朝のテレビ情報番組を見ていると、未だにハラスメント(主にセクハラ、パワハラ)でいろいろと問題が起こっていることがうかがえる。
 「なぜそんなバカなことを」と呆れる気持ちとともに、渦中に身をおいたと仮定した時、自分がどう対処するのが正しいのかわからずに、ただ戸惑うばかりなのだろうなと想う気持ちも、ある気が。
 「ハラスメント=悪い」と認識していても、どこからがハラスメントに当たるのかが分からない。明確な線引きがあれば、もっとスッキリとできるのに......。

 そんなモヤモヤを抱える人に読んでほしいのが、本書『ハラスメントの境界線』。女性である著者の主張は偏りがあるのでは、という方もいるかもしれないが、そんなことはない。
 "男女ともに"働きやすい社会をつくるためには、何が必要か――そのエッセンスを本書で学んでみては。

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はじめに ~日本はハラスメント後進国です~

 セクハラ、パワハラの法律が厳しくなります―

「え、ふだんの会話もなくなっちゃうよ。もう女性とは話せないな」
「もうなんでもハラスメント、ハラスメントって、嫌になっちゃうよね!」
「広告や発言もすぐ炎上するし、言葉狩りじゃない?」
「上司が萎縮して適切な指導ができない」

 そんな人にはぜひ読んでほしい本です。これを機会にハラスメントへの認識や理解をアップデートしてみませんか?
 平成も終わる2019年の初めから、就活セクハラ、『週刊SPA!』への大学生の抗議など、さまざまな事件が起きています。前年のユーキャン新語・流行語大賞には「悪質タックル」「奈良判定」「時短ハラスメント」「#MeToo」というハラスメントに関連する言葉が4つノミネートされました。
 最近の事件では、大手ゼネコン大林組の社員が就職活動でOB訪問に来た女子大学生にわいせつな行為をしたとして逮捕されましたよね。就活セクハラで逮捕者が出たのです。「許せない!」「キャリア終わったな。コイツ」という声もありますが同時にこんな声もあります。

「これは一部の人の個人的なことだよね」
「女子大生のほうにもスキがあったんじゃないの?」
「部屋に上がったら、OKということじゃない?」

 そう思った方はぜひアップデートしましょう。私は、これも「職場領域のハラスメント」と思っています。多くの女子大生が「断ったら不利になるかもしれない」と思ってしまうパワーの関係が明確だからです。しかし均等法のセクハラの定義は労働者しか対象にしていません。「就活中の学生を守れる法律に改正を」と、そんな動きもあります。

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<中略>

「男全部がセクハラ野郎ではないし、痴漢でもない。一部のひどい奴のせいで迷惑」と思っている方。本当にそのとおりです。
 このムーブメントは男性にも悪いことではありません。おっしゃるとおり、一部の「ひどい奴」が、セクハラやパワハラで職場の雰囲気を悪くし、生産性を下げ、仕事の邪魔をしているのです。さらに会社全体をリスクに陥れます。男vs.女ではないのです。
 中には「パワハラで困っている部下を助けたい」「セクハラで嫌な思いをしている女性社員を助けたい」と思っても、「自分の今後のキャリアを考えると言えない」と、望まないのに「加害者に加担した」人もいるでしょう。
 誰もが加害者になり被害者になる可能性もあります。私も「あちゃー、10年前に書いたあれはもう今では許されないな。おじさんって単語も大丈夫かな?」と日々アップデートを心がけています。それでも次から次に変化は訪れます。
 また取材をすればするほど思うのが「セクハラがある場には必ずパワハラがある」ということです。その同じ場で、主に女性はセクハラにあい、男性はパワハラにあっています。そこには別種のハラスメントもあるでしょう。そういう組織が多い日本では、学校には「スクールセクハラ」「アカハラ(アカデミックハラスメント)」があり、スポーツ界には「体罰を伴うパワハラ」があります。社会全体にハラスメントが横行することになります。
「すべてのハラスメントはつながっている」というのが、小島慶子さんや松中権さんと一緒に私もかかわっているプラットフォーム「#WeToo JAPAN」のサイトに記されている言葉です。
 男性だってハラスメントだらけのギスギスした職場より、機嫌よく働ける職場のほうが歓迎ですよね?

 同時に男性は不安にも思います。過去のアレはダメだったのか? もしかしたら告発されるのでは? 不用意な一言でクビになるのでは?
 よく「服をほめただけでクビになっちゃうんだよね」と笑い話に紛れさせる人がいますが、そういう人ほど不安なのでしょう。ちゃんとハラスメントについて、アップデートされた意識で対処すれば「ハラスメント問題は怖くない」。相手の尊厳も自分のキャリアも、守ることができます。生産性の高い、風通しの良い職場で日々を過ごせます。
 この本は主に「職場領域のハラスメント」について、悩めるビジネスパーソンのための本です。最新のハラスメント対策や、今起こっていること、どうしたらこの「悪しき仕事の習慣」を、組織としてアップデートして、なくすことができるか、を書いた本です。

<中略>

 ハラスメントは「人権問題」でもあり、職場の生産性、リスクマネジメント、人材獲得に関わる重大問題です。人権といってもピンとこない男性こそ、もしかしたら「職場で家庭で人間として扱われていない」のかもしれません。
 でもそんな時代も終わりです。仕事という枠に人間を当てはめる仕事中心のマネジメントから、個々をありのままに大切にする「人間中心」のマネジメントへ。時代は動いていきます。企業はそうしないと生き残れないからです。
 組織で未然にハラスメント防止をすることは、個人にとっても大事です。内藤忍さん(労働政策研究・研修機構副主任研究員)は多くのセクハラ、パワハラ事案を調査してきた経験から「労働局で相談や調停をしても和解金は非常に安く15万~30万ぐらい。そこに至る時は被害者は会社を辞める覚悟ですし、心身に不調をきたし、その後正社員に復帰できない人も多いのです。セクハラに限らないハラスメント被害の2017年の連合の調査によれば、被害者の33・1%が心身に不調をきたし、夜眠れなくなったり(19・3%)、人と会うのが怖くなったり(12・2%)しています」と深刻な被害を語っています。上司は悪気がなく指導や恋愛のつもりでも、これだけの被害があるのです。

 ぜひ、この本をきっかけに、ハラスメントへの認識や対応をアップデートして、悪しき労働文化とはさよならしていきましょう。

『ハラスメントの境界線』

白河桃子:東京生まれ。慶応義塾大学文学部卒業後、住友商事、外資系証券などを経てジャーナリスト、作家に。働き方改革、少子化、キャリアデザイン、女性活躍、ダイバーシティ、ジェンダーなどをテーマとし、執筆、講演、テレビ出演多数。数々の提言を政府の委員としても行っている。著書に『後悔しない「産む」×「働く」』(齊藤英和氏との共著、ポプラ新書)、『御社の働き方改革、ここが間違ってます!』(PHP新書)、『「逃げ恥」にみる結婚の経済学』(是枝俊悟氏との共著、毎日新聞出版)ほか多数。