ネットメディア興隆の昨今、「どこでもスマホでニュース」が当たり前に。しかしPV数や快適さを追及した結果からか、ネットには盗用や事実誤認を起こした「劣化」情報があふれてしまいました。その惨状を前に「ネットメディアの進化は終わった」と喝破するのが元新聞記者でヤフーのウェブメディア「THEPAGE」の奥村編集長。
曰く「ニュース」や「コンテンツ」に「金儲け」の性質が強まったことと、ほとんど「コミュニケーション」のレベルにとどまっていることが原因で、「ネコ動画」のようなコンテンツの勢いが増した一方、配信に手間や注意を要する「ニュース」の価値が失われつつあると指摘します。
それでは輪郭を失ったニュースに、この先どんな未来が待つのでしょうか? メディアはネコに飲み込まれてしまうのか? 新時代のメディア論『ネコがメディアを支配する』から「はじめに」を公開!
*オビに使わなかったボツ写真もこっそり公開
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【はじめに】
ネットがないなんて考えられない時代に
Windows95 が日本で発売されて、20年以上が経ちました。1995年11月23日の発売当日、全国の電器店に長い行列ができたのを、つい昨日のことのように思い出します。
今も多くの方が覚えているであろう、この新商品が画期的だったのは、インターネットをずっと身近な存在にしたことでしょう。しかし当時は「よく分からないものに行列ができた」ことがニュースとなり、「なぜ行列ができたのか」ということを、本当の意味で理解できる人は少なかったはずです。
実際、インターネットが私たちの生活をここまで変えてしまうなんて、いったい誰が想像できたでしょう? まさにこの日は、新しい時代の幕開けだったのです。
パソコンの黎明期には「コンピューター ソフトがなければ ただの箱」と言われました。それが21世紀初頭にあっては「スマートフォン ネットがなければ ただの箱」といった具合に、携帯したスマートフォンがネットにつながっていることが当たり前であり、つながらない場所に行くことが不安で仕方なくなるほど、インターネットは浸透しました。
家を一歩も出ずとも、買い物はネット通販で十分事足りるようになったのはもちろん、電車や映画館では並ばずに席がキープできるようになりました。都会を歩くなら地図アプリで十分ですから、わざわざ地図を持ち歩かなくなりましたし、リアルタイムでつながるから、待ち合わせに時間や場所を厳密に設定する必要もありません。
ではその間、どの家庭にも当たり前のようにあった新聞紙はどうなったか? 若者たちの新聞離れはますます進んだと言われ、満員電車で窮屈そうに新聞紙を広げる情景を見ることもほとんどなくなりました。
その背景には、スマートフォンの先にたくさん存在するメディアやプラットフォームを通じ、多くの情報がいつでもどこでも手に入るようになった、という状況が大きく影響しています。それこそただのニュースであれば、それ自体に月々何千円も払わなくとも、多くが無料で手に入る。
そう考えれば、ニュースに関しては、もはやネット登場前の生活がどうだったかを思い出すことが難しいくらいにまで、大きな変化がもたらされたといえるでしょう。
高騰する「ネコ動画」と揺らぐ「ジャーナリズム」の価値
このような変化を起こした要因についてさらに追求していくと、「広告」面でのテクノロジーの進化にたどり着きます。
たとえば、ネットのページに貼り付けられたバナー広告。今やバナー広告は、ネットニュースにおけるビジネスの「基本のキ」といったところですが、「メディア」というものの歴史を考えてみれば、これはすばらしく画期的であり、また革命的な発明でした。
この登場により、ニュースを提供する会社はネットに配信した記事でお金を儲けること、すなわちマネタイズができるようになり、その恩恵を受けた読者は、無料で記事を読めるようになりました。
しかし、ページビュー(PV)数に応じて稼ぐことができることから、「ネットメディアはPVをとにかく稼げばいい」という、PV至上主義が生み出されます。
そこから、「パクり」に代表される著作権などの権利侵害、さらには裏取りのないニュースの流布など価値のない、時には社会や当事者へ、悪い影響をおよぼしかねないような情報の乱造へとつながってしまいました。
ネットメディアにまつわる画期的な発明は「広告」だけではありません。新聞社や出版社、テレビ局だけではなく、誰もが情報を発信できるようにしたテクノロジーの数々。たとえば「ブログ」の登場は、既存メディアへ大きなインパクトを与えました。誰もが意見を交わせることへの期待を込め、かつては「ブログ論壇」という言葉まで飛び交いました。
また、大手メディア発の情報でなく、誰もが発信できる情報の中でも、高い価値を持つコンテンツが見出されるようになっていきました。そのうちの一つが「ネコ」です。
これは単に私が格別のネコ好きであるとか、ネコがもたらす癒しが現代人に必要とか、そういうことから言っているわけではありません。「ネコ動画」は身近にネコがいれば、誰でも発信できるうえ、しかも現実としてPVがたくさん稼げる驚異のコンテンツなのです。
そうしたコンテンツが勢力を増す一方、手に入れるために多くの労力や費用がかかり、発信に万全のケアが必要、かつ社会に伝える意義のあるコンテンツである「ニュース」、そしてそれを支えるジャーナリズムの価値が揺らいでいる印象が見受けられるようにもなりました。その状況を言い表したのが本書のメインタイトル、『ネコがメディアを支配する』です。
「バズワード不在」の意味
インターネットとメディア、コンテンツの関係性について、ここ20年ほどを振り返っただけでも、「広告」や「ブログ」はもちろん、「ソーシャル」「キュレーション」「Web2.0」「動画」「データジャーナリズム」などのキーワード、いわゆる「バズワード」が常に私たちの間に現れては大なり小なり、変化を起こしました。そのまま生活やビジネスの中に定着したものもあれば、そうではないものもありましたが、ここまで、さまざまなうねりが続いていたのは事実です。
しかし近年、社会やメディアを変えるかもしれない、というほどのインパクトを持つバズワードを聞かなくなりました。
2017年現在、バーチャルリアリティー(VR)や人工知能(AI)などの話題はいくらかホットですが、ネットメディアという業界を考える限り、それらがすぐ主流になるほどの予感は感じさせません。
世間や心を賑わすようなキーワードが生まれなくなった今、ネットメディア業界に身を置く者としては、どこかぽっかりとした穴が空いてしまったような、そんな空虚な感覚を覚えるようにもなりました。
この業界で最後に盛り上がった言葉は「ネイティブアド」でしょうか。これはいわゆる「記事体広告」のことですが、「広告である」と銘打つことなく、普通の取材記事を装って発信される広告を用いることを「ステルスマーケティング(ステマ)」と言い、問題になりました。
その一つひとつを考えてみれば目くじらを立てることもないものなのかもしれません。ただ「記事(ニュース)と広告(マネタイズ)は分けなければならない」というジャーナリズムの基本姿勢から考えると、業界の根幹を揺るがしかねないものであり、ここに至るまでの状況を占うバズワードだったのかもしれません。
さらにここ1年を振り返れば、大手キュレーションサイトであるWELQ が著作権や薬事法遵守などの点で問題視され、公開休止に至るなど、むしろネットメディア全体で見る限り、進化どころか停滞、さらには退化している気配すらあります。
そして迎える「原点回帰」
どうしてそうなってしまったのか。その背景や事情については本書で検討をしていきますが、とりあえず「ネットメディアの進化はいったん終わった」とは言えそうです。
しかし夕陽が沈んでも、また朝日が昇ってくるように、時間は止まることはありません。終わりの先に、いったいどのような未来が待っているのでしょうか?
ここで、少しだけ自己紹介をさせていただくと、大阪で生まれた私は大学卒業後、読売新聞大阪本社に入社し、6年あまり取材記者として勤めたあと、ヤフー・ジャパンに転職しました。
インターネットの力でニュースを身近な存在にしたいという思いと、子どものころから慣れ親しんでいたコンピューターに関わる仕事に就きたいという願望から、以来、ヤフー・ニュース トピックスの編集業務に携わらせてもらい、今はワードリーフ(ヤフー・ジャパンの100%子会社)の経営に携わりながら、ネットメディアの一つであり、ニュース解説サイトである「THE PAGE」編集長を務めています。
その立場や経験に立って、これからネットメディアやネット上の情報コンテンツについて必要とされることを考えれば、シンプルに「きちんと話を聞き、分かりやすく伝える」ということではないでしょうか。
それはつまり、メディアからすると「原点回帰」だと私は考えています。これまで繰り返されてきたテクノロジーの進化のような、奇抜な「飛び道具」の登場では決してありません。
そして原点回帰が起こるのであれば、ネットを活動のメインとする新興メディアはもちろんのこと、新聞社を含む既存の伝統メディアなど、メディアに関わる私たちすべての意識の変化も欠かせないはずです。
次の20年、ネットメディアやネットニュースがどのような形で存続し、または消え、私たちはそれらとどのように接していくことになるのでしょう。メディアはこのままネコに支配されてしまうのでしょうか。
少し遠くて、でもやっぱり近い未来、さっそくその姿を占っていきましょう。
『ネコがメディアを支配する―ネットニュースに未来はあるのか』
奥村倫弘:1969年、大阪府生まれ。92年、同志社大学文学部卒業。同年、読売新聞大阪本社入社。福井支局、奈良支局、大阪経済部を経て、98年、ヤフー株式会社入社。メディアサービスカンパニー編集本部長を経て、現在ワードリーフ株式会社が運営するウェブメディア「THE PAGE」編集長を務める。著書に『ヤフー・トピックスの作り方』(光文社新書)。