最近、東京では「家を買うなら五輪後」と、まるでそれが当然のごとく語られている。
 「五輪後に不動産価格が下落するはずだからそれを待ったほうがいい」「オリンピックの影響で街が変わるはずだし、まだ買わないほうがいい」......。

 しかし2019年のこの瞬間、大きな変化はすでに起こっていた!

 不動産事情に詳しく、多くのベストセラーを抱える牧野知弘氏曰く、「働き方改革」に象徴されるライフスタイルの変化に伴い、住まい探しにおける絶対的価値基準「沿線ブランド」「都心まで○分」が崩壊。各街の"拠点化"が進んだ先で新たな格差が露呈し始めていると言う。
 そしてそれが現実として、「住みたい街ランキング」の激変などに現れ始めているそう。
 
 今回その主張をまとめた新刊、『街間格差』より"はじめに"をご紹介。
 湾岸タワマン、下町、高級住宅街、団地、観光地――。この東京で暮らすなら、足元に迫る「街間格差」に今すぐ備えよ!

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 はじめに

 ■家を買うなら、本当に「オリンピック後」?

 東京23区在住者の人口は現在約940万人を数えます。日本全体が人口減少に見舞われる中、東京には相変わらず人が集まり続けています。とりわけ1995年以降、日本において「独り勝ち」とも呼ばれるほど、東京は人々を集めることに成功してきました。

 東京が人口を集め続け、そしてその姿を変容させている背景として、私たち日本人のライフスタイルが大きく寄与しているようです。

 産業構造の変化に応じて地方から東京に人々が集中した結果、都心の地価は高騰。その分「東横線」「田園都市線」といった鉄道が都心部から放射状に延び、その沿線に次々と開発された郊外の住宅地が人気を呼びました。
「夫は長く電車に揺られて都心部の会社に勤め、妻は専業主婦として環境の良い街に身を据えて家族を支える」という構図が日本経済を支えてきたのです。

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 ところが夫婦共働きが当たり前となる1995年以降になると、都心部への交通利便性が家選びの最重要ポイントに変わり、大手デベロッパーが分譲する都心のタワーマンションなどが人気を博することになります。それは、夫婦共働きと郊外生活をエンジョイすることの両立が困難になったためと思われます。

 ライフスタイルは時代とともに変化し、家選びの基準も変化してきました。ただ、「住まいを買う」という最大の動機の一つとして、相変わらず「住宅価格の上昇を見込んで買う」というようなステレオタイプな考えが未だに残っているようです。

 たとえば最近、家の購入を検討している人から「やはりオリンピック後が良いでしょうか」といった相談をよく受けます。

 本来、家を買うのは勤め先の状況や家族構成の変化といった自身のライフステージに応じて考えるべきです。ところが「オリンピック後は物件価格が値下がりするから」「そのタイミングで買えば、買った家が値上がりするから」といった、「住む」「暮らす」という価値と、投資としての価値をごちゃまぜにした視点に多くの人が陥っているように見えます。

「買ったマンションが値上がりした」もしくは「値下がりした」ということがよく話題に挙がるのも人々のこうした潜在意識の表れと言えます。

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 ■「通勤する」東京から「どこにも行かない」東京へ

 今東京で働く人が家を買う際、まず考えるのは都心部への通勤利便性かもしれません。会社との往復が人生の多くを占めてきた日本の勤労者にとって、交通利便性を重視するのは当然の選択です。

 ただし時代の価値観が刻々と変化する中、住まいはこれまでの、ただ「寝るだけの場所」、あるいは「投資対象」から、きちんと「住む」「暮らす」ということの効用、つまりソフトウェアを考える時代を迎えようとしています。

 昨今政府が提唱している「働き方改革」。

 この改革では、長時間残業の削減や裁量労働制の可否ばかりに目がいきがちですが、実は私たちのライフスタイルそのものの変化の予兆を含んだ改革であることに気づいたほうがいいでしょう。つまり、毎日「会社」という都心の建物に通い、与えられたデスクで決まった時間に仕事をする、というスタイルに変化が訪れつつある、それぞれの裁量でもっと自由に働く時代が来たことを意味しているのです。

 人々が自由に働く社会が実現されれば、「通勤」という概念は世の中からなくなるかもしれません。勤労者の立場のまま、自分が「暮らす」場所で一日の大半を過ごす。その「街」で働き遊び、もっと根を下ろして生活するようになる。

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 そうなれば「住まい選び」はハードとしての家、あるいは交通利便性といったこれまでの価値軸だけでなく、その街、その住まいで過ごす意味を重視する方向へシフトしていくことが予想されるのです。

 ■これから広がるのは「街間格差」

 つまりこれからは「東京だからいい」とか「会社に行きやすいからいい」、ましてや「価格が上がるからいい」といった観点での住まい選びから離れ、「この街に住めばどんな楽しいことがあるか」「暮らす街に自ら参加してその価値を高められるか」といった動機で住まいを選ぶ時代がやってくるものと考えます。

 地元のお祭りや行事を自らが企画する。街の人々が触れ合う、もしくは三世代が交じり合う。東京にも「ここがふるさと」と感じられるような、本当に「住む」幸せを感じることができる「街」が続々と誕生するようになるのです。

 一方、これからの都内では、その輝きを放つことができる「街」とできない「街」との間に大きな格差が生じるものと考えられます。その先で生まれた「街」の魅力度に応じ、不動産価格に差が生じるような時代となるでしょう。

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 これも本文で詳しく触れますが、まもなく「東京ならば大量の人々が流入する」時代は終わります。これからは東京に点在する特徴ある「街」に移り住んだ人々が、さらにそれぞれの「彩」を付ける時代になるのです。

 本書では、これからの住まい選びを「街」選びの観点で考えてみました。

 みなさんがこれまで漠然と思っていたそれぞれの街に対する評価と同じものもあれば、大きく異なるものもあるかもしれません。また生活するうえでは街が所属する行政区の住民向けサービスや特典などももちろん大事な選択肢であることは承知していますが、本書ではあえて取り上げず、「街」としての住み心地やこれからの発展の可能性について、不動産屋の目線から考えてみました。
 住まい選びを考えている方、すでに買った方も含め、街に対する新しい発見や驚きがあれば幸いです。
 
 それでは一緒に、東京の姿をじっくり見ていくことにしましょう。

『街間格差--オリンピック後に輝く街、くすむ街』

牧野知弘:1959年生まれ。オラガ総研株式会社代表取締役。東京大学経済学部卒業。第一勧業銀行(現:みずほ銀行)、ボストンコンサルティンググループを経て、89年三井不動産入社。数多くの不動産買収、開発、証券化業務を手がけたのち、三井不動産ホテルマネジメントに出向し、ホテルリノベーション、経営企画、収益分析、コスト削減、新規開発業務に従事する。2006年日本コマーシャル投資法人執行役員に就任しJ-REIT(不動産投資信託)市場に上場。09年株式会社オフィス・牧野設立およびオラガHSC株式会社を設立、代表取締役に就任。15年オラガ総研株式会社設立、以降現職。著書に『なぜ、街の不動産屋はつぶれないのか』『空き家問題』『民泊ビジネス』(いずれも祥伝社新書)『老いる東京、甦る地方』(PHPビジネス新書)『こんな街に「家」を買ってはいけない』(角川新書)『2020年マンション大崩壊』『2040年全ビジネスモデル消滅』(ともに文春新書)など。テレビ、新聞などメディア出演多数。