世界が認める巨匠、映画監督の押井守さんが、
『ひとまず、信じない――情報氾濫時代の生き方』(中公新書ラクレ)を刊行!

フェイクニュースが世界を覆う時代、何が虚構で何が真実か、その境界線は曖昧である。
こういう時代だからこそ、与えられた情報をひとまず信じずに、自らの頭で考えることが重要であると著者は説く。

幸せになるために成すべきこと、社会の中でポジションを得て生き抜く方法、
現代日本が抱える問題を斬る、押井哲学の集大成!

このろくでもない社会に生きる僕たちへ向けた
押井監督の力強く、あたたかいメッセージについて、本書を手に取ってぜひ触れてみて下さい!

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序論より

 インターネットの登場は、社会のありようを大きく変えてしまった。ネットは物流の仕組みを変え、情報の流れ方を変えた。そして、この後はAI(人工知能)が僕たちの暮らしに大きくかかわってくる。AIが人間の仕事の大部分を奪ってしまうという予測もある。それは、人間が仕事をしなくても豊かに暮らしていけるユートピアか、それとも、人間がAIに使われるデストピアか。

 人間の集合知がネットの健全性を保ち、コストを限りなくゼロにすることができるようになるという、のんきな予測は大方外れたようだ。人間はネットを悪用し、ニセの情報を流して金儲けをたくらんだり、政敵に攻撃をしかけたりするようになった。だから、ネットの中には悪意に満ちたデマが飛び交っている。50%外れる天気予報と、100%外れる天気予報はどちらが信用できるか。よく冗談で言われることだが、もちろん100%外れる天気予報の方が信用できる。予報と逆の天気を予測すればよいからだ。

 ネットの中には真実も虚偽もある、と言われる。だからこそ、ネットの情報は信用できない。すべてが虚偽ではなく、どこかに嘘が紛れている。だが、それは一見、真実のような顔をして僕らに微笑みかけてくる。どれが本当で、どれが嘘なのか。僕らには見分けがつかないのだ。

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 真実と虚構のあわいに興味を持ち続けてきた僕の、インターネットに対する意見は本書の中で十分に述べるつもりである。個人が義体と電脳によって強化された近未来を描いた僕の作品で、人間の意識は広大なネットにつながっている。そんな世界を20年も前に描いたが、スマートフォンの登場で、本当に人間が常にネットにつながる世界が実現してしまった。

 だが、僕が描いた世界はさらにその先の話で、そこでは人間の意識が広大なネットの海に融合するところまで行ってしまう。もはや機械の体すら必要ではなくなり、意識だけが、世界を駆け巡る。

 そのとき、人間はこの世界を、宇宙をどのように認知し、どのような世界観を持つのだろうか。あるいはそのとき、宇宙は人間をどのように認識するのか。物理法則から解き放たれた人間の存在を神は許すのか。これこそが僕が映画で描く、人間の未来像であり、シミュレーションだった。

 その思考実験は、現実の今の人間をも照射する。僕らがいつか意識以上の存在になれるのだとしたら、今の物理法則の中で生きている僕たちはいったい何をなすべきか。こんな不自由な、血と肉でできた体を抱えて、なすべきことがあるのだろうか。日々の現実に流されず、本質を突き詰めて考えていくとは、どういうことなのか。

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 まるで哲学のような問いになってしまったが、本書ではもっと単純に、幸せになるためには何をすべきか、社会の中でポジションを得ていくにはどうしたらよいのか、そん
なことも僕なりに論考している。

 ただ、本質的な議論からは目を離さずに考えたつもりだ。
 どうやら、僕たちは生きている。ゴルギアスが何と言おうと、僕らは世界を認識している。どう考えても、僕らの胸の奥には、何か、僕ら自身の核のようなものが備わって
いるとしか思えない。それが、心と呼ばれるものか、精神と呼ばれるものかは別にして、その実感は確かにある。

 胸の奥の核を、やはりないがしろにするわけにはいかない。その、意識のようなものを受け入れてくれるほどに、ネットの空間はまだ十分に発達してはいない。もう少し、
この肉体の中に閉じ込めておいて、その核が命じるものに従って生きていくしかない。

 本書を著した理由はここにある。しょせん僕らはもうしばらく、不自由な人間として、本質を見極め、虚構と真実を手玉に取り、うまくやっていくしかないのである。


『ひとまず、信じない――情報氾濫時代の生き方』

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押井 守 
1951年東京都生まれ。映画監督・演出家。大学卒業後、竜の子プロダクション(現・タツノコプロ)に入社。以降『うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー』(1984)『GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊』(95) 『アヴァロン』(2001)『イノセンス』(04)『THE NEXT GENERATION パトレイバー 首都決戦』(15)などを手がける。最新作は『ガルム・ウォーズ』(16)。著書に『仕事に必要なことはすべて映画で学べる』、共著に『身体のリアル』などがある。メルマガ『世界の半分を怒らせる』を配信中。