波乱万丈な頼子第二回
一章
2
【波乱万丈】頼子の孤独な終活【70代】
みなさまに感謝いたします。
みなさまのおかげで、頼子は今月もなんとかやっていけそうです。
でも、ちょっと心配ごとがあるんです。この動画の存在を、息子に知られたようなんです。
ご存じの通り、息子は今、無職です。
それまでは、東京の中堅会社に勤めていて、営業職をしていました。年収は六百万円はあったかと思います。でも、半年前、会社を辞めてしまいました。いえ、くびになってしまいました。......痴漢行為がバレてしまったんです。
そのときのことは、以前もお話ししましたね。
半年前のある日、警察を名乗る人から電話がきました。息子の名前を出して、「痴漢の現行犯で逮捕した」と。
はじめは、いわゆる振り込め詐欺なのか?と思いました。だから、無視したんです。
そしたら、今度は本人から電話があって。まぎれもなく、息子の声でした。私を「ママ」と呼ぶところ、自分のことを「自分」と呼ぶところ、「だからさ、だからさ」という口癖、そしてそのイントネーション。どれをとっても、息子本人でした。
これは、詐欺ではない、本当のことだと知り、足の爪の先まで冷たくなりました。
息子が言うには、示談金を払えば、釈放されるということでした。示談金を払えなかったら、このまま留置場に行き、送検されるとのこと。そしたら前科がついて、人生が終わりだと言うのです。
そもそも、なんで痴漢なんてしたのか。
本人は、間違いだ、なにかの誤解だ、冤罪だとまくし立てます。なら、冤罪だとちゃんと訴えなさいと言うと、冤罪を証明するのは難しい。それに、裁判になると、何日も拘留されることになる。どのみち、人生終わりだ。だったら、示談金を払って、すべてなかったことにしたい......と。
そう泣きつかれて、私は、老後の資金にと貯めていた二百万円を振り込みました。その甲斐あって息子は放免となったのですが、人の口に戸は立てられない。息子の痴漢騒ぎは会社に知られることになり、辞めさせられたのです。
それ以降、いまだに無職です。
無職なのに、お嫁さんにはそのことは告げずに、会社に行っている風を装っています。
......以前はそうご説明しましたが、実は、痴漢の話そのものが、出鱈目だったんです。先日知りました。私から二百万円を引き出すための狂言だったと、息子が白状しました。息子は、警官と自分自身を一人二役で演じ、私を騙したのです。そう、あれは、当初疑った通り、振り込め詐欺だったのです。......一般の振り込め詐欺と違うのは、犯人は息子という点です。
なんて、情けない話でしょう。
息子を問い詰めると、会社をくびになったことは本当だそうです。なんでも、会社のお金を使い込んでしまったんだとか。それを補填するために、仕方なく、私を騙したんだそうです。ですが、結局二百万円では足りず、会社にもバレ、温情で警察沙汰にはならなかったようですが、解雇されたんだそうです。
なんで、そんなことに。
ギャンブル? 女?
いいえ、元凶は家族でした。
年収六百万円の息子が、都心に六千万円のマンションを買ったのは十年前です。
年収六百万円で六千万円のフルローンを組んだのです。よく、ローンの審査に通ったものだと思います。
当時は、お嫁さんも働いており、世帯年収が一千万円を超えていたようなので、それで審査が通ったんだと思います。
でも、この十年で子供が二人生まれ、お嫁さんは、今は専業主婦。
息子の年収六百万円で、生活のすべてをまかなわなくてはなりません。
ローンの返済は、月に二十万円とちょっと。年間で二百五十万円ほど。
年収六百万円のうち、ローンの返済が二百五十万円。どう考えても、ギリギリです。
なのに、お嫁さんは、上の子供を私立の小学校に入れ、下の子も私立小学校に入れるんだと、お受験のお教室に通わせています。
とてもじゃないけど、息子の年収では足りません。
それでも、お嫁さんに頭があがらない息子は、お嫁さんの言いなり。それどころか、年収を水増しして、お嫁さんにいいところを見せつけようとしていました。......あの子の悪い癖です。自分を大きく見せようと、昔から嘘をよくついていました。......それで、生活費の足りない分は、最初はノンバンクからお金を借りて補填していたようです。それでも足りず闇金に、そしてついには会社のお金に手をつけてしまったようなんです。
聞くと、会社から横領したお金以外にも、闇金から借りたお金がなかなか返せずにいるとのこと。
ここまで追い詰められているのに、そのことはお嫁さんにはいまだ知らせず、しかも、無職のままなんです。せめて、バイトでもいいから働いてくれたらいいのに、プライドの高い息子ですから、それはしたくないようです。
今も、あちこちからお金を借りて、給料があるように見せかけています。言うまでもなく、私の年金もあてにされています。年金の入金日には、必ず息子から電話がかかってきて、無心されます。
......私の年金はもう諦めています。問題は、いったい、あの子はどのぐらい借金があるのか? ということです。恐ろしくて、その額を聞くこともできません。
もう、本当に、泥沼です。地獄です。
昨日、ライブ配信でみなさまからいただいた投げ銭も、すべて息子への援助に消えてしまうでしょう。
この動画の収益も、です。
でも、私はこの動画のことは黙っていました。恥ずかしいということもありましたが、息子が知ったら、いったいなにをするか、考えるだけで恐ろしかったからです。あの子のことですから、もっと収益が上がるように、詐欺まがいのことを私にさせるに決まっています。
それだけは避けたかった。視聴者のみなさんを騙すような真似だけはしたくなかった。
だから、私は、この動画のことは息子には黙っていました。
とはいえ、息子はうすうすは気がついていたようです。「なんで、ママはそんなにお金をもっているの?」と。「年金だけじゃないよね? どうやってお金を稼いでいるの?」と。
息子が無心するまま、お金を貸してきたのですが、その原資はどこから来るのか、常々、不思議がっていました。
私は「いい時給のパートをしているのよ」と誤魔化していましたが、ついに、この動画のことが息子にバレてしまいました。
だから、この動画はもうおしまいにしなくてはなりません。
息子の餌食になる前に。
みなさまを、息子から守るために。
みなさま、本当に今までありがとうございました。
みなさまの応援は、私の生きる励みでした。喜びでした。
本当に本当に、感謝いたします。
Synopsisあらすじ
法律事務所で事務職をしている高幡莉々子は仕事の一環で見つけた、ある動画チャンネルに興味を抱く。「頼子」という70代の女が、困窮した生活状況や波乱万丈な人生を語る動画だ。投げ銭だけでも相当儲けているはずなのに、やらせじゃないの? ちょっとした好奇心から莉々子は次第に取り返しの付かない事態に巻き込まれていく・・・・・・。
Profile著者紹介
1964年、宮崎県生まれ。多摩芸術学園卒業。2005年『孤虫症』でメフィスト賞を受賞し、デビュー。11年に文庫化された『殺人鬼フジコの衝動』がベストセラーに。他の著書に『坂の上の赤い屋根』『さっちゃんは、なぜ死んだのか?』『ノストラダムス・エイジ』など多数。
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