スマホやパソコンなどのデジタル機器、もしくはネット上に遺される「デジタル遺品」。実際に金銭的価値を持つものが増えた一方、他人からは詳細が分からないものも多く、相続の場で問題化し始めているそうです。

 確かに少し想像しただけでも、SNSにネット銀行・ネット証券サブスクサービス、さらに今話題のキャッシュレス決済など、該当するものは一気に増えた気がします。

 そうしたサービスの浸透、さらにはその相続を目前にした場合、私たちはどう準備し、対応すべきでしょうか。その最新事情とノウハウを整理した新刊『スマホの中身も「遺品」です―デジタル相続入門』より"はじめに"をご紹介。

 そのスマホ、もはや放置は許されません!

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<はじめに>

――パスワードの連続入力ミスで思い出が「初期化」――

 私が受けた相談で次のようなものがありました。

 相談主は60代の女性。長年連れ添った夫が亡くなり、スマートフォン(スマホ)のパスワードが分からずに困っているとのこと。故人は1年前に折りたたみ式携帯電話(ガラケー)からスマホに乗り換えたのをきっかけに、旅行先にもデジタルカメラを持って行かなくなり、もっぱらスマホで家族や仲間との写真を撮るようになったそうです。

 不慮の事故死だったため、亡くなる直前までの元気な様子の写真がスマホに残されているはずですが、端末にロックがかかっているため中身が見られません。指紋認証はもう使えませんが、パスワード入力でロックを解除できることが分かっていたので、女性は夫の生年月日や、孫の誕生日など思いつく限りのパスワードを入力しました。しかし、一向にロックが解除できなかったといいます。

 やがてスマホにはパスワード入力画面が表示されなくなり、長らくの暗転のあと、「こんにちは」と書かれた画面が表示されるようになりました。そして以降は何をしても前のようなパスワード入力の画面が出てこなくなってしまいました。

 スマホを契約している会社に相談にいっても、中身についてはノータッチ。それでどうにも打つ手がなくなったため、女性はネットで検索し、私がデジタル遺品の取り扱いについて無料メール相談を受け付けていると知って連絡をした、とのことでした。

 残念ながらこの状態になったら、スマホを元どおりに復旧することは不可能です。

 故人が使っていたスマホはアップルのiPhone。10回連続でパスコード(パスワード)入力をミスしたら工場出荷時の状態にする「初期化」、つまり中身を空っぽにしてしまう設定が選べる端末だったのです。おそらく故人はその設定を有効にしていたのでしょう。そもそもは盗難等に遭った際に個人情報を守るために用意されている機能ですが、そういった設定が仇となって取り返しのつかない事態を発生させた、ということになります。

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Biljana JovanovicによるPixabayからの画像

――目に見えない「デジタル遺品」の増加――

 遺品というものは持ち主が亡くなったときに生まれます。

 家の中を見渡せば、仕事道具や趣味のコレクション、普段使っているマグカップ、書斎の椅子、玄関を開けたら愛車に自宅などなど、自分が死んだときの"遺品候補"があふれているのではないでしょうか。

 しかし今、遺品は目に見えているものだけではなくなっています。

 たとえば、スマホやパソコンの中に保存されている写真やメール、各種のデータ、インターネット上にあるフェイスブックやツイッターといった自分のSNSページなどもれっきとした遺品候補です。これらはいわゆる「デジタル遺品」になりうる存在です。

 いまや老若男女を問わず、デジタルの機器やサービスを使わない生活はほとんど考えられなくなりました。それなのに「デジタル遺品」となると、どう向き合えばいいのか迷ってしまうところがあります。それはおそらく本人も、家族も、提供する側も、社会も―。

 デジタルが私たちの生活に本格的に浸透し始めたのは、平成となった1990年代といえるでしょう。95年にはWindows95が発売され、「インターネット」が流行語大賞にノミネートされました。民生機としてのデジタルカメラで初のヒット作となったカシオ計算機の「QV -10」が売り出されたのもこの年です。

 それから99年にはNTTドコモが携帯電話向けに「iモード」をスタートさせ、2000年には一般家庭でのパソコン普及率が過半数に達しました。ADSL等の常時接続環境も広まり、数年後にはインターネット普及率も5割を突破。08年にはアップルの「iPhone3G」の国内販売がスタートし、スマートフォンが流行する嚆矢(こうし)となりました。

 社会の枠組みとしても、デジタルやインターネットを活用するのが当たり前となり、09年からは株式等振替制度により上場会社の株券がすべてペーパーレス化、つまり電子化しています。さらに翌10年には銀行以外の企業でも送金業務を認める資金決済法が施行され、「○○ペイ」などの電子決済サービスが生まれる基礎となりました。現在、国を挙げて推し進めているキャッシュレス化もデジタル環境なくしては成り立ちません。

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3D Animation Production CompanyによるPixabayからの画像

――多くの疑問がありながら、誰も答えを知らない――

 それだけ重要な存在となったデジタルの資産ですが、遺品となったあとの流れがピンと来ない人のほうが多いのではないでしょうか?

 たとえばこれが自動車だったら、何とかなる気がします。 もし遺された家族が免許を持っていないとしても、ダッシュボードを開いて、車検証の入ったフォルダーをたぶん見つけてくれる。そこでディーラーが分かれば、あとは連絡して現状を伝えるだけでおまかせという流れになりそうです。

 しかし、そういったいざというときに頼りにできる道筋が、デジタル遺品に関してはほとんど存在しません。だからこそ怖い。

「故人のスマホはどうすれば解約できるのか?」

「いざというとき、スマホの中のデータは取り出せるのか?」

「インターネット上に残した足跡は死んだあともずっと残り続けるのか?」

「○○ペイに残った残高はどうなるのか?」

「ほったらかしていた資産が負債となり、遺族に襲いかかることはないか?」

 これらの疑問すべてに的確に答えられる人はほとんどいないでしょう。何せ提供している側も暗中模索しているところなのですから。

 実際のところ、デジタルは市井の道具としてまだ30年程度しか経っておらず、人類が遺品として対峙した歴史はさらに浅いのです。それだけに整備が不十分で粗が目立つところも多々あり、想定していないような事態が発生して、提供する側が右往左往することも珍しくありません。所有者の死後、遺された側ではどうすることもできないようなことも普通にあります。

 しかし、備えることはできます。

 もしあなたがデジタル遺品を遺す立場なら、元気な今だからこそとれる対策はたくさんあります。そしてその経験や知識は、遺される側に立ったときにも大いに役立つでしょう。


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FunkyFocusによるPixabayからの画像

――「遺品 2・0」に備えよう――

 私は2010年から、亡くなった人が残していったSNSページやブログ、ホームページの追跡調査を始めました。そこからデジタル遺品全般に関心や調査を広げた結果、現在に至ります。取材や個別の相談を通して、数多(あまた)のサイトやサービス、トラブル事例に触れるなかで、所有者が亡くなったあとに発生するデジタル遺品特有の問題は、大きく二つに分けられることに気づきました。

・デジタルだから起きる問題
・業界の未成熟さが招く問題

 この二つを区別して捉えることが、デジタル遺品を過度に怖がらない第一歩だと確信しています。そこで頭をよぎったのが「遺品2・0」という捉え方でした。

「○○2・0」という表現は、2005年に実業家ティム・オライリーが提唱した「Web2・0」という言葉が端緒です。発信する側と受け取る側がはっきりと分かれていた初期のインターネット環境から、発信も受け取りも流動的にこなせるようになった変化を端的に表しました。

 そこからしばらくすると、新しい時代に進んだ物事を「金融2・0」「家電2・0」のように表現するのが流行りました。「インダストリー4・0」「ソサエティ5・0」といった表現もこの延長線上にあるといえるでしょう。

 デジタル遺品といっても遺品の一ジャンルにすぎません。ただ表面的なところでこれまでの遺品と随分違うところがあるのは確かです。なおかつ、多くの人が避けては通れないほど生活に浸透しています。従来の遺品観にデジタル要素も混ぜ合わせ、少し本腰を入れてバージョンアップして向き合わないと厄介な存在になるんじゃないか。それで「遺品2・0」というわけです。

 おりしも、日本は相続法が約40年ぶりに大幅改正されたまっただなかにいます。この激変のなかで、相続対象としてのデジタル遺品への向き合い方も深まっていくでしょう。

 以前からある遺品もデジタルの遺品も、フラットに扱える「遺品2・0」の時代を迎えるのに絶好の機会ではないかと思います。逆にこの機を逃すと、相続の枠組みが現実のはるか後手に回ってしまい、余計な手間やストレスに晒される可能性が高まるかもしれません。

 デジタルの遺品に落ち着いて向き合い、相続や整理を滞りなく済ませる。そして、心ゆくまで故人を偲ぶ。

 この本がそれを普通にできる手助けとなれば嬉しい限りです。

『スマホの「中身」も遺品です』

古田雄介:1977年名古屋市生まれ。記者・ライター。名古屋工業大学卒業後に上京し、建設工事現場監督と葬儀社スタッフを経て、2002年に編集プロダクション入社。07年以降フリーランスの記者として活動。16年から一般社団法人デジタル遺品研究会ルクシー代表理事を務めた。著書に『ここが知りたい! デジタル遺品』(技術評論社)、『故人サイト』(社会評論社)、『中の人』(KADOKAWA)など。