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正体隠して大ヒット! 『文庫X』はこうして生まれた

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「常識」に殺されてはいけない

『書店員X』より「はじめに」公開!

「文庫X」を生んだ書店員Xとは?

 2016年、地方の一書店が仕掛けた「文庫X」なる謎の本が、日本中を席巻したことをおぼえていらっしゃる方は多いのではないでしょうか?
 表紙をオリジナルの手書きカバーで覆い、タイトルと著者名を隠すという前代未聞の試みは、全国650以上の書店を巻き込み、30万部を超えるヒットを記録。マスコミにも大きく取り上げられましたた。

 その「文庫X」の仕掛け人であり、岩手県にあるさわや書店さんの書店員である長江貴士さんが新書、『書店員X』を刊行! あらためてヒットに至るまでの道のりとまったく「常識外」なアイデア、その秘訣を分析しながら、著者自身の半生を踏まえて世の中を生き抜く力について考えた意欲作。

 今回、その『書店員X』から"はじめに"を特別公開いたします。
 あなたも気付かぬ間に、「常識」に縛り付けられてはいませんか?

・・・・・・・・・・・・・・・・

まえがき
 
 4ヶ月半で5034冊
 1ヶ月で1713冊
 1日で206冊
 
 まずはこれらの数字がいかに異常で常識外れのものだったのか、それを説明していきたいと思います。

 初めまして。僕は、岩手県盛岡市にある、さわや書店フェザン店で働いている書店員です。
さわや書店というのは、盛岡市を中心に10店舗ほど展開する地場の書店です。そんな一地方の書店員がなぜ本を出すことになったのか―。それは、2016年に当店がスタートさせ、出版・書店業界を超えて話題になった「文庫X」という企画のお陰です。僕がその「文庫X」を企画しました。

 この本を手にとってくれた方の中には、「文庫X」をよく知らないという方も多くいるでしょう。なのでまず、「文庫X」とはなんだったのかをざっくりと説明していこうと思います。

「文庫X」というのは、ある本の表紙をオリジナルのカバーですべて覆い、タイトルも著者名も一切見えない状態にして販売するという企画でした。オリジナルのカバーを付けた上からビニール掛けしているので、本の中身を確認することもできません。本を買う前に分かる情報は、

 ・値段が税込みで810円であること
 ・ノンフィクションであること(ただしカバーには、「小説ではない」という表記をしました)
 ・500ページを超える作品であること

の3つしかありません。

「文庫X」展開写真2.jpg

 オリジナルのカバーには、僕がその本をなぜ表紙を隠してまで売ろうとしたのか、その理由と魅力を書き連ねました。
【申し訳ありません】という一文から始まるその文章には、【この本を読んで心が動かされない人はいない、と固く信じています】【それでも僕は、この本をあなたに読んで欲しいのです】【知らないでは済まされない現実が、この作品では描かれます】というような扇情的な文が並んでいます。

 2016年7月21日に、この「文庫X」はさわや書店フェザン店の店頭に並びました。売り場には、「どうしても読んで欲しい810円(税込)がここにある」という、値段しか伝えていない大きな看板を設置しました。当初僕は、この企画が日本中の書店で話題になるとはまったく想定していませんでした。

 企画を開始する際に僕は、「文庫X」の中身の本を60冊仕入れました。正直、売れるはずがない、と思ってスタートさせた企画だったので、60冊というのは当時の中ではかなり頑張った数字でした。時間がかかってもいいから半分の30冊は売ろう、それまでは売り場から外さないようにしよう、と思ってこの企画を始めました。

 期待は良い意味で大きく裏切られました。売り場に並べた瞬間から、信じられないスピードで「文庫X」は売れていったのです。最初に仕入れた60冊は、たったの5日で完売しました。1日10冊以上売れた計算です。物凄い売れ方でした。けれども「文庫X」は、その後もそれ以上のペースで売れ続けました。

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 冒頭の数字の話に戻りましょう。
 7月21日から始まった「文庫X」は、後述する「文庫X開き」が行われた2016年12月9日までの約4ヶ月半に渡る企画でした。その間の当店(さわや書店全体ではなく、さわや書店フェザン店のみ)の売れ数は5034冊でした。1ヶ月平均で1100冊です。

 これがどれほど常識外れな数字なのか―。例えばさわや書店フェザン店の1ヶ月の文庫全体の売れ数の平均が8415冊(過去2年間の平均を出しました)だと書くと多少は凄さが分かっていただけるでしょうか? すなわち、1ヶ月の売り上げの約8分の1が「文庫X」の売り上げだった、ということです。
 また、さわや書店フェザン店で売れ数が5000冊を超えた本は、『永遠の0』(百田尚樹著)の文庫と東日本大震災の写真集、そして「文庫X」の3冊だけであり、この事実もまた、「文庫X」の売れ方の凄まじさを伝えるものではないかと思います。
 
1ヶ月で1713冊というのは、当店で「文庫X」が最も売れた月の数字です。2016年10月のことでした。当店では、月に100冊程度売れれば、月間の文庫売り上げランキングで1位になります。実際に、同月の売り上げ2位の文庫は、その時期映画公開も予定されていた大ベストセラーとなった作品ですが、売れ数は78冊でした。「文庫X」の圧倒的な売れ方が分かるでしょう。

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 1日で206冊というのは、「文庫X」が1日に売れた最大の数字です。これは、「めざましテレビ」(フジテレビ系列)の「ココ調」というコーナーで「文庫X」を取り上げていただいた日のことでした。当日僕は休みだったので、店がどれだけ忙しかったのか直接には知らないのですが、後から聞くと、電話や問い合わせなどが殺到して通常業務に支障をきたしたほどだったそうです。当店では、時期によっても変動しますが、1日に文庫全体では大体300冊前後売れます。その中で「文庫X」が1日で206冊売れたというのは、本当に異常事態と言っていいです。

 こんなふうに驚異的な売れ方をした「文庫X」ですが、決して当店だけで売れたわけではありません。「文庫X」は、徐々に全国の書店に広まっていきました。最終的には47すべての都道府県の650店舗以上の書店で「文庫X」が展開されることになりました。そして、展開してくれた書店では軒並みベストセラーになっていきました。一地方書店発で、結果的にこれほどの数の書店を巻き込むことになった企画は、これまでなかっただろうと思います。

 出版物の販売額は、年々減少しています。2001年には2兆3000億円ほどでしたが、2015年には1兆5000億円ほどに落ち込んでいます(http://www.nippan.co.jp/recruit/publishing_industry/current_status.html)。また、前に働いていた書店時代も含めれば10年以上書店員として働いている僕の感覚としても、以前よりも一部の大ベストセラーに売り上げが集中しすぎていたり、出版社や書店の仕掛け販売によって売り上げ上位にランクインする作品が減ったりと、なかなか本が売れなくなったという印象を持っています。そういう厳しい状況の中、「文庫X」の売れ方は、驚異的と言って過言ではないでしょう。

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「文庫X」は、 12月9日に当店が行った「文庫X開き」で企画としては一旦終了という形を取りました。この「文庫X開き」というのは、それまで秘密にされていた「文庫X」の中身を発表する、というイベントでした。中身は、清水潔著『殺人犯はそこにいる―隠蔽された北関東連続幼女誘拐殺人事件』(新潮文庫)というノンフィクションです。この作品に書かれていることがとても現実だとは思えないような、衝撃的な作品です。

「文庫X開き」には20社を超える報道陣にお集まりいただき、岩手県では解禁時刻に設定した17時30分からすべてのテレビ局が「文庫X」を取り上げてくれました。また「文庫X開き」以前にも、「文庫X」は企画をスタートさせて以降、数多くのメディアに注目していただきました。全国紙全紙、全国ネットの全テレビ局、ヤフーニュースなど、あらゆるメディアが「文庫X」を取り上げてくれました。
 しかし何よりも僕が嬉しかったのは、お客さんの反応です。「文庫X」を買ってくれた方からの反応は様々でしたが、最も多かったのは、「『文庫X』という形でなければ絶対にこの本を手に取らなかった。けれど、この本を読めて本当に良かった。出合わせてくれてありがとうございました」というものです。この原稿執筆時点でも、同様の感想をいまだにネット上で目にします。

「文庫X」を読んでくれた方の大多数がこういう感想を抱いてくれたということが、僕にとっての「文庫X」の価値でした。「文庫X」というのは、表紙を隠すという、ある意味禁じ手のような手法を使った企画でした。しかし、買ってくれた方は、なぜ表紙を隠したのかという意味合いをきちんと汲み取ってくれました。だからこそ、このネット時代に、ほとんどネタバレがないという状況が生まれたのです(その状況が「文庫X開き」を行う必要性を生み出しました。詳しくは本文中で書きます)。僕が、「読んでくれた方にこう思ってほしい」と望んだことがそのまま伝わった、と感じられたことが、今回の企画の大きな成果であり収穫だったと感じます。

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 とはいえ「文庫X」は、賞賛ばかりではありませんでした。広く世間に認知され、受け入れられる過程で、様々な批判を見聞きすることがありました。「装丁家がきちんと考えて作った表紙を隠すなど冒涜だ」「著者名を隠すなんて、著者に失礼だろう」「中身の分からない本なんか一体誰が買うんだ?」「本はそんなふうに福袋みたいにして選ぶべきものではない」「『ほんのまくら』や『秘本』と言った先行企画のマネじゃないか」「なんか生理的に受け入れられない」というような意見がありました。そういった批判についても本書では取り上げました。

 ここまでで「文庫X」という企画の概要をざっと書いてみましたが、本書は「文庫X」という企画をただ掘り下げるだけの本ではありません。本書は、「文庫X」という企画が受け入れられ拡散していった過程を捉えることで、普段僕たちがあまり意識することのない物事の受け取り方や社会との関わり方などについて考えてみる本でもあります。そしてそれらの考察を踏まえた上で新たな価値観を提示する。それが僕の大きな目標です。

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 ここで、ざっと僕の経歴について触れてみます。

 僕は静岡県で生まれました。学生時代のアルバイトは3ヶ月しかもたず、すべて無断で辞めてきました。一度など、決まっていたアルバイトにまったく行かずに放り投げたこともあります。大学を中退後、若干の引きこもり期間を経て、書店でのアルバイトを始めました。それ以降32歳までずっとフリーターとして働きます。2015年9月にさわや書店に入社、そして2016年7月に「文庫X」をスタートさせました。人生で就職活動も転職活動も一度もしないまま、ここまで生きてきました。

 なぜ僕の経歴に触れたのか。それは本書の大きなテーマと関係があるからです。
 それは「自由」です。

「文庫X」は「自由」から生まれました。「自由」からしか生まれなかった、と言ってもいいかもしれません。それは、僕自身の生き方の「自由」でもあるし、さわや書店という書店が持つ「自由」でもあります。「自由」からしか生まれなかった「文庫X」を分析することで、最終的に、「いかに『自由』を獲得するか」という考え方を提示できればと思っています。

 そのために本書では、「常識」や「先入観」という切り口から、「文庫X」や「文庫X」の中身である『殺人犯はそこにいる』を捉えようとします。「文庫X」という企画がいかに「常識」を逸脱していたのか、そして僕たちが普段どんな「先入観」に囚われながら生きているのか、というような見方をしながら、僕たちの生活を取り巻く「常識」や「先入観」をまずは認識してもらい、そしてその状況からいかに"逃げる"かについて書いたつもりです。そして、そういう積み重ねの果てに「自由」があるはずだ、ということも。

「常識」や「先入観」から"逃げる"ことは、ある種の困難も伴います。僕自身も、"逃げる"過程で多くの人に迷惑をかけてきました。それでも僕は皆さんに、"逃げる"選択肢も持てる人になってほしいと思います。「常識」を疑い、「先入観」を乗り越えることで何が見えてくるのか。"逃げる"ことでどんな生き方ができるのか。そうした指針を本書で提示することができればと思っています。 本書は、「文庫X」を扱った作品ですが、「文庫X」を知らない人にもきちんと読んでもらえるように書いたつもりです。いかに企画を生み出すか、小売りには何ができるのか、というような働く人に向けた部分もありますし、本と出合い、本を読むということの新たな価値を提示する部分もあります。

 しかし、誰よりも本書を読んでほしいのは、生きづらさを感じている人です。昔の僕のように、「普通」という枠に囚われたまま、「常識」や「当たり前」に押し潰されそうになっている人に、その状況から抜け出してほしくて本書を書きました。

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 まえがきの最後に、本書の2通りの読み方を提示しておきたいと思います。

 一つ目は、第一章から第四章までを順番通りに読む読み方です。「文庫X」を元から知っていた、関心を持っていたという方にはこちらの読み方をオススメします。
 そして二つ目は、第四章から先に読み、その後第一章から読み進めていくという読み方です。こちらは、「文庫X」のことはよく知らなかったけど本書を手にとってくれた方にオススメします。第四章の僕の考え方を先に読むことで、本書を貫く「常識」「先入観」「自由」といった価値観を僕がどう捉えているのか知ることができるはずです。それを理解した上で第一章から読み進めていくことで、「文庫X」について詳しく知らなくても、本書で僕が言いたいことをより理解してもらえるように書いたつもりです。

 たまたまヒットを当てたぐらいで、一書店員が何を偉そうに語るんだ、というような批判が出ることは当然でしょう。それでも僕は、この本で伝えたいことがあります。

 昔の僕は決して、「常識」や「先入観」を簡単に乗り越えられる人間ではありませんでした。むしろそれらに囚われて窮屈に生きてきた人間です。僕と同じような窮屈さを抱えながら、それでもそれを表に出せずに、なんとか必死に生きている人も大勢いると思います。そういう昔の僕のような人たちに、そんなしんどさを正面から受け止める必要なんてないんだ、と伝えたいと思います。"逃げる"ことで新しい道が拓けていくこともあるのだということを感じ取ってほしいと思います。偉そうなことを書き連ねますが、どうぞお付き合いいただければと思います。

『書店員X-「常識」に殺されない生き方』

~~~~~~~イベントのお知らせ~~~~~~~~

『書店員X 「常識」に殺されない生き方』(中公新書ラクレ)刊行記念
長江貴士さんトークイベント
中公新書ラクレリニューアル記念

日時:7月18日(火)午後6時半~
場所:三省堂書店神保町本店8階特設会場
参加条件:上記店舗にて、『書店員X 「常識」に殺されない生き方』をご購入いただいた方先着100名に、参加整理券をお配りいたします。
内容:『書店員X 「常識」に殺されない生き方』の著者・長江貴士さん(さわや書店フェザン店所属)のトークショーを行います。
今回は、特別ゲストとして、同店の店長・田口幹人をゲストにお呼びして、
「文庫X」の仕掛けから、出版・書店業界の現在、未来についてお二人に熱く語っていただきます。

お問い合わせ先:
三省堂書店神保町本店
03-3233ー3312
詳細はこちら
http://jinbocho.books-sanseido.co.jp/events/3041

長江貴士 1983年静岡県生まれ。書店員。慶應義塾大学理工学部中退。神奈川県の書店で10年近くフリーターとして働いた後、2015年に岩手県のさわや書店に入社。自ら就職活動も転職活動も一切しないまま現在に至る。2016年にさわや書店フェザン店で開始した「文庫X」の企画者として注目される。本作が初の著書となる。

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