歌舞伎、文楽、能・狂言、落語・講談・浪曲......日本が世界に誇る伝統芸能だ。毎日、どこかの劇場で公演が行われ、多くの人が楽しんでいる。人気の演者、演目ともなれば、どれだけ手を尽くしてもチケットを入手できないことは、ざらにある。

本書は、そうした人気・実力を兼ね備えた旬の若手12人への、中井美穂さんによるインタビューをまとめたものだ。
歌舞伎からは、尾上松也さん、中村壱太郎さん、市川染五郎さん。
文楽からは、竹本織太夫さん、鶴澤清志郎さん、吉田玉助さん。
能からは、宝生和英さん、亀井広忠さん。
狂言からは、茂山逸平さん。
落語からは、春風亭一之輔さん。
講談からは神田松之丞さん。
浪曲からは春野恵子さん。

伝統芸能の担い手として、守るべきものとは何か。
挑むべきは何か。
中井さんの率直な問いかけに対し、全員が熱く、「今」の本音を語っている。
芸への思いはもちろん、新たな挑戦、葛藤からプライベートまで。
真摯に芸と向き合うなかでつむがれた生身の言葉は、各人各様の意気と意地そのものだ。

今回ご紹介する『12人の花形伝統芸能 覚悟と情熱』では、一度見てみたいけれど敷居が高くて、という読者には、演者による各ジャンルの楽しみ方や見所を、既に公演の常連となっている読者には、ご贔屓の芸に懸ける情熱的な素顔をお届けする。
読んだら舞台を見たくなる。見ればもっと知りたくなる。
何度でも本書を読み返して頂きたい。

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---〈はじめに〉---

 この本は、読売新聞で二〇一八年四月から現在(二〇一九年一〇月)まで続いている「中井美穂の見染めました」という連載記事が元になっています。伝統芸能の若き担い手に、芸への思いからプライベートなことまで、幅広くお話をうかがう企画で、新聞ではスペースの都合上、載せきれなかったエピソードも大変面白かったので、今回、書籍になって日の目を見ることをうれしく思っています。

 私は中学、高校と演劇部で、美内すずえ先生の「ガラスの仮面」を愛読していた演劇少女でした。フジテレビのアナウンサー時代は仕事が忙しく観劇からは離れていましたが、フリーになって時間ができたこともあり、劇場によく足を運ぶようになりました。雑誌の対談を通じて知り合った野田秀樹さんの舞台の魅力にとりつかれ、当時、月組トップスターになったばかりの天海祐希さんを見て、宝塚歌劇の大ファンにもなりました。

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 演劇好きであることからお声をかけていただき、二〇一三年から読売演劇大賞の選考委員を務めています。選考会では、歌舞伎を半世紀以上も見続けてこられたベテラン委員の方が「先代はこうだった、何代目はこうだった」と過去の俳優と芸を比較して論じているのをよくうかがうのですが、初めはなかなかピンと来ませんでした。

 でも、私も歌舞伎を見続けるうちに、その「時代を超えて見比べる」ことの醍醐味が少しずつわかってきたように思います。例えば二〇一二年に亡くなってしまった十八世中村勘三郎さん。ずっと楽しませてくれると思っていたのに、本当に早くに亡くなってしまった。とても悲しかったのですが、ご子息の中村勘九郎さん、中村七之助さんの舞台を見ていると、勘三郎さんの肉体の残り香のようなものが、どこかにふっと、匂う瞬間があります。また、なぜか血がつながっていない尾上松也さんにも、勘三郎さんが持っていた雰囲気と重なって見える時もありました。

 伝統芸能は、見続けることで、わからないことが少しずつわかってきて、だんだんと魅力が味わえるようになるのです。だから、初めて劇場に足を運んだ日が、スタートの日。その船に乗るのに、遅すぎるということはないのです。これから知らない世界に入れることは、喜びだと思います。

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 書籍化にあたり、今回は連載の中から「歌舞伎」「文楽」「能・狂言」「演芸」の四分野から三人ずつ、計一二人の方を取り上げました。登場していただいたみなさんは例外なく、自分が愛している芸能を次の世代に渡すことを真剣に考えている、志を持った人たちです。自分の代で終わらせまいと、アーティストとして一心に芸を磨き続ける人もいれば、球団のGMのように流儀のマネジメントを考えている人もいます。そして、自分は歌舞伎役者である、文楽太夫である、能楽師である――と、自らの立ち位置、バックボーンに絶対の信頼を持っていらっしゃる。自分が何者であるかの覚悟があり、父親や師匠の芸を継いでいく強い意志にあふれていました。

 みなさんの言葉を読んで、少しでも興味を抱かれましたら、ぜひ舞台を見に、劇場に足を運んでみてください。スポーツもそうですが、舞台が面白いのは、目の前で動く生身の肉体のエネルギーを感じられることだと思います。映像で色々なものが見られる時代になっても、肉体が放つ熱量、匂いを持っている人が目の前で動くハラハラドキドキ感にかわるものはないと思います。

『12人の花形伝統芸能 覚悟と情熱』

中井美穂:1987年、日本大学芸術学部を卒業後、フジテレビに入社。アナウンサーとして活躍し、95年に退社。97年から「世界陸上」(TBS)のメインキャスターを務める他、「宝塚カフェブレイク」(TOKYO MX)、「スジナシBLITZシアター」(TBS)などにレギュラー出演。その他、イベントの司会、映画・演劇のコラムやクラシックコンサートのナビゲーター・朗読、ブルーリボンキャラバン等のがん啓発イベントなど、幅広く活躍している。趣味は舞台鑑賞、映画鑑賞で、小劇場からミュージカル、宝塚、歌舞伎など幅広く観劇。2013年より読売演劇大賞選考委員を務める。