サービスやテクノロジーの進化もあり、かつてより手軽に始められる印象が強くなった不動産投資。

 しかし公認会計士・税理士でロングセラー『不動産屋にだまされるな』の著者・山田寛英さんは、講演などを通じ「業者から言われるがまま、安易に手を出す風潮は危うい」と警鐘を鳴らしてきました。そして事実、シェアハウス投資やサブリース、地面師などさまざまな形を持ってその警鐘は現実化し始めています。
 また山田さんはその一方で、富める者が不動産投資を積極的に学んできたのは事実で「今こそ本質を学び、彼らに追随せよ」と喝破しています。

 そこで今回、そうした主張をまとめた新刊『不動産投資にだまされるな』より「はじめに」をご紹介。

 なぜ今になって不動産投資は問題化したのでしょうか? 「サラリーマンが有利」といった言説は事実なのでしょうか? 山田さんが主張する、不動産投資で生き延びるための「12の鉄則」とは?
 これであなたはもう、だまされない!

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<はじめに>

――不動産投資「必勝法」だらけの時代に――

 インターネットで「不動産投資」と検索してみる。

 すると「初心者でも失敗しない」「自己資金ゼロでも大丈夫」「ねらうはボロアパート1棟買い」「駅からの距離は徒歩7分まで」「買うなら東京都心3区」などなど、不動産投資で成功するための情報、つまりは「必勝法」があふれんばかりに表示されるはずだ。

「このとおりに不動産投資を行えば、きっと自分も成功できるのでは―」

 それらを一読していると、なんだかそんな気になってくるのではないだろうか。

 年金も退職金も期待できない。そもそも、いつまで今の会社があるのかも分からない。そんなことがまことしやかにささやかれる現在、永続的に収入をもたらしてくれる(可能性のある)不動産投資に魅了される人はますます増えているようだ。その証拠に、書店に行けば不動産投資のノウハウをまとめた本がずらっと並び、しかも毎日のように新刊本が出ている。

 それらの全てとまでは言えないが、もちろん価値ある情報がそこに含まれていることは確かだ。ただし、それらが「絶対の必勝法」でないことは、本を刊行した出版社はもちろん、執筆者ですら自覚しているに違いない。

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 たとえば、仮にあなたがアパートを1棟持っていて入居者を募っていたとする。

 新駅が近くに新設されることが決まったら、入居希望者が殺到するかもしれない。またはその逆に、期待していた新駅の建設が白紙となり、期待していた入居希望者がこない、などということもあるだろう。もちろん景気の波や地価の変動、銀行が設定するローンの金利、自然現象などの影響も多少なりとも受けるはずだ。

 いずれにせよ、アパートやマンションなどの物件は「不動産」である。つまりそこから動かせない財産である以上、家主の力ではどうしようもないような外的要因の影響を大いに受けることが宿命付けられているのである。

 こんな単純な事例だけを考えても、誰かが作ったノウハウが全ての物件に通用するはずもないのは明白だ。それなのに、今日も新しい必勝法が生まれては流布されていく。

 その理由はなぜか。おそらくそれは物件を新たに「売買してもらうため」、もしくは誰かに「ビジネスへ新たに参入してもらうため」「情報を購入してもらうため」である。つまり関係者が一稼ぎするのを目的にした、ある意味、どこか利己的な情報であることは否定できない。

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 ちなみになぜ完璧な必勝法がなかなか成立しない(もしくは広まらない)かといえば、不動産投資を始めるというのは「不動産賃貸業という事業を始める」のとほとんど同義だからである。

 詳しくは本編に譲るが、基本的に商売ではそれまでになかったモノやサービスを新たに作り出し、消費者に支持してもらうことで大きな儲けを生みだす。すでにたくさんある商品と同じものを市場に投入したり、同じやり方を踏襲したりしてもなかなか利益が得られないメカニズムなのは誰でもお分かりだろう。

 この考え方を不動産投資にもあてはめれば大変に分かりやすい。

 すでに周囲に賃貸アパートがたくさんある状況で、同じハウスメーカーに依頼して同じものを建て、同じような条件で賃貸しても、大きな差は生じない。つまり誰かのやり方を単純に踏襲する限り、商売の原理原則に照らすと大きく儲かることはないし、不動産投資の場合、それは概ね「損」を意味することになる。

 人口減少の一方で賃貸物件は増えるという、厳しい現状を理解しないまま、そして業者の企みを鵜呑みにしたまま、足を踏み入れて悲惨な状況に陥った人の報道を毎日のように耳にするようになった。
 典型的なのが、いわゆる「シェアハウス投資問題」や「サブリース問題」であるが、これらについては序章で詳しく解説したい。

 本書は読者に、まずそうした状況の変化を理解してもらうところから始める。
 現実を無視して、未だに「アパートローンで不動産投資をスタートしよう」などと悠長に表現していては、その肥大化したリスクが伝わらない。むしろ「借金に追われて夜も眠れない覚悟で事業を始める」と言って初めて、そのリスクの大きさが伝わるはずだ。

 なお状況が目まぐるしく変わる中、公認会計士という中立的な立場を求められる著者が「不動産投資」をテーマとして書いた理由。それはあなたが検討している不動産投資について、あくまで公正に、事業としての価値があるかどうか、もしくはそもそも成立するか否かを判断するための視点を提供すること、それに尽きる。

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――不動産投資に必要な資質とは――

 ここで現状を整理したい。
 2016年10月、総務省統計局は平成27年国勢調査の人口等基本集計結果を発表。それによると人口は5年前と比較して96万2607人減少(0・8%減)し、1億2709万4745人となった。つまり、日本の人口減少がいよいよ現実のものとなった。

 しかし、投資用など自己の居住以外の目的で物件を購入する際に利用するローン、いわゆるアパートローンの残高はここ数年増え続け、賃貸物件の数もそれに応じて増えてきた。その結果として近年、アパートローンにまつわるトラブルが頻発していることもあり、17年くらいから金融庁が監督を強化し始め、各金融機関のアパートローンへの姿勢が変わり始めている。

 この先、新築の賃貸物件の数がどうなるかは断言できない。しかし昨今、物件供給数が増加したことは明らかで、そこに人口減少が重なれば、ここから先、空室率が上昇していく可能性は極めて高いということは言える。

 なお賃貸物件が建築され続けてきた背景には、「土地を手放したくない」と考える地主にとって、相続税対策の合理的な選択肢の一つになっていた、という事情もある。国策の失敗なのかもしれないが、とにかく需要を無視して、供給ばかりが増えてきたことは事実だ。

 前著『不動産屋にだまされるな』(中公新書ラクレ)に詳しく記したが、かつて不動産業界の進化は他業界に比べてスピードが圧倒的に遅かった。ところが近年テクノロジーやサービスが急激に進化し、それこそスマホ一つで気軽に賃貸経営を始めることができるようになった。
 それに伴ってプレイヤー、つまり大家の数は増え続け、競争はますます激しくなっている。

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 ある意味、この本の結論めいたことをいきなり記してしまえば、これからの不動産投資は「知恵」と「経験」の蓄積で勝ち負けが決まる、と言っても過言ではない。実は今までもそうだったのだが、抗えない時代の流れの中で、その傾向がますます顕著になっている。

 そうした中でも、不動産投資本でよく見られる「物件の選び方」や「ローンの組み方」がポイントの一つなのは間違いない。賃貸物件を手がけるとしたら、お得に物件を買う方法や借主を集めるノウハウ、賃貸収入を安定させるテクニックなども重要だろう。この本でも最低限、そうした内容について触れている。

 でももし、そうした短期的な「テクニック」、つまり「明日には変わるかもしれない必勝法」だけが必要なのであれば、この本は棚に戻して頂き、読者の考え方に近い手段で成功した大家や不動産屋が指南する類書を手にしてほしい。その本に書かれたとおりに進めることで上手くいくかまでは分からないが、ニーズによりよく合致するはずだ。

 本書で伝えたいのは、そういった類の安易な攻略法ではない。むしろ、どんな人だろうと、そしてどんな時代だろうと通用する不動産投資の「本質」であり、古くから資本家たちの間で知恵とか教養という形で受け継がれているものである。

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 その「本質」から言えば、たとえば「数字がまったくの苦手」「税や法律を理解できない」のなら、そもそも不動産投資をすべきではない。または、それらがどうしても苦手というなら、誰かの力を借りてでも克服する覚悟や準備が必要となる。そこを乗り越えずに、新参者がこれからの時代に不動産を通じて利益を生み出すことは限りなく難しい。

 これも詳しくは本編で触れるが、そもそも不動産投資とは計算力や数字がものを言い、法律や制度、社会の変化に敏感な人が利益を手にする可能性が高い投資である。最初からさじを投げるようであれば「不動産投資をする資格はない」と捉えて頂いて間違いない。そして、こうした不変の真理があることが、普通のマイホーム売買と大きく似て非なる点だということを、この本を通じてあらためて認識してほしい。

 ただし裏を返せば、必要な知恵や技術、情報を万全に備えて不動産投資を行っている新参のライバルはまだ少ないとも言える。これは、あまりに危うい状況におかれた不動産投資に残る、限られたチャンスだ。そのことも本書を読み進めていくうちに理解してもらえるはずである。

――今こそ不動産投資の「本質」を知れ――

 繰り返すが、本書では物件の細かい買い方や選び方などはあまり記していない。

 理由はいろいろあるが、前著にも記したとおり、株を自ら購入できない証券会社の社員と違い、市場に出た不動産を、不動産業者は自ら先んじて購入できるためである。また、一定の利益をもたらしてくれる物件がすでに誰かの手元にあったなら、それを手放すことはなかなか考えられないからでもある。

 それなのに、不動産投資に必要な力を十分に持ち合わせていない人、もしくは女性や高齢者など、比較的弱い立場にある人をターゲットに、「必ず儲かる」という看板を掲げた不動産投資ビジネスが今日も回り続ける。
 そのためか、著者のところには、毎日のように不動産投資で行き詰まった人、苦しむ人が相談にやってきている。一方で、きちんと勝ち方を理解した人が、その果実をより実りあるものにするべく、新たな知恵と武器を身に付けるためにやってくる。それも事実だ。

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 あらためてここで断言する。もはや不動産投資とは、「投資」という言葉の軽いニュアンスからかけ離れた「事業」であり、弱肉強食の世界である。
 上手く行かない人がいる一方で、それこそ何代にもわたって悠々自適に過ごす大家がいるのはなぜか?
 それは、彼らが不動産投資の「本質」を知っているからに相違ない。

 彼らはあくまで「本質」に基づいた、代々受け継がれる「知恵」だけを会得して実行し、財を成した。短期的な攻略法などに頼ってはいない。まずはそこから、本書を通じて知ってほしい。
 そしてもし、あなたがサラリーマンだとして、本書を読んだことで「不動産投資家」になることを躊躇し、副業で戦うことのハードルの高さを痛感したなら、それはそれですばらしい成果だと思う。

 思っている以上にずっと苦いかもしれない。もしかするとすでに腐っているかもしれない。
それでも一縷の可能性にかけて「黄金の果実」をかじりたい、という覚悟があるのならば、ページをめくってみてほしい。あなたのその覚悟に見合っただけの実りを、本書は必ず提供してくれるはずである。

不動産投資にだまされるな――「テクニック」から「本質」の時代へ

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山田 寛英:1982年、東京都生まれ。公認会計士・税理士。早稲田大学商学部卒。アーク監査法人(現・明治アーク監査法人)に入所。不動産会社や証券会社を中心とした会計監査実務を経て、税理士法人・東京シティ税理士事務所にて個人向け相続対策・申告実務に従事。2015年、相続税・不動産に特化したパイロット会計事務所を設立。不動産を中心とした相続対策・事業承継を専門とする。公認会計士の立場で不動産と接する中、一般人と業界関係者の力に、圧倒的な力関係が温存されている現状に警鐘を鳴らすとともに、インターネットの力で変革が始まる直前でもあることを主張。各種メディアへの寄稿や講演を行っている。著書に『不動産屋にだまされるな』(中公新書ラクレ)。