十字路の蛇第三回

 その頃から、私の目に、彼は「蛇」のように映った。道路の真ん中に大きな蛇がとぐろをまいている。手をだせば噛みつかれ、毒が回って死ぬ。
 だが嬉しいことに、何が起こったのか、年が明けてから、ウエスタン男はいつのまにかいなくなった。いよいよその正体が露見して警察につれていかれたのでないかと思ったが、そういう話はきかなかった。
 さて、父が突然死んでしまった角井佑介はどうなったか。
 ずいぶんなショックだったろう。それが原因だったのかわからないが、角井は学校にあまりこなくなった。同じ新興住宅街だった私は何度か角井の家にプリントを届けにいったが、彼はでてこないで母親がプリントを受け取った
 不登校といってよく二年生の期間はかなりの日数を欠席していた。文化祭も体育祭も現れなかった。だが全くこないわけではなく、ふとしたときに現れ、授業を受けるときもあった。そういうときの角井は普通に見えた。
 二年生の三学期だった。ちょうど学年末テスト期間中に、角井は、久しぶりに登校して、クラスメートと殴り合いの喧嘩をした。かなり唐突に角井から喧嘩を売った形だった。そしてこの日を境に完全に学校にこなくなってしまった。
 それから二ヶ月ほどして、ちょうど四月になって、新学期がはじまった頃だった。角井の父の不審死は、急速に展開して解決した。角井の母、角井真澄が「夫を知人と共謀して殺害した容疑」で逮捕されたのだ。その知人というのは、あの十字路の男ではなく、夫婦共通の友人だったという館林市に住む中年男性だった。報道で顔をみたが私は全く知らない顔だった。
 学校から帰ってくると、住宅街に警察車両が何台も出入りしており、報道関係者と思われる人たちがいた。角井の母はもう護送されたあとで、記者の一人に事件の感想や角井のことを何やらきかれた。マイクを向けられた私は俄に緊張し、「びっくりしました」とか「あまり学校にこなくなって心配でした」などといった。
 その後の報道が仄めかしていたところでは、角井真澄と、殺害を担当した中年男性は不倫関係にあったという。
 一連の騒動中も、騒動後も、結局角井佑介に会う機会はなかった。そのため、別れの挨拶などもなく、角井は私の生活圏内から消えた。正確なことはわからないが、角井はどちらかの祖父母の実家に身を寄せたのだと思う。
 私が高校二年生のときに角井佑介の死が報道された。私の暮す町からだいぶ離れた山形県の農家に、角井は農作物(西瓜だか何か)を盗みに入ろうとしたらしい。そこは獣除けの電流が流れる柵を設置しており、運悪く電気柵に身体がひっかかってしまい、感電して死んだ。
 私はそのときも、全く無関係のウエスタン男の姿を脳裏に浮かべた。ギター男と角井佑介の死になんの接点もないのだが、〈蛇〉のいる町で、〈蛇〉に関わったものは、その呪いがどこまでも追いかけていくような気がした。
 ちょうど角井佑介の死から一ヶ月ほどしたころ、私の両親が離婚した。
 離婚の原因は、父の勤めていた会社が経営不振で父が解雇され、無職になったことと、一日中家にいる父と母の間に喧嘩が絶えなくなったことだと思う。父は「自宅居間を改築して蕎麦屋を開業する。妻と子にはそれを手伝ってもらう」などといいだし、母は大反対した。「あなたは蕎麦を作ったことが一度もないし、飲食店を開業するなら、こんなド田舎の住宅街ではなく、客が入るところで居抜きの店舗を借りるべき。それでも生活が成立するほど稼ぎがでる見込みがなさそうなのに」と母はいった。その件で揉めながらも父は「この家を人に貸し、海外移住をする。海外で一旗揚げる」ともいいはじめた。私としては、蕎麦屋の開業も、海外移住も、むしろ面白そうだと思ったし、やりたいことはやったほうがいいのではないかと思ったが、結局、人生観の相違か、そもそもの性格の不一致か、父と母は相互に理解することなく、揉めるだけ揉めて離婚となった。
 私は母について、母の実家のある大宮にいくことになり、田園風景のなかの小さな町を離れた。

 大宮は突き抜けて都会だった。立ち並ぶビルと、数え切れないほどの店舗。そして混雑。いきなり世界が変わったといってよかった。私はよくある田舎育ちの人間が持つ「都会への憧れ」というものをもっておらず、最初は少し息苦しく感じた。だが「だいぶ便利になった」という実感はあった。
 高校を卒業すると東京の大学に進学し、私鉄沿線の安アパートで一人暮らしをした。無事卒業すると就職と転職を経験した。何人かの女性とつきあい、何度か破局した。
 あの田園風景の町にいく機会はなかった。
 地元の幼なじみたちとの縁も、引っ越しを機に切れてしまった。父は結局、蕎麦屋を開業することもなく、海外移住することもなく、あの家を売り払い、再婚して板橋のほうに住んでいると母からきいたのが、ちょうど二十歳頃であった。私は蕎麦を打っている父の姿を想像していたので肩すかしの感があった。

十字路の蛇

Synopsisあらすじ

七歳の時に、農地に浮かぶ島のような町に引っ越した私。
その町では、ウエスタンスタイルをした謎のギター男が十字路で目撃されていた。
そこを通る私にじっと冷たい目を向けてくる、彼の正体は――。

Profile著者紹介

恒川光太郎(つねかわ こうたろう)
1973年東京都生まれ。
2005年「夜市」で日本ホラー小説大賞を受賞。同作単行本はデビュー作にして直木賞候補になる。2014年『金色機械』で日本推理作家協会賞を受賞。
その他の著書に『無貌の神』『滅びの園』『白昼夢の森の少女』などがある。

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