「日本は文化大国として台頭しつつある」というダグラス・マッグレイの指摘からはじまり、政府・学界・メディアが乗り出した『クール・ジャパン』戦略。

 しかしかける予算や労力に反し、現実として07年前後をピークに、日本のマンガ、アニメDVD、ゲームの売上高は減少中。さらに権力とカルチャーが絡むことなどへ、近年ではネガティブに、しかも感情的に批判される機会が増えている。

 そこでその現実や、課題を検証すべく刊行したのが『クール・ジャパンはなぜ嫌われるのか―熱狂と冷笑を超えて』だ。

 著者である三原氏は、ポップカルチャーに精通した元経済産業省キャリア官僚。彼だからこそ伝えられる政策や海外の現状レポートに文化論、さらに未来への希望などを横断的に論じ、「クール・ジャパン」の周辺に漂う「熱狂」と「冷笑」を分析したのだが......。

 今回、イギリスから帰国したばかりの三原氏に、刊行後の反響などを聞いた。

*聞き手 ラクレ編集部 吉岡 宏
 今回は「ジャパン」を象徴するような居酒屋さんからお送りいたします。

ラクレ:

 かんぱい、そしておかえりなさい!
 ということで、帰国された三原さんは現在、どのようなお立場に?

三原:

 オックスフォード大学大学院博士課程で研究を続けています。
 
 研究対象は日本のアニメ産業界で、いまは特に海外展開、とりわけインドなど、新興国への展開に焦点を当てています。その一環で長期フィールドワークを行う必要があり、それで来年まで日本で調査をすることになって、戻ってきました。

ラクレ:

 おお、インドへの日本アニメ進出といえば、『スーラジ(・ザ・ライジングスター)』が話題になりましたよね。インドで放映されているアニメなのに、番組中に協賛した日本企業の商品や看板がそのまま登場したりして。

三原:

 『スーラジ』には、自分もとても注目しています。ただ、「何をもってインド市場での成功とするのか」というところから考える必要があると思っていて。『スーラジ』は、とにもかくにもインド現地でのテレビ放映にまでこぎつけた、という意味でとても大きな一歩であり、ブレイクスルーだったと思います。その意味で成功と言ってもいいでしょう。

 しかし経産省的な観点からすると、マーチャンダイジングにまで広がって、初めて成功だと考えているようにも思えます。
 
 たとえば『スーラジ』をパッケージしたインスタントラーメンや文房具、Tシャツといった商品が、現地のお店に当たり前のように並んで、道端のクリケット少年の誰しもが『スーラジ』のことを知っている。その状態になってなんぼ、と言う人もいます。

ラクレ:

 アニメが海外展開する際、マーチャンダイジング以外のビジネスとしてどのようなものがありますか?

三原:

 最近だと、国際共同製作や、ハリウッドやボリウッド※などへの原作提供、といった座組み※があると思います。

 ただ、やはり巨大な成功を収める座組みといえばマーチャンダイジングでしょう。『ポケモン』はそういった意味で分かりやすい成功事例ですし、『爆丸』や『ベイブレード』もそう。ちょっと変則ですが、『トランスフォーマー』や『BEN10』などもこのカテゴリーに入ってくるかと。

 ちなみに、アニメ業界と一口にいっても、テレビ局、アニメプロダクション、レコード会社、ビデオメーカー、広告代理店、玩具メーカーなど、いろいろなプレイヤーがいます。その中で誰が一番海外に出て行きたがっているか(海外に出るインセンティブがあるか)というと、それは玩具メーカーだ、という研究結果もあります。

※インド映画の制作中心地であるムンバイの俗称
※もともとは歌舞伎など舞台の出演者の構成のことを指す言葉だが、今ではコンテンツが海外進出する際の出資者・企業の組み合わせ・取り組みなども指す

ラクレ:

 さっそく今回の書籍(以下『Cなぜ』)に繋がってくるような内容ですね。話は変わって、そもそも、なぜこの本をご執筆しようと?

三原:

 経産省の一官僚という立場で、立ち上げの頃からクール・ジャパン政策の現場に立っていました。いわゆる「中」の人です。その後に退職し、「外」から政策を改めて眺めてみたら、「中」にいたときに自分たちがそこにかけていた思いや趣旨、また、そもそもの政策の仕組みなどが、いかに「外」に伝わっていないかを痛感して。しかも大抵は誤解され、嫌われている。なんだこりゃ、と(苦笑)。
 
 苦い思いが沸くと同時に、誤解があるのであれば、そのギャップを埋める必要があるのでは、と思いました。ただし、ご存知のとおり、クール・ジャパン関連の議論は「炎上」しやすい。

「クール・ジャパン政策の仕組みを解説→政策擁護と思われる→炎上!」

というコンボが容易に想定される(笑)そのため、周囲の評論家や研究者といった人たちも、なるべく触れないようにしている空気がありました。

 ギャップ解消の必要性は明らかなのに、炎上を恐れてだれもそこに踏み込まない。その状況はいかんのではないか、あまり健全な状態ではないのではないか、とずっと感じていました。

 あえて誰かが炎上覚悟でそこに踏み込んでいかないと、この溝は埋まらないな。でも現役官僚の立場では、なかなかそこまで突っ込んで発言することはできないだろうな。そうすると……立場上、自分がやるべきなんじゃないかと(笑)。フリーの立場なら、仮に炎上しても、私が困るだけで他に迷惑をかけませんし。

ジャパンらしい一枚が欲しくて、今回こうなりました

ラクレ:

 刊行して、実際の反響は?

三原:

 瞬間風速的に話題になる、というより、新聞やブログ、ツイッターなどで、息長く、断続的に取り上げられている感じがします。そうそう、某巨大掲示板上でもスレッドが立ちました!

 しかし、タイトルについての意見はあるものの、本の内容そのものに対する突っ込んだ論評や批判は、期待していた(恐れていた?)ほどにはなされていませんでした。たとえば「自分で自分をクールと言っちゃうのが寒いんじゃん」とか、「権力とズブズブなのが」とか「AKBファシズムだから」とか、そんなニュアンス。

 『Cなぜ』の中でも、クール・ジャパンに対する批判を分類して、それぞれを検証したのですが……。その分類に、見事にあてはまる批判が多かった。

 クール・ジャパンに関し、あえてネット上の文脈に踏み込んだあとに、そこを引っぺがして、一石を投じる内容にしたつもりだったのですが、本に対する批判は、そのネット文脈から一歩もこっちに出てきてはくれない。発売から一ヶ月以上経っても、アマゾンにレビューが一つも付いていないのですが、それが何かを語っているような気がしてなりません(苦笑)。

ラクレ:

 何か話題が出れば、そのたびにネット上では盛り上がるのに、なぜでしょうかね。担当編集者としても、そこは意外でした。

三原:

 その意味で、『Cなぜ』は役割を果たしきれていないのではないか、と忸怩たる思いが若干あるのも事実です。

 他方で、「三原はネット世論を気にしすぎだ」という指摘も頂きました。「ネット上の世論だけが、クール・ジャパン周りの議論の全てというわけではない。もっとリアル世界で、もっとクール・ジャパンに取り組んでいる人たちに向けて語りかけるべきではないか」と。

 ちなみに、その点に関して言うと、業界関係者の方々からはけっこうな量の反響を頂きました。「実務を行っていく上での指針になったよ」とか「痛いところを突いている」とか。クール・ジャパンに関しては、机上の空論ではなく、本当の意味で実務に役立つような議論をいかに構築するか、ということも私の問題意識にあったので、このようなコメントは嬉しかったですね。

ラクレ:

 数は少ないですが、『Cなぜ』の内容についての批判もいくつかありましたね。えっと……、一つは「アニメのことばっかり」というご意見。

三原:

 サーセン(笑)。

 でも、そのご指摘は甘んじて受け入れます。おっしゃる通り、クール・ジャパンがカバーする領域はアニメに限らず、伝統工芸品、ファッション、和食など、めちゃくちゃ広い。であるのにもかかわらず、「クール・ジャパン」と銘打った本で、アニメに関する実例ばかりを取り上げている。偏っているのでは?と。

 そのことは、実は執筆途中から認識していました。しかし、それがこの本の限界であるとも思っています。自分が長い時間をかけて追いかけて、国内・海外双方の現場感、肌感覚まで含めて自信を持って書ける分野はアニメだけだったということです。
 
 そこに無理に他の分野まで広げ、それらについて、教科書的なありきたりの議論を付け加えて拡散させてしまうより、あえて実例をアニメに絞り、「強い」議論にした方が良いのでは、と判断しました。

三原氏、”クール”ジャパンを”ホット”に語る

ラクレ:

 確かに知らないことは書けないですよね……。私の側としても、なんだかんだ言っても、この分野ならアニメがやはり象徴的だろう、という考えがありました。
 
 もう一つの批判としては、「アニメについて書いているのに、表現規制について触れてないじゃん」というのも。こちらは?

三原:

 表現規制の論点については、海外の実情などを見聞きする中、自分自身、色々と思うところがあり。今回はあえて議論のスコープから外しました。クール・ジャパンについて論じる議論は全て表現規制について触れなければならない、そうしない議論は無価値だ、ということにはならないと思っています。

ラクレ:

 最後に。アニメの海外展開に関して、三原さんが現在注目していることは?

三原:

 冒頭でも少し触れましたが、インドなど、新興国への展開には非常に関心があります。
 
 これまで、米国や欧州といったいわゆる「先進国」への展開を調査してきたので、博士課程の研究では、インドをはじめとしたアジア諸国への展開にフォーカスしてみたいと思っています。どうしてもアメリカや欧州での「成功」にばかり目を奪われてきた観がありますが、たとえばインドから日本のアニメの海外展開のあり方を見れば、また全然異なった風景が見えてくるのではないか、と今は考えています。

 もちろん、ビジネス的なアプローチもおそらくかなり異なったものになるはずです。そして、そういったことまでを意識した、国や地域にマッチした、きめ細かな施策を検討するところまでが、次のクール・ジャパンの目指すところではないかと。

ラクレ:

 それを目指すときに、『Cなぜ』を手にとってもらえると良いですよね。「意外と日本、ズレてないんじゃない?」とか言いながら(笑)

三原 龍太郎(みはら・りょうたろう)
1978年生まれ。元経済産業省勤務。2003年東京大学教養学部卒、同年経済産業省入省。通商政策局通商機構部(WTO通商交渉担当)、特許庁制度改正審議室(知的財産権法改正担当)を経て、コーネル大学大学院へ留学。2009年8月同大学院修了(文化人類学修士)。2012年クリエイティブ産業課課長補佐を最後に退官。現在は慶應義塾大学SFC研究所上席所員(訪問)、明治大学国際日本学部非常勤講師。2013年よりオックスフォード大学東洋学部(Oriental Studies)博士課程。著書に『ハルヒinUSA』(2010年、NTT出版)。