Interview著者インタビュー

review:「サッカーボーイズ」シリーズの著者が描く、異色の「お仕事小説」――評者:北上次郎

 はらだみずきが「お仕事小説」を書くとは思わなかった。しかも、その仕事が紙の専門商社。だから、中身がややマニアックで、専門的である。
 本書の主人公神井航樹が勤める銀栄紙商事について、次のような記述があるのでまずはそれを引く。
「紙は製紙メーカーによって抄造されるが、その多くは代理店と呼ばれる特約商社が仕入れ、販売している。銀栄紙商事は、それら代理店のなかで中堅に位置していた」
 で、その仕事の中身が具体的描かれていくことになるが、これがすごい。専門用語が次々に飛び交うのである。たとえば冒頭近く、「キクヨコロクニイハン」という言葉が出てくる。なんだか呪文のようだ。新入社員の航樹はもちろんわからない。これは、菊判のヨコ目、62.5キログラムの略だ。この略語がわからないから、最初は次のように注文する。
「えーと、シリウスコートの、ナナハチハチのヒトマルキュウイチ、タテ目、連量は〈90〉、二十連なんですけど、こちらメーカー在庫あるでしょうか?」
 すると、
「わるいんだけどさ、ナナハチハチのヒトマルキュウイチ、タテ目、じゃなくて、四六タテって言ってくれる?」
 と言われてしまう。長ったらしく言っていたら仕事にならないと、注意されるわけだ。こうして神井航樹はひとつずつ仕事を覚えていく。彼が覚えなければならなのは、略語だけではない。彼は仕入れ担当なので、各部からの注文に応えなければならない。在庫をいつも切らさないように注意しなければならない。時には、駆け引きも必要だ。そのディテールが、そして成長の過程が克明に描かれていくので、どんどん引き込まれていく。
 編集という仕事に憧れて出版社の試験を受けるものの、ことごとくハネられ、仕方なく本に近いところにいたいという理由だけで紙の商社に勤めた神井青年の青春が、こうして描かれていく。
 時代は1980年代の後半である。村上春樹『ノルウェイの森』と俵万智『サラダ記念日』がベストセラーになり、国鉄が民営化されてJRになり、日本中がバブルに浮かれていた時代である。その後の就職氷河期に比べれば、景気のよかった時代であるから、恵まれていたとは言える。しかしそれでも、どんな時代でも、自分の希望する職種につける者は少ない。
 では、希望する職種から拒否された青年はどうしたらいいのか――いつの時代にもあるそういう問いへの答えが、ここにある。
 紙の商社から出版社へ、という神井の職歴は作者自身とある程度重なるが、本書にその自伝的要素がどこまで濃く反映されているのかはわからない。ただひとつ言えることは、いま目の前にあることに熱中していけば、その仕事をやめたとしても道は必ず開けるということだ。そういう意味でこれは、異色の「お仕事小説」だ。

[レビュアー] 北上次郎(文芸評論家)

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