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ネットの寵児はなぜいま、やさしかったその世界に「別れ」を告げるのか?

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インターネットが消える前に

家入一真『さよならインターネット』ぼくらはもう、別れを告げるべきところまで進んだのかもしれない

本書より”はじめに”ご紹介

 起業家、実業家、そして活動家など、いくつもの顔を持つ家入一真さん。

 家入さんと聞けば、「IT」「インターネット」を連想される方もいらっしゃるのではないでしょうか。確かにその経歴をたどれば、いじめに遭い、ひきこもっていた中2のある日、パソコン通信と出会えたことで、人生に光を見出すことができたそう。

 そして藝大への進学をあきらめて、携わったシステム開発やDTP、そして自らサーバー事業を立ち上げて、当時最年少でジャスダック上場を果たしました。さらには初の"ネット選挙"となった都知事選出馬を経て、いまもクラウドファンディング事業などに邁進するその人生は、「インターネットと不可分」といっても過言ではないでしょう。

 しかし、たどりついた現在。家入さんは「ぼくらはインターネットと別れを告げるべきところまで進んでいるのかもしれない」と言います。それはいったいなぜでしょうか?

 その想いをまとめた「さよならインターネットが」8月に刊行となります。そこで今回、同書より「はじめに」を抜粋してご紹介。これまでの家入さんのイメージとどこか違う、そして今はじまったばかりの思想の旅へ、あなたも一緒に出かけませんか。

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インターネットが「ハサミ」?
 
 ある日、仕事の合間にお茶をしていたときのこと。インターンシップをしていた20歳の学生が、ぼくにこんなことを言いました。

「家入さんは『インターネットが大好き』とよく言うけれど、ぼくにはその意味がわからないんです。なんだか『ハサミが大好き』って言っているみたいで」

 インターネットがハサミ? 一瞬、意味がわかりかねたこの言葉。どうやら彼は「インターネットなんて、ハサミのようにあたりまえに存在するもので、わざわざ賞賛する価値があるような対象ではない」と考え、そうたとえたようです。

 しかしぼくにとってのインターネットとは、10代半ばの引きこもりのさなかに光を与えてくれた大きな存在。
 そこから紆余曲折を経て、インターネットにかかわる会社を設立。20代で上場を果たした後も、やはりインターネットを通じてたくさんの人とつながり、飲食店やシェアハウスなどを手がけ、ネット選挙解禁後には、それをフル活用して都知事選を戦っています。ぼくはまさにインターネットとともに、その人生を進んできたといえるでしょう。

 また、陳腐な言い方だけれども、インターネットはやはり無限の可能性を秘めた世界であり、ときには見たことのないようなものを生み出し、ときには中央集権的な構造にとらわれていた、いろいろなものを私たちの手に取り戻してくれる、無条件に賞賛される存在だったと思います。

 それだけに、自分より若く、同じくその可能性に胸をときめかせているものとばかり思っていた彼の言葉が、衝撃以外の何ものでもありませんでした。しかし一方で、彼の言葉をあらためて考えてみると、「ぼくの好きなインターネット」というイメージも、はっきりと形にすることができなかった。そのことも、また大きな衝撃でした。
 
小さな世界の大きな価値

 彼は、続けてこう言います。

「『Facebook』も『Twitter』もぼくには必要ない。『LINE』さえあればいい。つながりたい人とだけちゃんとつながっていれば、それ以上は必要ありませんから」

 この言葉を聞いて、今度はとある思い出がぼくの頭をよぎりました。それは福岡で美大を目指しつつ、絵を描いたりして暮らしていた98年、20歳のときのこと。

 描いた絵がだいぶたまったのを見て、ふと画廊を借りて絵を展示してみたくなりました。それは自分一人で描いていて、誰にも見せることのなかった作品が、第三者からはどう感じてもらえるのか、その反応を見たかったからです。もちろん絵が売れて少しでも収入になれば、という思いもあったので、画廊には結構な金額を支払って展示したのだけれども......。

 結果はさんざん。このとき足を運んでくれた人は親しい友人以外、ほとんどおらず、絵もまったく売れませんでした。

 そこで、その頃興味を持ち始めていたインターネットを通じ、それらの作品を自作のWebサイトに載せてみたところ、こちらでは驚くべき反応がありました。なんと福岡県内どころか、海外からも絵を賞賛してくれるコメントが届いたのです。

 インターネットの向こうには想像できないくらいに大きな世界が広がっていて、つながり始めている。そして、その世界こそが、これからの時代、自己表現や発信の中心となるに違いない。これからやってくるかもしれない未来の片鱗を目の当たりにしたぼくは、強い興奮を覚えました。そして21世紀となった今、彼の言葉からこの経験を思い出したのです。

 実際、そのあとには「一億総表現社会」という言葉が生まれ、それを象徴するようなブログブームが到来。続いて「mixi」や「Twitter」「Facebook」などのSNSがはやり、「Sixdegrees」、すなわち「6人を介せば世界中の誰とでもつながる」、そんなことがいわれるようになりました。

 そこから、さらに進んで現在。世界はさらに大きく、そしてつながり続けました。しかしその結果として、目前の若者はむしろ小さな世界にこそ、大きな価値を見出していたのです。

 特にぼくは承認欲求が強いせいかもしれませんが、かつてはブログで、今ではSNSを通じて、なるべく多くの人へと情報を発信したり、ときには悩み相談にまで乗ったりして、不特定多数の人たちから認められたいと思っていました。

 しかし最近になって、そういった実際の姿が見えていない人たちとのつながりが、いったいどれだけの価値を持ちうるのか、どこかで疑問にも感じ始めていました。最近だと、つながりすぎたせいなのか、伝えたいと思ってもいないような人にまで、メッセージは容易に届いてしまい、想定をしていないような反発をもらうことも増えていました。それだけに彼の言葉に驚きを覚えつつ、でもどこかで納得して、受け止められたのです。
 
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じゃあインターネットとぼくらはどこへ向かうんだろう

 繰り返しますが、かつてのぼくにとってのインターネットは、いじめに遭い、引きこもったぼくのような人間にとって、極端なことを言えば「聖域」のような存在だった気がします。部屋から出なくとも同じ価値観を持つ人とつながり、存在を認めてもらえる場であって、ある意味で、目の前の社会以上にリアルな場所であって、存在でした。そして、多くの人がおそらくそうだったように、既存の価値観や構造がインターネットによって「ぱたぱた」と置き換えられるそのさまに、興奮を覚えた一人だったように思います。

 ただし、今現在あらためて考えてみれば、インターネット上だろうと、現実の世界で大きな声を持つ人がやはり発信力を持ち、行きすぎたつながりは、お互いを見張っているような居心地の悪さや炎上をどこかしこで引き起こすようになりました。

 さらに、常時接続や無線回線が当然となり、スマートフォンの登場、そして「Internet ofThings(モノのインターネット化)」、いわゆるIoTの流れもあり、インターネットにつながっているかどうかを、自覚しなくなってしまった。その結果として、インターネットそのものの姿はほとんど見えなくなったのかもしれない。そして見えなくなって、インターネットがその輪郭を失った今、上手くは言えないけれども、弱い人たちやマイノリティが守られる「聖域」としての期待からかけ離れた、逃げ場のない、むしろ息苦しい世界になりつつあると感じているのです。

 もちろん、これから起こるであろう変化や、可能性を否定するつもりはまったくありません。しかし、インターネットと私たちにどんな未来がやってくるか、ということについては、大いに関心があります。

 そして、浮かび上がってきた未来の姿によっては、インターネットとぼくらは、ここで一度距離を置く必要もあるのかもしれない、などと考えています。それどころか、実はぼくらはもう、別れを告げないといけないところまで、とっくに進んでいるのかもしれません。

 だからこそ、インターネットと半生を歩んできたぼくが見てきた景色、もしくは新しく見えてきた景色をここで整理し、その姿を浮かび上がらせてみたいと思い、筆を執ることにした次第です。

 あなたもこの本を読み進めてインターネットの未来、そしてそこへとつながる社会や私たち自身のこれからの姿を、ぼくと一緒に考えてみませんか?

家入一真
1978年、福岡県生まれ。活動家。いじめがきっかけで高校を中退後、ひきこもりに。就職後も対人関係に悩み「誰も会わずに仕事がしたい」と起業を決意。2001年、自宅で「ロリポップ! レンタルサーバ」をリリース。2003年に株式会社paperboy&co.を創業。2008年最年少でJASDAQ市場へ上場。退任後は「CAMPFIRE」「BASE」などのウェブサービスを立ち上げ、取締役に就任。悩める若者の立場に立ち、現代の駆け込み寺「リバ邸」などを精力的に展開。2014年東京都知事選挙へ出馬し主要候補に次ぎ88,936票を得る。著書に『こんな僕でも社長になれた(イーストプレス刊)』『もっと自由に働きたい(ディスカバー21刊)』など。

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