ロシアW杯アジア2次予選、シンガポール戦は0対0の引き分けに終わった。試合の内容、結果もさることながら、注目したいのが、イラク、シンガポールと戦った『6月シリーズ』に向けた、ハリルホジッチ監督の準備だ。6月に入ってすぐ、シーズン直後の海外組をミニキャンプに招集し、清武弘嗣がケガで離脱した。5月にはゴールデンウィークで連戦続きだった、武藤嘉紀が合宿中にケガをする場面もあった。果たして、ハリルホジッチ監督のチーム作りの負荷、スケジューリングは適切なのだろうか?(文・清水英斗、初出:『フットボールエッジ)http://www.footballedge.jp/archives/3687

 

 ワーカホリックの危険性。それを感じてならない、日本代表の6月シリーズだった。

 この原稿はシンガポールに勝利を飾った後で、執筆するのがいいと考えていた。だが結果はスコアレスドロー。見事なほどの逆風が吹き荒れる中で、この原稿を出すのは少しためらわれるが、徐々に膨らむハリルホジッチの不安要素を、今このタイミングで記しておきたい。

 6月8日のトレーニングで、右足底部に痛みを訴えたMF清武弘嗣。11日に検査を受けた結果、右足の第5中足骨骨折であることがわかった。手術を行い、約1カ月の間は、治療に専念しなければならない。

 やはり6月は難しい。欧州組の選手は、シーズンを通して蓄積された疲労が、極限に達している。誰もが、大なり小なりのケガを、身体中に抱えたままで代表に合流する。

『第5中足骨』とは、足の甲の外側、小指につながる部分の骨だ。素早い動きを繰り返すサッカーやラグビーなどのスポーツシーンで多発する骨折であり、外力によって起きるケガとは異なり、一般的には使いすぎによる疲労骨折と考えられている。

 体が出来上がっていない成長期の10代の選手に多いケガで、痛みがなくなったとして練習に復帰後、再発を繰り返し、完治が遅れるケースもある。清武がケガをしたのがこの部位であった以上「オーバートレーニングではないか」という疑念が沸くのは当然だ。

 クラブでの出場時間が短かった川島永嗣、酒井高徳、原口元気らに、ハードトレーニングを課すのは問題ないだろう。しかし、今季のリーグ戦で32試合に出場し、シーズンの最後まで残留争いを続けたハノーファーの清武に対して、同等の練習はやりすぎだったのではないか。

 もっと言えば、初日の6月1日から練習合流を求める必要はなかったのではないか。たとえばドイツ代表を見れば、今回はマヌエル・ノイアー、トーマス・ミュラー、マルコ・ロイス、トニ・クロースらの招集が見送られている。難しい6月のシリーズだけに、より慎重になって然るべきだ。

「筋肉系のトラブルはひとつも起きていない」と、ハリルホジッチ監督

 とはいえ、このようなリスクに対し、ハリルホジッチが無関心であったとは思わない。

 走り込みを中心としたメニューでは、心拍数を計りながら、個別のコンディションに合わせて負荷を変えたそうだ。現代サッカーのトレーニングはボールを使い、試合の要素を失わないゲーム形式のメニューが常識とされている。一方で、ケガのリスクが高いこの時期には、負荷を調整しやすい走り込みのメリットもある。

「今回、筋肉系のトラブルはひとつも起きていない」とハリルホジッチは前日会見で語った。清武のケガは残念だが、それだけで、監督の手腕をすべて疑うわけにはいかない。
だが、これ一件ではなかった。

 5月12、13日に行われた国内組のミニ合宿では、FC東京の武藤嘉紀と、サンフレッチェ広島の水本裕貴がトレーニング中に接触し、武藤は右太ももを打撲した。

 これに怒ったのが、FC東京のマッシモ・フィッカデンティ監督だ。10日にJリーグ第11節を戦っており、その後、2日間の休みを与えることを条件に選手を合宿に送り出した。しかし、休みの2日目にあたる12日にハリルホジッチが実戦トレーニングを行い、武藤が負傷している。

 通常、公式戦の翌日は軽めのリカバリーを行い、翌々日をオフとするのがセオリーだ。しかもこの時期、Jリーグはゴールデンウィークを挟み、5試合連続で週2回ペースの過密日程が組まれていた。約束の伝達がうまくいってなかったのかもしれないが、それを抜きにしても、12日に高負荷のトレーニングを避けることはサッカーの常識に照らし合わせて、納得できるものだ。

 ハリルホジッチは就任から一貫して、攻守の切り替え時における縦のスピードアップに着手している。攻守の切り替えをテーマとした戦術練習は、どうしても負荷が高くなりがちで、5月12日の練習も球際の接触が多く、負荷の高いものだった。

負傷を抱える内田篤人を起用し、シャルケから批判を受ける

 武藤が水本と接触して倒れたとき、練習を指揮していたハリルホジッチはあわてて駆け寄った。倒れた武藤が押さえていたのは膝だったので、海外移籍前に起きてはならないことが起きてしまったと、焦ったのではないだろうか。筆者の目には、そう映った。

 そして、3月のチュニジア戦とウズベキスタン戦を振り返れば、負傷を抱え、クラブの試合からも遠ざかっている内田篤人を、2試合共に起用した。これはシャルケ側からも批判されている。

 清武にせよ、武藤にせよ、内田にせよ、ハリルホジッチが直接的なケガの原因を作っているとは言えない。しかし、何かが起きてもおかしくないリスクを冒しすぎている。

 今回、6月の国際Aマッチデー期間は8~16日だった。1~7日のトレーニングについては、本来、日本代表側に選手を拘束する権利はない。

 ハリルホジッチが早期招集を熱望した海外組は、所属クラブの了承を得て、1日から段階的に招集されたわけだが、上記のような事態が増えると、早期招集も、国内合宿も、今後はクラブから難色を示される可能性が高い。

 もちろん、実戦の機会が少ない中で、早期にチームを仕上げなければならないハリルホジッチの心中も察するに余りあるが、その焦りは、シンガポール戦の試合内容にも表れたのではないだろうか。

 監督には、誰しも目指すべき戦術的な目標がある。だが、それに達するための時計の針を進めようとすれば、必ず無理が生じる。シンガポール戦の引き分け自体には何も心配していないが、このチームの焦燥ぶりには、不安を覚えた。