あんじゅう 三島屋変調百物語事続

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あんじゅう

初版発行日:2010/7/25
判型:四六判
ページ数:568ページ
定価:本体1800円(税別)
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特別インタビュー

特別インタビュー宮部みゆき『紙と電子』を語る!

『あんじゅう』単行本の刊行と、iPad版アプリの発売を記念して、著者の宮部みゆきさんにインタビュー! ここでしか読めない全文を一挙掲載。宮部みゆきさんの「本」に寄せる思いを、どうぞ受け取ってください!

――〈三島屋変調百物語〉のシリーズ2冊目です。1冊目の『おそろし』とは少しカラーが違うように感じますが、今回の本で心がけたことは何でしょうか?

 この百物語の計画を立てたときから、奇数巻はハードは話を、偶数巻は比較的明るめの話を集めよう、と考えていました。ひと口に怪談といってもいろいろな話を作ることができますし、重たいエピソードばかりでは、聞き手のおちかもそれを書く私もしんどくなってしまうだろう、と。今回は、おちかの頼もしい助っ人になる人たちも出てきましたので、全体ににぎやかになったかと思います。

――南伸坊さんの挿絵がとてもすてきです。南さん描くおちかや物の怪たちは、宮部さんの頭の中のイメージと比べてどうでしたか?

 今回の新聞連載は、いつにも増して、日々の挿絵を見るのが楽しみでした。私の描写が必ずしも足りていたとは思えない部分まで、南伸坊さんのキャラ造形力でカバーしていただき、私には想像しきれなかった愛らしい〈お旱さん〉や〈くろすけ〉に会うことができました。おちかはもちろん、三島屋の女中のおしまさんや丁稚の新どんも、今回のコミカルタッチの話の展開にぴたりとハマるように、生き生きと描いていただきました。

――今回の4編で、とくに気に入っているエピソードは何でしょうか。その理由は?

 第四話の「吼える仏」です。行然坊という偽坊主は私のお気に入りのキャラで、逸話の締めくくりに、彼が「そうだ、わしは御仏をお探ししよう」と言ってくれたとき、四話のなかではいちばん短いこの話が、私のいちばん書きたかったことだと感じました。

――書籍のタイトルが第三話の「暗獣」から来ていますが、〈くろすけ〉というキャラクターはどのようにして生まれたのでしょうか?

 私は「暗獣」を考えましたが、〈くろすけ〉を創ってくれたのは南さんです。真っ黒な南京豆みたいにも見えるし、おはぎにも見えます。こんな物の怪なら、私もペットにしたい!

――〈くろすけ〉は宮部さん会心のキャラと考えてもいいですか? グッズ展開もあるとか......。

 スポーツバッグやリュックのほか、〈くろすけ〉がついている栗饅頭もあります!

――お勝や利一郎、いたずら三人組など、など、レギュラーになりそうなキャラクターもにぎやかに出てきます。今後の彼ら彼女らの活躍は?

 準レギュラーとして、今後もおちかと親しくしてもらいます。いたずら三人組の良介は、本気で「早く一人前になって、三島屋のお嬢さんを嫁にもらおう」と考えているフシがありますし......。手習所「深考塾」の若先生は、さてこれからおちかとどんな関係になるのか、今はまだナイショです。

――「吼える仏」など、これひとつで長編になりそうなアイデアが惜しみなく投入されていますが、各エピソードを紡ぐにあたってご苦労は?

 江戸怪談を書くのは大好きなので、特に苦労した部分はありませんでした。そのうえ、13ヵ月間の連載中、多くの読者の方から声援のメールやお手紙やファクスをいただき、勇気百倍の感じで書き進めていました。

――今後、〈百物語〉シリーズはどのように続いていくのでしょうか。毎回、出版社と挿絵画家を変えていくという構想があるそうですが?

単行本では、1巻ごとに本の〈顔〉を変えたいという、贅沢な望みを抱いています。様々な画風の画家さんやイラストレーターさんにご協力をお願いして、それぞれに個性的な「三島屋おちか」の物語を作っていけたら最高です。多様な媒体で活躍中の絵描きさんに、「いっぺん、宮部の『三島屋』を描いてみたい」と思っていただけるようになるまで、この変調百物語を育てたい――凄い野望です(笑)。

――第三話「暗獣」がiPad用のアプリになりました。初めてこの企画を聞いたとき、どうお思いになりましたか? また、実際に作られたものをご覧になっての感想をお聞かせください。

 私はアメリカでの電子書籍人気について、年明けぐらいまでまったく知りませんでした。「キンドル? 何それ? iPad? パソコンでしょ?」というくらいで、実は初めてiPadに触ったのも、今回の試作品を見たときです。
 今回制作していただいた「暗獣」のアプリは、小説を読むというより、南さんが描いてくださった豊富な挿絵を楽しむものです。この目で見て、触ってみて、「私も絵描きになりたかった」と羨ましくなったほど楽しく、立派にひとつの独立した作品であり、商品にもなっていると思いました。また、そうでなければ、自作をiPadに載せることは、私はまだ積極的になれなかったと思います。
 私はヘビーな書店ユーザーで、そばに本がないと生活できない活字中毒者です。率直に言って、現段階のハードウエアでは、まだまだ紙の本にはかなわないと思いますし、あの重たいiPadで、長編小説を1冊読み通す自信は、私にはありません。その点でも、今回は一話限定の配信ということが、私の心理的なハードルを低くしてくれました。
 とはいえ、iPad版「暗獣」を手にした方は、まず全ての挿絵を触って楽しんでからでないと、たぶん本文にまで注意がいかないでしょう(笑)。それぐらい、動く「三島屋」のキャラクターたちを魅力的に創っていただきました。
 このアプリで〈くろすけ〉たちと遊んでいただき、「じゃ、どんな物語なのかな?」と気になったら、書店さんに足を運んで、単行本の『あんじゅう』を見てやってください――とお願いしたいです。
 時代小説には、小説好きの方にも「慣れないとちょっと面倒くさいなあ」と思われてしまう、独特のルールや文章の調子があります。あまり小説を読まないという方には、なおさらでしょう。iPadのなかでころころしている〈くろすけ〉が、そんな未来の読者の皆様の目にとまったなら、これほど嬉しいことはありません。そして書店さんに来ていただければ、そこには〈くろすけ〉もいますし、正体をあらわにしてでろんとのびている〈お旱さん〉もいますが、それ以上にもっと魅力的な書籍の銀河が輝いています。
「本って、いいな」
 一人でも多くの方にそう思っていただけるように、アプリの〈くろすけ〉に頑張ってほしいです。

――紙の本と電子書籍は、今後どのように共存しあっていくと思いますか?

 電子書籍について、正直に申し上げて、私個人はまだまだ消極的かつ懐疑的です。この気分は物書きとしてよりも、もしろ本好きとしての気分です。
 ただ今日、日々大量に売り出される書籍のなかには、そもそも〈情報〉としての鮮度や密度が最大の商品であるものも、かなり存在しています。私はそうした書籍も(ほとんどが新書やムックですが)いっぱい買いますので、経済状況の分析とか、折々に改正される法律についての解説書とか、新発見があればすぐに訂正・補強される学説などを「速く、正確に、わかりやすく」知るためのツールとしてならば、電子書籍の方がむしろ媒体として適切なのかもしれないと、このごろ思うようになりました。
 たとえば、サブプライム・ローン破綻が起こった当時、何がどうなっているのか好奇心にかられて、私はずいぶん新書やビジネス書を買いましたが、なにしろ事態が流動的でしたので、ひと月も経つと局面が変わってしまって、また次の解説書を探すということを繰り返していました。あんなときは、電子書籍があったら便利だったかなあと、最近は思います。
 それは同時に、現在の書店現場の店員さんたちの重労働を緩和し、改善するひとつの福音になる可能性もありそうだと思えます。〈作品〉として世界を内包するタイプの書籍と、〈情報〉を伝えるツールとしての書籍では、そもそも役割が違うのですから、形態も変わっていいのかもしれません。これが「どちらが上」という価値観の問題ではないことは、もちろん申し上げるまでもありません。どちらも大切で、出版界にとって等しく重要なものになることが理想と思います。
 但し、その可能性も、ハードウエアがもう少し進化してくれないと、なかなか見えてこないのではないでしょうか。かつて携帯電話や携帯ゲーム機の性能が飛躍的に進化するにつれて私たちの日常生活に溶け込んでいったように、電子書籍の今後の進路を決めるのも、ハードウエアの利便性と、適切な価格設定だと思います。今回の「暗獣」アプリのような、〈作品〉を紙の本とは違う形でパフォーマンスしてみせる展開も、使い勝手のいいハードウエアに恵まれてこそ、本領を発揮できるのではないでしょうか。
 それと電子書籍も「本」ですから、私はやっぱり書店さんに売ってもらい、書店さんから買いたい。そして、電子書籍という新市場が、きちんと書店さんに利益をもたらすスキームが構築されることを切望しています。

――書店で、あるいはiPadで『あんじゅう』に出会う読者に向けて、一言お願いいたします。

 何より、まずお楽しみください。「こわくて、かわいい」というコピーは、担当の編集さんがつけてくれたのですが、(私が言うのも何ですが)絶妙です。
 iPad版では、南伸坊ワールドに触って遊べます。単行本では、触って動くのはページだけですが、読者の皆様の心を動かせるようにと願いつつ、一生懸命書きました。何も先を急ぐ必要がないのが、文芸の世界の最大の長所です。どうか、ゆっくりのんびり、『三島屋変調百物語』の世界を味わっていただけますように。