兎神の島第五回

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 問答は続いたが、結局のところ、魔右衛門は折れて一人で船に乗りこんで本土に帰った。どれだけ話しても、ミヨの決心は固いようだったし、それなら数日一人で暮らしてみるのもいいだろう、と思ったのだ。

「なんで一緒にいてやらんのだ」
 一人で戻ってきた魔右衛門に、吉六は訝しげにいった。「喧嘩になったのか。そこは男のほうが度量を見せる場面じゃないのか。あんないい娘を一人で置いていくなんて」
「違うんだよ。仲が悪くなったとかそうじゃなくて、本当に一人で住みたいらしい。まあ数日が限界だろうが」
 
 数日が限界ではなかったのである。
 その後、吉六が小舟をだして島にいってみたり、魔右衛門が再び島にいってみたりした。
 島に到着すると、ミヨは特別に不自由を感じている様子はなく、にこやかに楽しそうにしているのである。
 薪にする流木を集めたり、磯場であめふらしや蛸と遊んだり、家の補修をしたり、することはたくさんあるという。栄螺を売ろうと獲りにくる魔右衛門のために集めておいてくれたりする。
 一時的に本土に戻すことができても、すぐに元いた島に戻りたがる。戻ったところで他に行くあてもないし、あの島が一番落ち着くのだという。最初に気楽に隠れ棲む根城として島に目をつけただけあって、魔右衛門は、ミヨの気持ちはわからなくもなかった。次第に慣れてくると、ミヨを本土に連れ戻す理由も特にないと思い始めた。
 吉六と魔右衛門は頻繁に島に立ち寄るようになった。釣りに海にでて、凪いでいたら間違いなく船を向ける。庭の畑でとれた野菜や、米や餅などをもっていく。吉六の言では「気になってしょうがない」のだそうだ。
 こうしてこの島は、常在するミヨと、それを心配し、小舟で立ち寄る魔右衛門と吉六、この三人の友愛を育む場所となった。兎だらけなので、魔右衛門と吉六はここを兎の島と呼ぶようになった。
 ミヨは小屋の近くの竈で火を焚き、魔右衛門が串に刺した団子(もちろん捏ねてから船でもってきたのである)を火に炙る。吉六も炎の前で煙管をふかしながら、ミヨとおしゃべりをしている。「今日は泊っていくからな」吉六はもってきた酒瓶を掲げる。もはや一年もすると、これが兎島の「いつもの風景」であった。
 三人で浜の上にある野原にあがった。途中岩がきりたったところがあるが、吉六が梯子をかけたので特に苦も無くあがることができる。この野原は蚊が少ない。風で飛ばされてしまうのであろう。野原には無数の兎がいた。敵もなく日当たりも良く草も生えていて居心地がいいのかもしれない。岩に座って、ちびちびと猪口で飲みながら、そうして月を見る。魔右衛門は月光に照らされた友人たちを見ると、遥か生まれる前から、仲間だったような気になる。

兎神の島

Synopsisあらすじ

旅をしていた魔右衛門が偶然助けた男・吉六。その吉六の家の近には《神の住む島》
があり、魔右衛門はその島で兎を飼いながら暮らすことになるが――。

Profile著者紹介

恒川光太郎(つねかわ こうたろう)
1973年東京都生まれ。
2005年「夜市」で日本ホラー小説大賞を受賞。同作単行本はデビュー作にして直木賞候補になる。2014年『金色機械』で日本推理作家協会賞を受賞。
その他の著書に『無貌の神』『真夜中のたずねびと』などがある。

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