進学する高校を選ぶときに大切な要素の一つが、"校風"だろう。偏差値や東大合格者数などといったデータには表れないが、歴史や伝統により醸成された、その学校独自のものであり、生徒達の青春時代や人間形成に影響を与えていく。

 本書『名門高校はここが違う』では、長きにわたり各界に優秀な人材を輩出してきた、いわゆる名門高校19校を取り上げている。その卒業生にご登場いただき、高校時代のエピソードや思い出話から、各校の"校風"というものを浮かび上がらせた。

 巻末座談会では、開成高校の柳沢校長、愛知県立旭丘高校の杉山校長、駿台教育研究所の石原部長に、名門高校はなぜ"名門"であり続けるのか、また、2021年の大学入試制度改革を踏まえた展望を、語っていただいた。

 以下に、その巻末座談会を抜粋、および一部改変したものをご紹介したい。

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【座談会】"名門高校"が輝き続ける理由

左/石原賢一氏(駿台教育研究所部長)
中央/柳沢幸雄氏(開成中学校・高等学校校長)
右/杉山賢純氏(愛知県立旭丘高等学校校長)


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<名門高校でこそ得られるもの>

――「名門高校」の受験生や保護者は、今、何を求めて進学を希望しているのでしょうか。まずは石原さんに客観的な見解を、そして開成・柳沢校長、旭丘・杉山校長には、寄せられる期待をお聞きしたいと思います。

【石原】

 やはり大学への進学実績は大きな要素で、受験生や親御さんが高校のさらに先に見据えているのは大学です。志望校から何人が東京大学、京都大学、医学部に進学しているのか、それを気にしない人はいません。しかし、私が言うのもおかしいのですが、進学だけを目的とするのでは、予備校と変わりません。受験生や親御さんは、進学実績を見ながらも、高校三年間の青春を充実させるべく、自由な校風や、伝統といった要素を考えていると思います。

【柳沢】

 私自身も卒業生の一人なのですが、中高併せて開成学園が目指しているのは、今も昔も「開物成務」です。つまり、生徒一人ひとりの素質を花開かせ、人としての務めを成し遂げる。そのような人材に生徒を育てています。ただし開成の教育目標は不変でも、山の頂に至る道筋は時代に応じて変化しています。開校した明治から今までには、当然、授業で教える内容が変わっており、パソコンや携帯電話など生徒が日常で触れるツールも変わっています。環境が変化する中で、普遍的な目標に到達するために、ルートを柔軟に変えながら進むことが大切だと考えています。

 そして子どもの発達段階は、今も昔も変わりません。大体12、13歳になると反抗期に入り、親離れの時を迎えます。親や教師による教育ももちろん大事ですが、この時期に一番重要なのは友達です。または近くで手本となる先輩。この二つの存在が大きくなります。伝統校では友達・先輩など生徒間の縦横の関係性が連綿と続いています。受験生や親御さんには、こういった建学の精神や環境を期待されているように感じます。

【杉山】

 旭丘高校は愛知県の旧制一中の流れを汲み、地域トップの生徒としての自負心を持つ、伝統ある公立高校です。旭丘の偉大な先輩達に憧れて集まった生徒達が切磋琢磨して成長し、大いに活躍して欲しいと願っています。私も本校の卒業生ですが、お父さんやお母さんが旭丘の卒業生だから目指した、という新入生がたくさんいます。大学受験ももちろん目指しつつ、文化祭や体育祭といった学校行事も大いに楽しみ、部活動に全力で取り組む。勉強だけではなく、学校生活も謳歌しようという思いで旭丘にやってきます。

 旭丘に限らず多くの公立の名門校は、全ての方面にバランスの取れた、人格形成に重きを置いた教育を展開しており、そこに魅力を感じて集まってきてくれていると感じています。

――取材をしていると、やはり公立と私立、また中高一貫でそれぞれに特徴があることを感じました。それぞれにはどのようなメリット・デメリットがあるでしょうか。

【石原】
 
 文部科学省は、1999年から多様な中等教育を目指して公立の中高一貫校を設立し始めました。それでもやはり中高一貫といえば、開成学園のように私立に多くあります。それは、戦後の学制改革によって旧制中学が中高の3年ずつに分断された経緯があるからなのですが、一番多感な思春期に、落ち着いて勉強できるメリットが中高一貫にはやはりあると思います。学習内容からしても、中学3年と高校1年には重複する部分が多いため、ここで高校受験を挟まないのは利点です。
 
 一方で公立出身の生徒に感心するのは、環境の変化に強いことです。高校入試という関門を潜り抜け、いろいろな中学出身の生徒と触れ合った経験を経ているからでしょうか、大学受験でたとえ浪人生になろうとも気丈に勉強しているのは、公立の、特に地方出身者に多いのは確かです。
 
 もう一つ、保護者の心構えがしっかりしているのも公立の特徴と言えるでしょう。これも高校入試を潜り抜けた体験にあるのでしょうね。うちの子はやればできると、どっしり構えているので、予備校の保護者面談でも、公立の生徒の親御さんのほうが早く終わります(笑)。中高一貫は同質性の高い環境で六年を過ごすので、打たれ弱さはどうしてもあります。

【柳沢】

 開成は中学で300人を募集し、高校でもプラス100人を募集します。その目的は、多様性の確保です。公立中学や海外からの入学組に、面白い子が入ってくるんですよ。彼らが内部生を刺激してくれるのです。
 
 中高一貫は生徒だけでなく、教員を成長させてくれるメリットもある。やはり中学生というのはヤンチャで、いろいろと問題を起こします。教員もワッと怒りたくなるのですが、いずれ生徒たちも高校にいる上級生のように落ち着くのだという見通しがあるので、鷹揚に構えられる。開成は教員も6年間の持ち上がりを基本としているので、子どもたちの成長を長期視点で見ることができる。またそれが、教員の成長にも繋がっていることを実感します。
 
 不思議なもので、ヤンチャな子が集まる学年、おとなしい子が集まる学年があるのですが、中学入学時は少しくらいヤンチャなほうが、元気のいい自立した学年になります。それは進学実績にも表れる。おとなしい子は、教師からすれば管理しやすいのですが、他人に依存しがちでもあります。大人はあまり「いい子」、管理しやすい子を求めないほうがいいと思います。

【杉山】

 精神的な強さをいかに育むかは、難しいですね。今は保護者が成功体験を積ませ過ぎてしまう。それによって失敗を恐れるようになりはしないかと心配です。大学受験がゴールではないので、将来のために失敗を繰り返し経験して強くなって欲しいものです。昨今、幼児期からの勉強に過度に力をいれ過ぎる様子を見聞きすることがありますが、その時期の発達段階に応じた習得すべきものが若干失われる危険性があると思います。それは遊びにおいて心が満たされることだったり、家庭の愛情に包まれてゆったり過ごす時間であったり、友人たちと自然の中で過ごす時間であったり。早い段階での過度な競争はプラスもあればマイナスもあるように感じます。

 また、公立の生徒は、出身地域や、親の感覚の多様性から、様々な人材が集まって来る。それがメリットです。

 教員に関しても同様に、公立の教員は多様な学校を経験しているというメリットがあります。私自身、工業高校や中堅高校の校長を経験してきましたが、たくさんの生徒や親御さんを通して多様な人生を知ることができました。また、教員の異動があることも公立の特徴です。都道府県単位での観点から、各学校に適材適所の人材配置をすることができます。教員がその学校に適さないということであれば異動させることもできるので、広い環境で教員を育てられるということが公立のメリットとして挙げられます。

『名門高校はここが違う』

永井隆:ジャーナリスト。1958年群馬県生まれ。明治大学卒業。東京タイムズ記者を経て、92年フリーとして独立。現在、雑誌や新聞、ウェブで取材執筆活動をおこなう傍ら、テレビ、ラジオのコメンテーターも務める。著書に『移民解禁』(毎日新聞出版)、『EVウォーズ』、『アサヒビール30年目の逆襲』『サントリー対キリン』『ビール15年戦争』『人事と出世の方程式』(日本経済新聞出版社)、『究極にうまいクラフトビールをつくる キリンビール「異端児」たちの挑戦』(新潮社)』、『敗れざるサラリーマンたち』(講談社)、『一身上の都合』(SBクリエイティブ)などがある。