波乱万丈な頼子第三十一回

八章

31

〈波乱万丈の頼子を特定した。高幡静子という主婦だ。東京某所の一軒家に住んでいる〉

 そんなコメントとともに、一枚の写真が貼り付けられている。
 エプロン姿のぽっちゃりおばさんだ。カウンター向こうのキッチンで、ピースサインを出している。
〈このキッチン、間違いなく、波乱万丈の頼子の最新動画に出てきたキッチンだ〉
〈まじかー。つか、これ、どこから持ってきた画像?〉
〈フェイスブックを特定した。冷蔵庫に貼られていたレシートやらチラシやらを拡大してみたら、住んでいる場所が特定できた〉

「まじか――!」
 高幡莉々子は、仰け反りながら声を上げた。
『リリちゃん! 助けて!』
 という、母からの電話があったのは、一時間ほど前のことだ。「どうしたの?」と訊くと、
『なんだかよくわからないけど、ワタシ、狙われているみたいなの!』
 と、悲鳴にも似た声に、鷲掴みにされたように、心臓がきゅっとなる。
 母は泣きながら続けた。
『昨日からなんかおかしかったのよ。固定電話に変な電話がいくつもかかってきたり。......今日なんかね、出前が間違って届いたのよ、三回も! ......さっきなんて、壁にペンキで落書きまでされたんだから! 死ね......って。詐欺師は出ていけ......って。......古いお友達のタナカさんから、何年かぶりにメールをもらったんだけど。タナカさんがね、メールで、変なことを言うのよ。炎上しているけど、どうしたの?って。......ネットで大炎上してるって。あなたはヨリコなの?って』
 まさか。四代目波乱万丈な頼子が、ママだってバレたか?
 ここまで考えて、莉々子の思考は完全にストップした。
 しかし、すぐに気を取り直して、とりあえずは、すぐそばにあったカフェに駆け込んだ。
 とにかく、クールダウンしなくては。情報を整理しなくては......と、スマホを取り出す。検索するまでもなかった。Xのトレンドワードに「頼子」が挙がっている。Xでポストされているのは、某匿名掲示板の書き込みと画像だった。
 画像には見覚えがあった。以前、母はフェイスブックを立ち上げたことがある。新し物好きの母は、なにか新しいSNSができると飛びつく習性があり、それまでにも、旧ツイッター、YouTube、インスタと、ことごとくアカウントを作ってきたが、どれも三日坊主。長くは続かず、放置したままだ。削除しておいたほうがいいよと何度かアドバイスしてきたが、母は「わかったわかった」と生返事ばかり。かくいう莉々子もすっかり忘れていた。
 そのSNSが今まさに、発掘されている。
 最悪なことに、母はどのSNSも本名でアカウントを作っていて、しかも、詳しいプロフィールまで紹介していた。プライベートな写真もつけて。
 それまでは閲覧者もほとんどおらず、それが問題になったことはなかったが、まさか、ここにきて、こんな大炎上をもたらすとは!
 莉々子は震えた。
 いったい、どうすれば?
 どうすればいいの?
 莉々子は、すがるように藤村の電話番号を表示させた。と、そのときだった。ショートメールが来た。藤村からだった。

『高幡さんのお母さん、炎上してますね。今、それに気がついて、慌ててメールしました』
「そうなのよ。なんだか、うちにイタズラ電話が来たり、出前が届いたり、ペンキで落書きされたりしているらしい」
『ヤバいですね』
「どうしたらいいと思う?」
『まずは、SNSをすべて削除したほうがいいと思います』
「やっぱり? 早速、母に連絡してみる」
『いや、待ってください。今更削除しても、スクショが拡散されてしまっているので、焼け石に水かもしれません。ここは、逆に利用したほうがいいかも』
「利用って?」
『SNSを使って、「自分は頼子ではない。動画を利用されただけだ」と報告するんです。ちゃんと経緯を説明するんです。なるべく、早いうちに』
「わかった」
『一応、明石先生に相談したほうがいいと思いますので、今から事務所に戻って来られますか?』
「了解」

   +

〈皆様へ。高幡静子と『波乱万丈の頼子』は一切、関係ありません。高幡静子の動画を利用して、とある業者が勝手に『頼子』として動画サイトにアップしたにすぎません。現在、当該業者を訴える準備に入っています。つきましては、高幡静子に対する誹謗中傷、および嫌がらせに関しては、法律にのっとり厳正に対処いたします〉

「『当該業者を訴える準備に入っています』の部分は、削除したほうがいいかもしれない」
 事務所に戻ると、莉々子は電車の中で考えた文章を明石先生に見せてみた。
「だって、まだ訴訟の準備には入っていないわけだし」
 確かに。
「それに、当該業者......スマイル企画だっけ?」
「はい」
「そのスマイル企画が動画を勝手に利用したわけではなくて、あなたが応募したのよね?」
「はい。......でも、契約書とかはまだです」
「契約書がなくても、あなたは募集されたものに応募したのだから、その動画を使用してください......という意思表示をしたようなものよ。だから、『勝手に』という部分も削除したほうがいいかも」
「............」
「でも、使用方法については、まったく知らなかったのよね?」
「はい! まったく知りませんでした!」
「そこが争点になるわね。著作権の侵害」
「ですよね?」
「いずれにしても、『当該業者を訴える準備に入っています』と『勝手に』を削除して、今すぐに、お母さんのSNSにアップしたほうがいい。具体的なことはそれから」
「はい!」
「今すぐ、アップできる?」
「はい! 母のアカウント名もパスワードもわかってますので。母ったら、全部同じなんですよ。アカウント名もパスワードも。パスワードなんて、自分の名前と誕生日ですからね。迂闊すぎです」
 莉々子は、早速、母親のSNSすべてに文章をアップした。
 これで炎上が収まるとも思えないが、消火活動をしているという姿勢はアピールしておいたほうがいい。でないと、ますます延焼する。
「で、問題は、スマイル企画ね」
 明石先生が、腕を組んだ。
「でも、検索しても出てこないんです」莉々子はため息混じりで言った。「登記もしていないようなインチキ会社なんではないかと」
「その会社は、クラウドソーシング系の求人情報サイトに載っていたのよね?」
「はい」
「だったら、そのサイトになにかヒントがあるかもしれな――」
「ありました!」
 声を上げたのは、藤村だった。
「求人情報サイトの中で、『スマイル企画』と似た会社がないか、検索をかけてみたんです。そしたら、『株式会社都市計画プロダクションSmile企画』というのがあったんです。不動産のチラシ配りを募集していたんですが、なにか、怪しくありません?」
 株式会社都市計画プロダクションSmile企画?
 莉々子は、自身のパソコンで検索をかけてみた。
 あった。
『飲食店企画、不動産販売、人材育成、広告代理、芸能プロモーション』などなど、数多くの業務が記されているが、資本金百万円と、規模は小さい。
 続けて「従業員の紹介」ページを開いてみると、従業員のプロフィールが顔写真とともにずらずらと掲載されていた。
「うん?」
 莉々子は、ある従業員の名前に注目した。
 柏木光太郎。
 この名前、どこかで――。
 記憶を辿っていると、ある従業員の顔写真が目に入った。名前は、瀬山涼(せやまりょう)。
「うん? うん?」
 この人。見覚えがある。どこかで見た。
 どこだったかな......。
「あ。この人、二〇二号室の人だ!」
 そうだ。湘南マリーナコーポ。久能頼子という高齢女性が亡くなっていた部屋の、隣の部屋の住人だ。
 そうだ、そうだ。そもそも、この人のせいで、大家の中曽根さんに服を借りる羽目になったんだ!
 うそ。この人、「スマイル企画」の関係者なの?

波乱万丈な頼子

Synopsisあらすじ

法律事務所で事務職をしている高幡莉々子は仕事の一環で見つけた、ある動画チャンネルに興味を抱く。「頼子」という70代の女が、困窮した生活状況や波乱万丈な人生を語る動画だ。投げ銭だけでも相当儲けているはずなのに、やらせじゃないの? ちょっとした好奇心から莉々子は次第に取り返しの付かない事態に巻き込まれていく・・・・・・。

Profile著者紹介

1964年、宮崎県生まれ。多摩芸術学園卒業。2005年『孤虫症』でメフィスト賞を受賞し、デビュー。11年に文庫化された『殺人鬼フジコの衝動』がベストセラーに。他の著書に『坂の上の赤い屋根』『さっちゃんは、なぜ死んだのか?』『ノストラダムス・エイジ』など多数。

Newest issue最新話

Backnumberバックナンバー