波乱万丈な頼子第十七回

五章

17

「なるほど。あと二人、"頼子"がいたということですね」
 藤村が、うーんと、天を仰ぎながら呻いた。
 事務所近くの洋食屋。莉々子は今日も、藤村とここでランチをとっている。とはいえ、毎度毎度、おごるわけにはいかない。それに、毎度毎度後輩である藤村に相談に乗ってもらうのも癪だ。なので、藤村が洋食屋に入ったのを見計らって、莉々子もそのあとを追った。そして、「あら、偶然!」などと言って、同じテーブルについた。さらに、あからさまなため息を何度もつき、「どうしたんですか?」という質問を誘導した。「ううん、なんでもない」などと、一度は首を横に振ってはみたものの、その後もしつこくため息を繰り返し、「だから、どうしたんですか?」と、二度目の質問を導き、「うん、っていうか。実は......」と、質問に渋々答える体で、事の次第を語った。
 案の定、藤村は食いついてきた。
「頼子が複数人いることはなんとなく想像がつきましたが、確かに、他の頼子がどうなったかは気になりますよね」
「でしょう?」
「そうなると、なんで"頼子"という名前なのか、が気になりますね」
「それは、三人目の頼子が、"頼子"だったからでは?」
「そうです。三人目で、かつ、あのアパートの部屋で亡くなっていた女性の名前は、頼子さんでした」
「うん。でしょう?」
「でも、頼子さんは、三人目ですよ?」
「うん」
「普通は、一人目の人の名前を使用しませんか?」
「一人目の人の本名も、頼子だったんでは?」
「二人目の人も?」
「......うん、たぶん」
「ということは、黒幕は、あえて、"頼子"という名前の人を採用したと?」
「たぶん」
「じゃ、高幡さんのお母さんの名前は? 確か――」
「静子」
「ほら、違うじゃないですか」
「それが、違わないのよ。私ね、例のクラウドソーシングに動画を送ったとき、"頼子"という名前で送ったのよ」
「え? そうだったんですか? でも、前に聞いたときは――」
「うん、あのときは、ちょっと嘘言っちゃった。だって、さすがに、本名で送るのは気が引けて。だから"頼子"って」
「なるほど、なるほど」
 藤村が何度も頷く。続けて、
「ということは、他の二人の頼子がどうなったのかも、案外、すぐにわかるかもしれませんよ」
「え?」
「だって、そうじゃないですか。事件になっていたりすれば、データベースを検索すればすぐに出てきます」
「事件性がない死亡の場合は、簡単には調べられないわよね?」
「でも、高幡さんが気になっているのは、お母さんがなにか変な事件に巻き込まれるんじゃないかってことですよね? たとえば、連続殺人的な」
「連続殺人......」
「少なくとも、事件に巻き込まれて亡くなった頼子さんがいなければ、高幡さんは安心するんではないですか?」
「ああ、確かに」
「じゃ、事務所に戻ったら、早速、検索してみましょう」そして、藤村は腕時計を見た。「うん、昼休みが終わるまであと三十分。検索する範囲は、波乱万丈な頼子のVLOGがはじまってから今までの一年なので、三十分もあれば充分でしょう」

   +

 連続殺人。藤村からそんな単語を聞かされて、莉々子の心はざわついた。
 確かに、他の頼子がどうなったのかは気になったけれど、連続殺人とまでは考えていなかった。いや、心の奥底では考えていたのかもしれないけれど、意識の上にはのぼっていなかった。
 でも、意識した以上、居ても立ってもいられない状態だった。
 連続殺人。小説やドラマなんかではよく耳にするが、実際にはそれほど多くない。少なくとも、毎年発生するようなメジャーな事件ではない。だからこそ、小説やドラマの格好のネタになるのだ。その希少性が、人々の好奇心をくすぐるのだ。
 これが他人事だったら、莉々子もまた、鼻息荒く検索に没頭していたかもしれない。
 が、自分事となると、どうも指が硬直してしまう。なかなか、検索が進まない。
 そうこうしているうちに、昼休みが終わる午後一時まであと五分になってしまった。
「高幡さん。検索してみたんですが......」
 藤村が声をかけてきた。「いい話と悪い話、どちらを先に聞きたいですか?」
 は? なに、それ。そういうのいいから、さっさと用件を言いなさい!とばかりに、横目だけで視線を送ると、
「といっても、いい話と悪い話、どっちも同じことなんですけどね」
 と藤村が、またもや回りくどいことを言う。さらに横目で視線を送ると、
「えっと。頼子という名の女性が事件データベースに残ってました。頼子、七十二歳。秩父の山林で遺体となって発見されています」
「え。山林? 遺体?」
「そう、一年前の事件です。地元の住民が犬の散歩中に発見したんだそうです。遺体は半分焼かれていたとのことですが、遺留品もあり、身元はすぐにわかったんだとか。ただ、犯人はいまだにつかまっていません」
「未解決事件!?」
「でも、データベースに残っていた"頼子"は、ひとりです。ということは、もうひとりの頼子さんは、今のところ事件には巻き込まれていないということになります」
「ちょっと待って。その頼子さんは、山林で焼かれた状態で遺棄されていたのよね? つまり、隠されていたのよね? だったら、もうひとりの頼子もどこかに遺棄されている可能性はない?」
「あ」藤村の呑気な顔が、一瞬、青ざめる。「確かに、その線もありますね......。見つかってないので事件になっていないだけで」
 莉々子のぞわぞわが止まらない。
 これ、マジで、連続殺人の可能性ない? だとしたら、狙われているのは、動画に出演した頼子たち。ということは......、次は、ママが!?
 狼狽えていると、明石弁護士が部屋に入ってきた。
「あ、高幡さん。あなた、鎌倉の中曽根さんに服、返した?」
「あ。......すみません! まだです。でも、クリーニングからはもう戻っていますので、明日にでも宅配便で」
「だったら、明日、直接行ってくれない? 実は、明日、先方と会う約束をしたんだけど、急用が入って、行けなくなったのよ。あ、でも、書類を渡すだけだから。頼まれてくれる?」
「もちろんです」
「それと、今、"頼子"って聞こえたんだけど。例の部屋で亡くなった頼子さんのことで、なにかわかったことあるの?」
「ああ、それが......」
 莉々子は躊躇ったが、今こそいい機会だと自分に言い聞かせ、昨夜徹夜で作成したレジュメをトートバッグから取り出した。
「先生! お時間があるときに、これを読んでいただけますか?」

   +

「えええええ」
 レジュメを手にした明石先生が、呆れかえったように脱力した。
「高幡さん、あなた、面倒なことしちゃったわね......」
「はい、すみません。......なんか、魔が差して」莉々子は、これ以上ないというほど体を丸めて、恐縮した。続けて、「......でも、それだけじゃないんです。今さっきわかったことなんですが、動画に出演していた頼子のひとりかもしれない人が、秩父の山林で遺体で発見されていたんです」
「え? どういうこと?」
「高幡さんは、連続殺人の可能性を疑っているんですよ」藤村が、どや顔で口を挟んだ。続けて、
「高幡さんいわく、波乱万丈な頼子は、自分の母親を含めて、四人いる。そのうちのひとりは、先日、例のアパートで遺体となって発見された久能頼子さん。あとの二人ももしかしたらなにか事件に巻き込まれていないかと、事件データベースを検索したところ、大塚頼子さんという七十二歳の女性が、秩父の山林で遺体となって発見されたことが分かりました。で、残るもうひとりの頼子も、どこかに遺棄されているんじゃないかって、疑っているんです」
「ちょっと待って。その大塚頼子って人が動画に出ていた証拠は?」
「それはまだです。今のところ、すべて、推測です」
「それじゃ、全然ダメよ。推測というか、ただの妄想でしょう? あなたたち、ドラマの見過ぎなんじゃないの? 現実に、連続殺人というのはかなり希(まれ)なことなのよ? それに、アパートで亡くなっていた久能頼子さんは、孤独死の可能性が高い。なんで、あの部屋の住人でもない久能頼子さんがあの部屋で亡くなっていたのかは謎だけど。大家さんである中曽根さんは、それを知りたがっている。住人の行方もね。ただ、それは、私たちの仕事ではないのよ。だから、調査事務所を紹介したの。そして明日、その紹介状を持って行く約束をしたってわけ。いい? わかっているとは思うけど、弁護士の仕事は多忙を極める。やれることとやれないこと、そこはちゃんと線引きする必要があるのよ。それが依頼主に対する誠意でもあるの。法的なことはお引き受けするけど、人捜し的なものは、その道の専門家に任せるのが一番なの。
だから、高幡さん、明日、お願いね。約束は朝十時。直行でいいから」

波乱万丈な頼子

Synopsisあらすじ

法律事務所で事務職をしている高幡莉々子は仕事の一環で見つけた、ある動画チャンネルに興味を抱く。「頼子」という70代の女が、困窮した生活状況や波乱万丈な人生を語る動画だ。投げ銭だけでも相当儲けているはずなのに、やらせじゃないの? ちょっとした好奇心から莉々子は次第に取り返しの付かない事態に巻き込まれていく・・・・・・。

Profile著者紹介

1964年、宮崎県生まれ。多摩芸術学園卒業。2005年『孤虫症』でメフィスト賞を受賞し、デビュー。11年に文庫化された『殺人鬼フジコの衝動』がベストセラーに。他の著書に『坂の上の赤い屋根』『さっちゃんは、なぜ死んだのか?』『ノストラダムス・エイジ』など多数。

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