「人生最大の買い物」といえば、家。都心でバブルの様相を呈しても、郊外では0円でも売れない家が増えるなど、状況はますます複雑に。一方「オークション」「仲介手数料無料」が現実になるなど、その売買ではこれまでの常識が通用しなくなっています。

 その変化を捉え、今こそ新しい知識を得よ、と主張するのが不動産専門の会計事務所の山田さんです。曰く、従来の取引は業界が潤うためにあり、悪どい不動産屋ほど儲かる仕組みが温存されている。そこに競争やノルマが加わった結果、消費者の利益を損なうことを厭わず、「買わせる」「売らせる」商売が続いてきたそう。
 
 しかしその状況も、間もなくはじまる「不動産テック」や「直取引」によって、革命前夜にあると山田さんはおっしゃいます。そこでその主張をまとめた『不動産屋にだまされるな』より、"はじめに"をご紹介。

 これからの時代におトクに売買をする方法、考え方とは? 「買うときに考えるのは『売ること』」「バイブルはピケティ」? 不動産屋が使うテクニックの数々、最新の税や控除の使い方も全公開。
 
 これから先、不動産屋にも国にも、とにかく誰にもだまされたくないなら、まずこれを読め!

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はじめに

 不動産屋をのぞいてまず「1ストライク」

「人生で一番大きい買い物はマイホーム」などとよくいわれる。『クレヨンしんちゃん』(臼井儀人、双葉社)でよくしんちゃんが「うちは残り32年、ローンが残っているゾ」などと言うが、家を購入するためのローン期間として、実に全体の54・5%もの人が「35年」を設定している(『平成18年度住宅ローンに関する顧客アンケート調査結果の概要』、住宅金融支援機構)。
 
 平均寿命を80歳前後と考えれば、我が国の多くの人は、それこそ人生のおよそ半分、住まいとその支払いに向き合わなければならないといえるだろう。
 
 しかし「年金制度もこの先どうなるか分かりません。老後が心配でしょうし、現役世代は買えるうちに持ち家を」などと甘言をうけてその購入を検討すれば、イヤでも対峙しなければならないのが、不動産業者だ。
 もし本気で購入する気があるなら、人生でも5本の指に入るであろう〝大勝負〟が、そこから始まる。

 しかも、その勝負だけを冷静にながめたなら、あなたはかなりの劣勢で戦いを挑まざるを得ない。そもそも、アマであるあなたとプロである不動産業者では、持っているバックグラウンドや情報量、そして経験に、圧倒的な差があるからだ。何らかの事情で、購入を急いでいるようであれば、心理的にも追い込まれることになり、敗色はさらに濃い。
 
 重いノルマを背負った営業マンの必死かつ研ぎ澄まされたトークの前に思考力は著しく低下。どこかで「だまされてるんじゃないだろうか」「怪しいな」と思いながらも、ここで「1ストライク」を喫する人は少なくない。

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マイホームを購入して「2ストライク」

 はっきりいって、法律や制度は、21世紀になった今も不動産業者に極めて「甘い」ということは知っておきたい。「無法地帯でやりたい放題」というより、景気対策もあって、むしろ「合法的にやりたい放題」なのだ。
 
 家が一軒売れれば、木材、繊維、石材、金属、電気、ガス、輸送、電機、金融、保険、通信など、ありとあらゆる業界が儲かる。実際、平成25年度には住宅建設に16・5兆円が使われたが、この金額は住宅そのもの以外でさらに15・5兆円の生産を誘発している(『国民経済計算年報』内閣府、『平成17年建設部門分析用産業連関表』一般分類表〔建設部門表〕国土交通省)。だから国は全力で不動産業界を庇護していて、決してあなたの味方ではない。
 
 もし少しでも家を買う気になったなら、有名な住宅ローン控除はもちろん、住宅金融支援機構によるフラット35、贈与の優遇制度など、各種の制度でその売り買いを猛烈に後押しするから、そこでやっぱり買わない、という気持ちになるほうが難しいかもしれない。
 
 しかも、それまで経験したことのないような大きい金額で、長期間の買い物になるので思考は停止。普通なら「必要ないから買わない」「割高だから買わない」と判断できるのに、家については「ムード」や「勢い」に任せて、最後は買ってしまう。人口減少など、日本どころか世界でも経験したことのない時代へ突入しているのに、家の購入ではなぜか親の世代に戻って「マイホームを買って一人前」という時代錯誤な論理がアタマをよぎる。
 買えば買ったで、外構工事がされていなかったり、ガス管が届いていなかったりと、住むまでに想定もしていなかったような費用がかさみ(しかも業者側は盛り込み済み)、建ったら建ったで、欠陥住宅でなくとも、亀裂が入って、雨漏りがして、また時間と労力がかかる。 だいたい10年経てば、営業マンが「そろそろ修繕しましょう」とやってくることになるが、「たった10年も持たないなんて怪しい」と冷静に思う間もなく、はじめての修繕をよく分からないまま進めることになる。これで「2ストライク」を喫する。

売却して「三振」
 
 昨今、景気が良くなったといわれるものの、すべての人にはいきわたっていない。もし働き手が働けなくなったり、仕事を失ったりすることがあれば、途端にローンが負担となり、売却を検討することもあるだろう。
 なお、2012年に内閣府が発表した首都直下地震が来る可能性は、今後30年で「70%程度」。東日本大震災で経験したはずの津波や液状化の脅威がいつまたやってくるのか分からないのに、沿岸部で、しかも割高なタワーマンションが飛ぶように売れていた。
 心理学的にも判明していることだが、人は不都合な記憶を忘却することが得意だ。まるでそんなことがなかったように、好都合な記憶を選んでしまう。
 
 そうこうしてむかえた売却のとき、3度目の試練が訪れたことにようやく気付く。知らないことや、やらないとならないことがたくさんある中、また何かに追い詰められて「売る」という行為をするから、すでに敗色は濃厚だ。
 しかも再度対峙する不動産屋の鉄則は「いかに安く買いたたくか」。多くの人は物件の悪い点を指摘され、相場をつかめないまま、相手の意見に則って、不利な状況で安く売ってしまう。ちなみに不動産を売るとき、多くは逃げられない状況にあるからこそ、税制も容赦なく牙をむくことは知っておきたい。
 
 極端なことを言うと、不動産屋の生業とは、安く買い、高く転売することで成立する。これこそが業界の分かりやすい仕組みであって、あなたが「三振」を喫するところまでが、実は規定路線。「思ったよりも手残りが少ないな」というレベルで済んだら、まだ御の字。もし目安を誤り、残債が残ることになれば、ローン返済を続けながら、賃貸住宅に住んで賃料も払うことになるだろう。これでは、生き地獄だ。
 こんなのっぴきならない状況に追い込まれるかどうかは、最初のマイホームの購入次第だった。はっきり言おう。不動産との付き合い方で、人生は決まるのである。

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もう誰にもだまされないために
 
 では一体どこが問題だったのだろうか。どうすれば逆転のヒットを放つことができるのか。間違いなく言えるのは二つ。 
 
 一つ目は、情報で負けないということ。インターネットの浸透は、徐々に守られてきた情報を開示する方向に進んでいて、正しい収集方法さえ身に付けておけば、価値ある情報を集めることができつつある。
 実際、多くの不動産業者は旧態依然のままとはいえ、ベンチャーや別業種からの参入で、確実に変化を求められている。たとえば通販大手のアマゾンがすでにリフォーム分野に入ってきたが、進出する価値を彼らのような外資に見出されてしまえば、いきなり全部をひっくり返される可能性がある業界だといえる。また、少しずつ始まっているが、間に業者を入れずに、売主と買主で直接取引するのが当たり前になる日もおそらくそれほど遠くはないだろう。
 
 二つ目は、自分のアタマで常に考える、ということ。仲介手数料を何も考えずに支払う時代はもう終わった。これから明らかに拡大するであろう中古市場や、進む東京への一極集中、少子高齢化が進む時代に、私たちはどう不動産と向き合うべきか、常に考えをめぐらせなければならない。
 
 そこで、その二つを達成するために、この本を提案したい。「個人間売買」や「シェア」「不動産テック」など、不動産をめぐる事情は、これまでがんじがらめにされていたところと違う角度から、化学反応を起こしはじめている。
 
 さあ、変化の時代を賢く理論武装して迎えよう。だまされて家を売り買いするなんてもってのほか。もしカウントが1ストライク、2ストライクでもまだあきらめてはいけない。勝負はこれからだ。
 そして家や不動産そのものは、もちろん悪者ではない。付き合い方によってはきっと人生の一部をかけるにふさわしい輝きを、あなたにもたらしてくれるはずである。
 
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 紹介が遅れたが、筆者である私は、不動産専門の公認会計士・税理士として渋谷で会計事務所を開いている。そこでは不動産を売り買いする消費者、そして仲介する不動産屋から、年間約1000件にも及ぶ相談を受けている。
 その中で、消費者と不動産屋との間に横たわる圧倒的な情報の差、そして考え方のズレが生じていることに危機感を感じ、警告を発したいと常々考えてきた。
 
 不動産屋がわざとついた「ウソ」によるトラブルも、残念ながらあることはある。しかし彼らの優しさや正義心、思いやりあふれる言動が、「不動産」というあまりにハードルの高い世界の中で消費者側にきちんと伝わらなかったり、現状の制度下では裏目に出てしまったりすることも少なくない。
 こうした哀しいギャップが起きる現場を、私は間近でずっと見てきた。第三者の立場だからこそ言えることがあるし、消費者のためにも、そして不動産屋のためにも、その両者の溝を埋める手段として、この本を書いている。
 
 なお、もしあなたがお持ちのニーズが、単純に「不動産業界の裏事情を知りたい」ということなら、ほかの機会を探っていただいたほうがいいだろう。現役の業者が書いた暴露本は、書店にたくさん並んでいるし、そういった話題はインターネットにもあふれている。
 あくまでこの本はそこで終わるのではなく、不動産に長けた知識を持つ人たちとある程度対等に、ときには渡り合い、一方的にだまされることもなく、価値ある不動産とのお付き合いをしていくためのガイドブックとして著した。
 
 現実として、テクノロジーの進化や消費者のニーズの変化に伴い、今不動産の現場は大きなうねりの中にある。まさに革命前夜であり、その革命が良い方向へ進むことを私は心から願っている。

『不動産屋にだまされるな―「家あまり」時代の売買戦略』

山田寛英(やまだ・ひろひで)

1982年、東京都生まれ。公認会計士、税理士。2006年早稲田大学商学部卒、2010年アーク監査法人(現・明治アーク監査法人)入所、不動産会社・証券会社を中心とした会計監査実務に従事。その後、相続税申告・不動産税務に精通した税理士法人東京シティ税理士事務所にて個人向け相続対策・申告実務に従事。2015年、不動産に特化したパイロット会計事務所を設立。不動産を買う・売る・相続する時の税金・資金繰りを専門とする。公認会計士の立場で不動産と接する中、一般人と業界関係者の力に、圧倒的な差異が温存されている現状に警鐘を鳴らすとともに、インターネットの力で変革が始まる直前でもあることを主張。各地で講演を行っている。