこともある。昨日、あなたが行ったアパートの二〇一号室の住人について」
「はい?」
「だから、さっきの電話よ。大家さんの中曽根(なかそね)さんからあらかた話は聞いたわ。で、中曽根さん、正式にうちに依頼してきたのよ」
「は......」
「なに惚けた顔をしているの。あなたがとってきた仕事でしょ」
「私が?」
「そうよ。......今回のご依頼は、ふたつ。中曽根さんが管理している部屋の中で死体が見つかった。その身元を探してくれっていうご依頼。......でも、これは、警察と行政に任せたほうがいいってご提案したわ。まあ、行旅死亡人の場合、弁護士ができる仕事はそうないのよ」
「行旅死亡人......」
 行旅死亡人とは、文字通り、行旅(旅行)中に行き倒れて引き取り手がない遺体のことをいう。身元が不明な遺体も行旅死亡人として扱われる。
「で、もうひとつの依頼。二〇一号室を事故物件にしてしまった住人に対する、損害賠償の請求」
「でも、その住人は今どこに?」
「その捜索も含めてのご依頼。さあてと、久しぶりに、面白い案件が飛び込んできたわ」
 明石先生が、どこかウキウキとした様子で言った。が、すぐに表情を引き締めると、
「さあ、まずは、契約書よ。今日の夕方までに用意してくれる? 明日、中曽根さんがいらっしゃるから」

 まさに、ひょうたんから駒。......なのか?
 なにかすっきりしない気分で契約書を作成していると、
「仕事、ゲットですって?」
 と、藤村がニヤニヤしながら声をかけてきた。「ひょうたんからゴマですね」
 それを言うなら、駒。......あんた、本当に元高校教師なの?
「しかし、妙なことになりましたね」
 言いながら、藤村がホワイトボードに向かった。そしてペンを握りしめると、
『波乱万丈な頼子』
 と書き殴った。
「そもそも、発端は、YouTuberの"頼子"。自身の波乱万丈な人生を語る......という動画です。そして、もう一人の頼子」
 藤村は、さらに
『終活の頼子』
 とペンを走らせた。
 ......うーん、見事な手さばき。こういうところは、高校教師の面影があるなぁ。
「うちの事務所の『終活』コーナーに、相談メールを送ってきた頼子さん。こちらの住所にある『湘南マリーナコーポ』と、『波乱万丈な頼子』が住んでいるであろうアパートの間取りがまったく同じ。ということで、この二人の頼子は同一人物に違いないと推理した高幡さんは、その好奇心に煽られるように、現地に赴いた」
 ちょっとちょっと、なによ、その言い方。
「すると、二〇一号室から死体が」
 私が見つけたわけではないけどね。
「しかも、死んでいたのは、住人ではなくて、まったく見知らぬ人」
「あー、ちなみに」
 莉々子は、言葉を差し挟んだ。
「二〇一号室に住んでいたのは、男性だったみたい。四十代の男性。なんでも、あのアパートには、高齢者は住んでいないって」
「ということは、"頼子"も住んでないってことですか?」
「まあ、そうなるね。......つか、そもそも、"頼子"とあのアパートはまったくの無関係なんじゃないの? もっといえば、波乱万丈な頼子と終活の頼子もまったくの他人なんじゃないの? つか、大船観音がどうとか、日差しがどうとか、それを言い出したのは、藤村君、あなただからね。そんなことを言うから、私、大船なんかに行く羽目になったんだからね」
「それは、言いがかりですよ。大船に行かせたのは高幡さんの好奇心に他なりません」
「まあ、確かに......」
「でも、いいじゃないですか。そのおかげで、仕事をゲットできたんですから。明石先生、喜んでらしたじゃないですか。なんでも、あの大家さん、あの辺の地主さんらしいですよ。これを機に顧問契約も結びたいって、張り切ってましたよ」
 それなら、ゲロまみれになった甲斐もあったというものだ。
「で、僕、思ったんですけどね。もしかしたら、"頼子"はフェイクなんじゃないか」
「だから、私が最初から言っているでしょ! 似たような動画が雨後の竹の子のように馬鹿みたいにアップされているって。誰かが裏で糸を引いているんじゃないかって」
「その推理、正解かもしれません。......ちょっと、これを見てください」
 と、藤村が自身のスマートフォンを取り出した。
「さっき、ランチをとりながら検索していたんですけどね。こんなのを見つけたんですよ」
 そして、その画面を莉々子に向けた。
 それは、クラウドソーシング系の求人情報だった。クラウドソーシングとは、依頼者(クライアント)と仕事をしたい人(ワーカー)を直接結びつけるサービスだ。仲介する会社や事務所が存在しない分、ワーカーはクライアントが払うギャランティをまるっと手にすることができる。が、リスクも多い。管理する仲介業者がいない代わりに、トラブルが発生したときは、それが直接ワーカーに降りかかる。また、闇バイトのような反社会的行為をさせられる場合もある。以前も、知らないうちに犯罪に加担させられたと、うちの事務所に泣きついてきた相談者がいた。
「こちらを見てください、これ」
 藤村が指さした箇所を見てみると、
『簡単なお仕事です。料理をしている十五分ほどの動画を撮影してくれる人を募集します。動画は、YouTubeの背景に使用します。顔は隠して、料理を作っている手元だけ撮影していただきます。料理をしている音が入っていてもかまいませんが、会話は入れないようにお願いします。撮影はお手持ちのスマホでも大丈夫です』
 とある。さらに、求人対象を見てみると、
『六十代以上の女性』
 とあった。
「うん? どういうこと?」
「この求人を出しているのは、スマイル企画っていう名前の、動画を企画制作している会社みたいなんですけどね。......この会社は他にも、『猫の動画』やら『犬の動画』やら、ありとあらゆる動画を募集しているんです」
「つまり?」
「だから、そのまんまですよ。動画を企画制作しているんです。料理をしている高齢女性の動画とか、猫の動画とか犬の動画を。送られてきた動画を使って、嘘のコンテンツを作っているんだと思いますよ」
「え? ということは、この会社が、黒幕?」
「可能性はありますね。もう、僕も驚きました。まさか、本当にそういうことをしているなんてね。でも、話には聞いたことはあるんですよ。動画サイトにアップされている動画の大半は"企画"されたものだって。いや、もちろん、一般人が趣味で上げている動画も多いですよ。でも、それ以上に、企画もので溢れているらしい。というのも、ただ動画をアップしただけでは、再生回数は上がらないんです。五年も経っているのに、再生回数が百にも届かない動画なんてザラですからね。一方で、そんなに面白くない動画が、百万回とか再生されている場合もある」
「確かに。なんでこんな動画がこんなにバズってるの? というのはよくある」
「バズるには、きっかけ、つまり、引き金(トリガー)が必要なんです。その引き金を引くのは、もちろん、運もあります。でも、それは宝くじに当たるようなものです。一生かかっても、当たらない人は当たらない」
「運次第ってこと?」
「だから、運を自ら作るんです。確実にバズらせるために、仕掛けるんです。芸能界でいえば、新人をごり押しでテレビに出演させるとか、サクラを大量に動員してライブを開くとか、そういう話題作りを繰り返すんです。
 つまり、動画にも、そういう仕組みが存在するということですよ。芸能界でいえば、事務所とかプロデューサーみたいなものですかね。事実、人気動画のYouTuberは、たいがい、どこかしらの事務所に所属しています」
 それは知っているけど。
 莉々子が口を挟もうとするも、藤村の独演は続いた。
「昔のYouTuberは、こんなんじゃなかった。本当に、みんな、"趣味"でやっていたんです。収益なんか期待していなかった。でも、YouTubeがGoogleの傘下に入ってから、収益優先主義に移行しちゃったんですよね。それ以来、昨日までは一般人だった普通の人が、迷惑行為や犯罪行為をしたりしてまで再生回数を上げるのに夢中になってしまった。僕の教え子にも、迷惑系の動画をアップして、逮捕されてしまった子がいます。いい子だったのに。......本当に罪深い話です」

波乱万丈な頼子

Synopsisあらすじ

法律事務所で事務職をしている高幡莉々子は仕事の一環で見つけた、ある動画チャンネルに興味を抱く。「頼子」という70代の女が、困窮した生活状況や波乱万丈な人生を語る動画だ。投げ銭だけでも相当儲けているはずなのに、やらせじゃないの? ちょっとした好奇心から莉々子は次第に取り返しの付かない事態に巻き込まれていく・・・・・・。

Profile著者紹介

1964年、宮崎県生まれ。多摩芸術学園卒業。2005年『孤虫症』でメフィスト賞を受賞し、デビュー。11年に文庫化された『殺人鬼フジコの衝動』がベストセラーに。他の著書に『坂の上の赤い屋根』『さっちゃんは、なぜ死んだのか?』『ノストラダムス・エイジ』など多数。

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