かつては国や、大企業にいたってようやく所有できたコンピュータ。しかしいまや、家庭に一台、一人に一台、それこそ子供にも一台、といってもまったく不思議ではない。

 そのコンピュータに指示を伝えるに必要なのがプログラムであり、プログラミング技術だ。そして、ここまでコンピュータが浸透すると、その技術はもはや必携かも・・・・・・という背景のなかに登場したのが、『教養としてのプログラミング講座』である。

 発売直後から版を重ねている同書。著者であり、国認定「天才プログラマー/スーパークリエイター」である清水亮氏に、その執筆の背景についてあらためて聞いた。

*聞き手 ラクレ編集部 吉岡 宏

清水:

 この本を書いた理由は、二つあります。
 
 一つめは、純粋にプログラミングの楽しさや有益さを知って欲しかった、ということ。6歳のとき、私はコンピュータにはじめて触れたのですが、当時は今のようにソフトウェアやらが豊富にはなかったので、何をするにもプログラミングして「指示」を与える必要がありました。

 そんな時代に育ち、いま経営者としてあちこちへ「指示」を出すうちに、「ああ、組織運営ってプログラミングに近いな」と思うことがよくあって。確かに、洗練された手順や考え方を明文化したのがプログラミングだし、であれば「もっと多くの人に知ってもらわないともったいないな」と思ったのが、きっかけの一つです。

 もう一つは、成蹊大学や五反田のゲンロンカフェなどで実際に講座の機会を持っていた、ということがありました。職業プログラマー以外も対象に、文系でも分かる内容にしたところ、とても大きな反響があり、受講者の満足度もすごく高くて。

 「やはりみんなプログラミングを学びたがっているんだ」と、手応えを感じていたとき、ちょうど「本にまとめてみませんか」と、声をかけてもらいました。

ラクレ:

 専門書ならまだしも、プログラミングを「新書」で学んでもらおう、という試みは前例の無いものだったと思います。執筆に苦労もあったのでは?

清水:

 そうですね。

 まず、読者をどこに想定すべきかというところから、かなり悩みました。若い人向けなのか、年配の方向けなのか、ITにはどれくらい習熟しているか……。ITに長けた方向けの技術書なら、もともと何冊か書いていたのですが、そのテンションで進めてしまうと、すぐに話が専門的になってしまうので、何度も書き直すことになったりして。

 最終的には、プログラミングとはやや距離のある、文系の大学生や社会人、特に僕よりも、やや年配、それこそスマートフォンの存在は知っているけれども、使いこなしてはいない、なんて人にも分かるように! というところで落ち着きました。

 とはいえ、それでも気づけばやっぱり専門的な話を書いてしまって。文系の吉岡さんに随分削られてしまいましたが(笑)。

 振り返ってみれば、結果として、万人に読みやすい本になった反面、多少なりともプログラミングをかじったことのある人にはやや物足りない内容になってしまったかもしれないかな、と。ただ、反響を拝見していると、この本をきっかけにプログラミングの楽しさや、有用性を知って頂いた方もかなりの数いらっしゃったので、読者層を思い切って絞ったのは正解だったと思っています。

五反田ゲンロンカフェでの著者講義風景

ラクレ:

 確かに。私自身、この本に関わらせていただいたことで、プログラミングの楽しさを知ったし、もっと多くの人が学ばないともったいないなあ、と感じました。
 
 そしておかげさまで、アマゾンの新書ランキングで1位になるほどのヒットとなりました。刊行後の反響などはどうでしたか?

清水:

 まず友人たちからの反応がかなりあって。

 これまで僕のブログなどを読んではいたけれど、実際には僕がなにをしてるのかよくわからない、という友人たちが、かなりいたみたいで(笑)。この本のお陰で、僕の仕事に対する理解が深まったと言ってくれました。

 これまでも僕は本を書いていたわけですが、今回は新書であり、内容も読者層も、裾野の広い本になったことで、身近なところから反応がきた。それはいままで経験したことがなかったことなので、素直に嬉しかったです。

 お陰様で私が続けているブログの読者層も、これまでにはアクセスしなかった人にまで広がったと思います。なかには、何十冊も個人で購入されて会社で配った、という方までもいらっしゃいました。

著者が開発したenchantMOON。フロリダのロケット発射台とともに

ラクレ:

 それは嬉しいですね! もともと中公新書に『理科系の作文技術』という、30年以上に渡って読まれている本があって。そちらは理系から文系方向へアプローチした内容なのですが、今回はその逆、文系から理系へのアプローチとなって長く読みつがれれば・・・・・・と企画したのですが、その意図に近づけたのかもしれませんね。

 反響を頂いて、新たに見えてきたものなどはありますか?

清水:

 うーん。
 いま読み返してみると、まだまだかみ砕いて簡単に表現できたかなあ、と思います。ただ、他方では、もっと高度なことを、もっともっと平易に説明できたかな、とも感じています。

 この本の反響から感じたことは、今後、私たちが研究している言語、MOONBlockの開発へも反映していきたいと考えています。そういった意味でも、閉じられた世界だけでやっていては得られない、貴重な知見が得られた、と思いますね。

ユビキタスエンターテインメントのスタッフと著者

ラクレ:

 最後に読者のみなさんへひと言お願いします。

清水:

 多くの方に読んでいただき、本当に感謝しています。いままでプログラミングに縁のなかった方々でも、この本を通じて、僕が大好きなプログラミングの魅力、その有用性の片鱗だけでも知っていただくことができたら、著者として、とても嬉しいです。

 また、これをきっかけにプログラミングに興味をもたれたら、ぜひ、MOONBlockやScratchといった取っ付きやすいビジュアル言語、さらにはenchant.jsやUnityのような、本格的なゲームプログラミングにも挑戦してみてください。

 そうすることで、皆さんの世界はもっと、ずっと広がって行くと思います。

清水 亮(しみず・りょう)

株式会社ユビキタスエンターテインメント代表取締役社長兼CEO。76年新潟県生まれ。高校在学中には雑誌でプログラミングについての連載ページを持つ。電気通信大学在学中、米Microsoft Corpにて家庭用ゲーム機開発や技術動向の研究・教育に携わった。文部科学省の委託事業などを経た後、98年にドワンゴ入社。エグゼクティブゲームディレクターとして携帯電話事業を立ち上げ、02年に退社。CEDEC(ゲーム開発者向け技術交流会)設立などにかかわり、03年より現職。04年度に独立行政法人情報処理推進機構(IPA)より天才プログラマー/ スーパークリエイターとして認定され、05年より東京大学大学院情報学環履修生。08年~10年九州大学大学院非常勤講師。誰もがプログラミングできる環境の実現を目指し、enchant.js、enchantMOONなどの製品を世に送り出している。著書に『ネットワークゲームデザイナーズメソッド』(翔泳社)など。