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わたしがミシュランの星獲得店に出入りするようになったわけ

 タイ人は日本が大好き。短期観光ビザの事前申請が必要無くなったこと、そして円安を契機に、近頃はタイ人観光客をあちこちで見かけるようになりました。

 彼らの来日する理由の一つが、日本のグルメ。富裕者層のタイ人は、SNSやメディアで見かけるような人気店や高級店へ「行きたい」と思う傾向が特に強く、そういった日本のお店を訪れることが一種のステータスとなっています。

 しかし、「行きたい」と思うような人気店は、予約をとるのが難しいことは、皆さんもよくご存知ではないでしょうか。「一見さんお断り」にかなり前から予約を入れないとならないお店、外国人や観光客になれば、さらにハードルが高くなるところがほとんど。

 そもそも電話は繋がらないし、繋がっても外国人だと分かれば、たいてい断られる。なので、ちゃんと話ができるようになるまで、たとえば会社の出勤前や就業後などに時間を見つけては、そのお店に直接出向き、食べさせてもらえないか、お願いする日が続きました。

 日本での生活が長く、言葉に不自由のない私でも、「日本人では無い」ということは、とても大きな壁。何度もお店に足を運び続けた結果、ようやく一店、また一店と、予約を入れさせてもらえるお店は増えていったのです。

 そして食事の場で信頼を得て、認めてもらった結果、またご主人のお店や知り合いの店を紹介してもらいます。そしておかげさまで、お店との関係を築くことができ、いまではミシュランの星を獲得するような、いわゆる名店の多くへ出入りできるようになりました。

私のあだ名は"ビア"です

 ご紹介が遅れました。タイ人のピーラゲート・チャロンパーニッチ、通称"ビア"と申します。

"ビア"というあだ名は父親にもらいました。タイ人は名前が長いので、親からアダ名をもらいます。そこで、ビール好きの父親は、わたしに"ビア"と名付けたのです。

 わたしはタイの外語大学を卒業した後、大好きだった日本に渡り、アジア太平洋立命館大学アジア太平洋学部に入学。卒業後は輸出入業を経て、現在は世界的に有名な旅行口コミサイトの東京オフィスで勤務しています。

 合間にフリーランスで通訳や翻訳業をしていたのですが、タイ人の日本観光人気が高まるにつれ、友人から始まり、徐々に企業経営者や芸能人、王族など、いわゆる富裕層といわれる人たちのアテンドを務めるようになりました。

 さて、わたしがアテンドする富裕層の方の場合、「予約を取ってもらったら、それでさようなら」、という関係にはなりません。手配をしてくれたわたしを含め、一緒に食事をすることになります。

「食事は皆で一緒に」という文化は、タイ人にとって当たり前であり、手配してくれた人への感謝の意を込め、食事に誘います。そのため、手配したお店にはほぼ私も同行し、一緒に食事をしてきました。

 その結果として、銀座や赤坂などの都内はもちろん、北九州に沖縄、さらには岐阜の山奥まで同行したこともあります。

 この経験によってタイ人(日本人も?)が行きたいと思うような、名店の多くに足を運び、店主との関係構築はもちろん、料理の特徴などを深く知る事ができました。訪れたお店は、私自身それまで知らなかったところもありますし、実は日本人のあいだでは有名でなくとも、タイ人に人気のあるお店などもあります。

 しかしどのお店も、日本らしいサービスや心配り、味など、タイにはないおもてなしや魅力で溢れていました。この連載では、自身の感想を含め、それを紹介していきたいと思っています。

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世界的にも有名なレストラン「カンテサンス」のシェフ、岸田さんと

お鮨屋さんやレストランは、世界への架け橋

 なお、タイでは「日本食ブーム」が起きていますが、あくまでタイ人好みの味とタイのマナーに則って、日本食(らしいもの)を食べています。本物の日本食を知っているタイ人は決して多くありません。

 なので、日本へ来て食べる食事は、彼らにとって目新しく、新しい発見がたくさんあります。たとえば繊細な盛り付けや、目の前での調理などは、みなさんにとっては見慣れたものかもしれませんが、タイ人には感動の連続。日本の方にも私たちの目を通じて、そんな日本のすばらしさを再発見してもらいたいとも考えています。

 一方で、お店を予約するときに「外国人」という理由だけで、予約を断られることがあります。それは「マナーを守らない」「騒ぐ」「散らかす」など、外国人に対する印象が悪いから。これについては、外国人である私から見ても、やむをえない、と感じる側面があります。

 しかし、私が連れて行く外国人に限っては、少なくとも良識があり、何より日本と日本食が大好きな人たちばかり。特にタイ人の中には、料理人やお店、そして日本への感謝の気持ちと、尊敬を忘れない人がたくさんいて、良識のない外国人などはごく一部であるということもこの連載を通じて知ってほしいと願っています。

 今後も日本食を求め、海外から来る人がますます増えるでしょう。すでに観光目的でなく、食事をしにわざわざ日本へ来るタイ人も少なくないのですから。

 そうなると、もはや日本にあるお鮨屋さんやレストランは、日本人のためだけのお店ではなく、世界中の人が求めるものとなります。そしてそこは世界と日本の重要な架け橋となるのです。だからこそ今、お店とお客さんはよりお互いに心を開き、関心を持って歩み寄っていくべきタイミングなのではないでしょうか。

 私もアテンドや通訳、そして日本の常識を伝えるメッセンジャーとして両者の架け橋となり、お互いに気持ち良く食事をし両者理解しあえるよう、ますます精進していきたいです。

 そして本場の日本食を経験し、日本人の繊細な感覚や、素晴らしい礼儀やおもてなしの姿勢を学んだ彼らが、タイに戻ってそのことを発信してくれれば日本とタイ、さらには世界中がもっと素晴らしいものになると私は確信しているのです。

著者 ピーラゲート チャロンパーニッチ

タイ・バンコク生まれ、日本在住。現在旅行口コミ会社にてマーケティングを担当。国王ラーマ6世が設立したVajiravudh Collegeを卒業後、2001年にAssumption University(日本でいう外語大学)に入学。日本への関心から、奨学金を得て、2006年にアジア太平洋立命館大学アジア太平洋学部入学。2010年に同大学を卒業後、輸出入業を経て、現在勤務しながら、フリーランスで通訳・翻訳業を行い、大手企業の会議通訳なども担当。タイ王国タクシン前首相のご家族がプライベートで来日した際、アテンドをしたこともあり、今では政治家や経営者、芸能人などが来日した際アテンドをしている。また、タイ大手テレビ局「チャンネル3」で東日本大震災直後やその後を取材したり、「アイアンシェフ(料理の鉄人)」や「フードワークス」の現地コーディネーターとして、タイの番組製作にも関わっている。メールアドレスは peragate@gmail.com