波乱万丈な頼子第十四回

四章

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 今日は、みなさまにご報告があります。
 先日のことです。
 なにか疲れがとれないなぁって。食欲ないなぁって。引っ越しの疲れが出ているのかな?と、とりあえずエナジードリンクを飲んでみたり、安静にしていたりしていたのですが。一向によくならない。
 そんなとき、一通の封書が届きました。それまで住んでいた街からです。健康診断の結果が、送られてきたのです。
 開封して、驚きました。赤い数値ばかりで。赤いということは、つまり、異常な数値という意味です。
前年の健康診断ではまったく異常がなかったのに。血圧が少し高めなので塩分を控えめに......と言われたぐらいで。
 なのに、今回は、どの項目も「検査」が必要な赤字なのです。
 なにかの間違いか?とも思ったのですが、ここのところの体調不良と関係しているかも?と思い、近所のクリニックに行ってみることにしました。
そうしたら、お医者さんが真っ青な顔で、「すぐに大きな病院に行ってください。紹介状を書きますので」と言うのです。
「あ、じゃ、来週にでも......」
 と私が言うと、
「今すぐです! 今すぐに、行ってください!」
 とお医者さんが怒鳴るように急かしました。
「血糖値が三百近くあるんです! これは異常事態です!」
 それで、その日にタクシーで地元の大学病院に行ったのですが。
 大学病院というと待たされるイメージでしたが、クリニックの先生が直接お電話で交渉してくださったおかげで、到着するやいなや、すぐに診察となりました。
 その場で内視鏡の検査やら造影検査やらが行われました。詳しい結果は後日だそうですが、お医者さんは言いました。
「癌の可能性が非常に高い」と。
 がーんっていう感じです。
 ......すみません、笑えないギャグですね。
 でも、本当に、「がーん」という擬音が頭の中に鳴り響いたのです。漫画とかでよく見る「がーん」。あれ、的確な表現なんですね。
 先生はそのまま入院することも勧めたのですが、引っ越したばかりだし、片付けもしなくちゃだし、いろんな手続きもしなくちゃだし、とりあえず、検査結果がわかるまで、自宅で療養することにしました。そして、血糖値を下げるためにインスリンを打ってもらって、そのまま帰宅しました。
 インスリンは、一週間分、処方されました。つまり、一週間、私は猶予をもらったのです。この猶予期間中に、いろいろとやっておこうと思いました。
 それで、まっさきに、動画を再開したというわけです。それが昨日アップした動画です。
あれは一週間前に撮影、編集したものです。
 コメントに、体形が変わった。別人なのでは?という指摘がいくつかみられました。それに応えなくてはいけないと思い、今日も緊急で動画をアップした次第です。ちなみに、この動画は、五日前に撮影したものです。
 私の体形が変わったのは、ここ数日のことなのです。たぶん、病気のせいです。血糖値の異常な上昇から、お医者さんは膵臓癌を疑っていますが、浮腫も激しいので、他の癌である可能性も高いということです。
 これで、ご納得いただけたでしょうか?

   +

「はぁ?」
 莉々子は、毒々しく吐いた。
「納得するわけないじゃん! つか、うちの母親を勝手に病気にしないでよ!」
 そう、この動画に映っているのは、間違いなく、自分の母親なのだ。自分が撮影して投稿した、母親の姿なのだ。
「高幡さんが、変なコメントするからですよ」
 藤村が、うしろからパソコンに表示された動画を覗き込む。
 変なコメント?
 ああ、これね。
『動画に映っている人物、誰ですか? 明らかに、前の人とは別人ですよね? 頼子って、何人いるんですか?』
 確かに、これを投稿したのは自分だけど。
「でも、他にも疑っている人は何人かいたわよ?」
「少数派ですけどね。大半が、頼子を信じて応援している人ばかり」
「マジで怖いんですけど。こんな、誰が見ても明らかに別人なのに、なんで信じるわけ?」
「まあ、それが、信者・・たる所以でしょうね」
「信者か。......うわ、マジで怖い」
 ぶるっと体を震わせていると、
「でも、今日、こんな動画をアップしたということは、ある意味、高幡さんのコメントが効いたということでもあると思いますよ」
「どういうこと?」
「だって、無視すればいつかは埋もれるクレームコメントなのに、わざわざ回答を示したんですから」
「それもそうね」
「しかもですよ。余命宣告って。草が生えますよ。単純に、ストレスで少しデブったとかにしておけばいいものを」
「ちょっと、うちの母親をデブ呼ばわりしないでくれる? これでも、ダイエット頑張っているんだから」
「いや、でも、待てよ。高幡さんのコメントは利用された可能性もある」
「うん?」
「正直、波乱万丈系のVLOGは、下火フェーズに入っています」
「うん、それは、思った。かつての勢いはないよね。休止しているチャンネルも多いし。私も、以前ほどは熱心に見てないし。頼子のチャンネルも、再開したはいいけど再生数はそれほど伸びなかった」
「飽きられてきたんでしょうね。で、敵は方向転換を迫られたわけなんですよ。再開一発目の動画の再生数がイマイチなのを見て、大きく舵を切った」
「つまり?」
「つまり、『余命』ビジネスに切り替えたんですよ」
「余命ビジネス?」
「まあ、こう言っちゃなんですが、『余命』ビジネスは不滅のコンテンツですから。古くは、『愛と死をみつめて』」
「なに、それ」
「え? 知りませんか? マコとミコ」
「は?」
「まあ、ぼくも祖母に聞いたんですけどね。なんでも、その昔、不治の病で余命宣告された彼女と恋人の往復書簡をまとめた本が大ヒットしたんですって。映画にもなってドラマにもなって。とにかく大ブームになったそうですよ」
「余命がブームって......」
「特に女性の間で大ブームになったらしいですよ。うちの祖母も、夢中で本を読んだそうです。もちろん、映画も見たし、ドラマも見たそうです」
「人の余命を商売にしているようで、なんかすっきりしないわね......」
「それが、余命ビジネスですよ。余命コンテンツですよ。その後も、余命宣告された花嫁とか、父親とか、母親とか、とにかく、似たような余命ものが次々と出現した。余命コンテンツの凄いところは、出せば必ず、ある程度の数字をたたき出せるところです。廃れることはないんです。魔法のコンテンツなんです。だからこそ、リスクもある。そのリスクがあるから、誰も彼も、うかつに手を出せないのです。ある意味、禁じ手でもある」
「リスクって?」
「先ほど紹介した『愛と死をみつめて』。あれは、紛うことなく、実話です。彼女のミコは癌で亡くなりましたが、彼氏のマコは生き残った。しかも、まだまだ若かった。なのに世間は、マコには永遠にミコの恋人であることを要求したのです。マコの人生は、『愛と死をみつめて』に乗っ取られたようなものです。マコはその後、他の女性と結婚しますが、世間のバッシングは相当酷かったようです。祖母も、長いこと、『マコに裏切られた』って、恨み節を漏らしてましたっけ」
「裏切られたって。......あなたのおばあさまとマコはまったく無関係でしょう?」
「もちろんそうです。でも、祖母の中では、マコは永遠にミコの恋人だったのです。そういう人が、日本中にいたのです」
「へ......」
「でも、ちょっとやっかいなことになりましたね。だってそうでしょう? 頼子は、明らかに詐病です」
「詐病どころか、頼子じたい架空だけどね」
「これで仮に、クラファン(募金)でもはじめたら、詐欺行為ですよ」
「確かに」
「その詐欺に加担しているのが、高幡さんのお母さんってことになるんです」
「え?」
「だって、そうでしょう? この動画に登場しているのは、高幡さんのお母さんなんですから」
「あ......」
 莉々子の頭の芯が、きんきんに凍り付く。......そうだ。このままでは、うちの母親が詐欺師ってことになってしまう。
「やだ、どうしよう? どうしたら?」
「まあ、今のところは、まだ募金はしてないんでギリギリセーフですけどね。でも、病気を餌に再生数を稼いでいるので、グレーっちゃグレーなんですけど。......でも、フェイクドキュメンタリーというジャンルもあるわけなので、ひとつの作品だと主張すれば、まあ、ありっちゃありかな......」
 藤村が、曖昧な言葉を並べていく。それを聞いているうちに、莉々子の頭はますます凍り付いていく。もう、これ以上、まともな思考ができない。
「私、帰るわ」
「え?」
「早退する。じゃ」
 そして、莉々子はゾンビのように背中を丸めながら、帰り支度をはじめた。

波乱万丈な頼子

Synopsisあらすじ

法律事務所で事務職をしている高幡莉々子は仕事の一環で見つけた、ある動画チャンネルに興味を抱く。「頼子」という70代の女が、困窮した生活状況や波乱万丈な人生を語る動画だ。投げ銭だけでも相当儲けているはずなのに、やらせじゃないの? ちょっとした好奇心から莉々子は次第に取り返しの付かない事態に巻き込まれていく・・・・・・。

Profile著者紹介

1964年、宮崎県生まれ。多摩芸術学園卒業。2005年『孤虫症』でメフィスト賞を受賞し、デビュー。11年に文庫化された『殺人鬼フジコの衝動』がベストセラーに。他の著書に『坂の上の赤い屋根』『さっちゃんは、なぜ死んだのか?』『ノストラダムス・エイジ』など多数。

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