一九九六年、横浜市内で塾の経営者が殺害された。
早々に被害者の元教え子が被疑者として捜査線上に浮かぶが、事件発生から二年経った今も、足取りはつかめていない。
殺人犯を匿う女、窓際に追いやられながら捜査を続ける刑事、そして、父親から虐待を受け、半地下で暮らす殺人犯から小さな窓越しに食糧をもらって生き延びる少年。それぞれに守りたいものが絡み合い、事態は思いもよらぬ展開を見せていく――。
1984年東京都生まれ。2012年『罪の余白』で第3回野性時代フロンティア文学賞を受賞しデビュー。同作が15年に映画化。18年『火のないところに煙は』が静岡書店大賞を受賞。吉川英治文学新人賞、山本周五郎賞、本屋大賞、直木賞など数々の文学賞にノミネートが続いている。著書に『許されようとは思いません』『カインは言わなかった』『汚れた手をそこで拭かない』『神の悪手』など。
デビュー作にはその作家のすべてが詰まっているといいますが、たしかに私が物語を書かずにいられない理由の核のようなものが詰まっている気がします。
書きたいことで頭がパンパンになっていて、技術とか関係なくがむしゃらに書いた作品で、拙さはあるものの、今ではもう書けない勢いがあるなと我ながら思います。
罰せられることのない、罪の「余白」のようなものを犯し反省することもない者に対して、どういう償いを求めることができるのか、という話です。
2015年に内野聖陽さん主演で映画化。自分が生み出した登場人物を役者さんたちが演じている姿を見られるというのは、本当に感動的な経験でした。
小説家になる前から、絶対にこれだけは書きたいと思っていた話です。
新人賞受賞の連絡をもらった直後、担当編集者との最初の打ち合わせの際に、「次はこういうものが書きたい」といきなりプレゼンし、デビュー作の刊行前に第一稿を書き上げて約一年間かけて改稿しました。
二人の女性の切実な願いの物語です。
今のところ、私の作品で一番たくさんの方にお読みいただいている作品で、本作で版元からの原稿依頼が一気に増えたことで、命綱が増えたような感覚がありました。
連作短編集を書くのは今作が初めてで、作品同士をリンクさせていくことでどんどんアイデアが湧いてくるのが楽しかったのを覚えています。
その中で現れてきたのは、ライフステージが変わることで一緒に形を変えていく「女の友情」というテーマ。否定的に捉えられがちなテーマですが、私は、たとえ期間限定でも脆くても、その時々でその子がいたからこそ踏ん張れたのならそれで充分じゃないかと思っています。
実は、「これが芦沢作品の中で一番好き」という声をかけてもらうことが最も多い作品だったりします。
少女はなぜ二度も誘拐されたのか――誘拐事件を軸にしながら、「夢に食い潰されること」への恐怖を描いた物語でもあります。ヘヴィな長篇ですが、私にとってすごく切実な作品になりました。
今でも覚えているのは、第一稿を書き上げたときに担当編集者から「心理描写を半分に減らしてください。それで話が成立しないのなら筋が足りないということです」と言われたこと。自分の書き癖や足りない部分を思い知らされました。800枚の第一稿が全ボツで、600枚の第2稿も全ボツ......と最終的に2000枚くらい書き直し、「今の自分では制御しきれない物語に手を伸ばすこと」を教えてもらった気がしています。
タイトルが誰のことなのか、読んだ後考えてみてもらえたら嬉しいです。
人が罪を犯してしまう瞬間を描いたミステリ短編集です。
私は、数十枚の中に物語世界がぎゅっと凝縮されている短編が大好きなのですが、連作短編集ならともかく独立した短編集は売れにくいと言われて、なかなか書く機会がありませんでした。何となく「最終的に連作短編集にすることになるのかな......」と思いながら、それでも一本目は繋がりなど気にしなくてもいいかと自由に書いた表題作が日本推理作家協会賞短編部門の候補になり、注目していただけたおかげで、その後も好きに書かせてもらうことができました。
張り切って5編それぞれで違う試みをし、当時自分がミステリ短編でやってみたいと思っていたことを詰め込みました。自作の中では最もミステリ度が高いかもしれません。
着想のきっかけは、ある遺影専門の写真家さんが「その人らしい写真を撮るためにカウンセリングをしている」とおっしゃっているのをドキュメンタリー番組で観たことでした。ここにミステリをかけ合わせたら面白いのではないかと考え、私なりのお仕事ミステリとして書いたものです。
ただ、当時の感覚や筆力で書いた作品で、今この形のまま文庫化することに抵抗があり、改稿してから......と思っているうちに時間が経ってしまっています。電子書籍化もこの作品だけしていないので、「なかなか手に入らない」「いつ文庫化するのか」とよくお問い合わせを受けており、申し訳ない限りです......改稿頑張ります!
新生児の取り違え事件を書いた長篇です。
彼女は、なぜ子どもを入れ替わってしまったことを言い出せず、4年間もその子を育て続けたのか。ある日突然、それまで育ててきた子を手放す決断を迫られたもう一人の母親はどんな決断をし、その先に何を見るのか。
母親たちを追い詰め、分断するものについて考えたくて書きました。
言い出せない理由が変化していく様、そして「あなたなんて、母親じゃない」という悲痛な叫びの響きが変わる瞬間を見守っていただけたら嬉しいです。
ある舞台の周辺で起きた出来事、様々な人たちの「謎」を描いた連作短編集です。
息子の嘘、好きな人の不自然な行動、公演直前に届いた脅迫状、パワハラ上司との対決など、とにかくいろんなことが起こります。
実は短編執筆時には「同じ日に同じ街で起こる出来事」という縛りしか考えていなかったのですが、単行本にする際に書き下ろしで序幕、幕間、終幕を書いたら、彼らが全編に絡んできて思いもよらない話になりました。
単行本刊行時にカバー裏にあった後日談的な掌編は、文庫では「カーテン・コール」として収録されています。
読後感は悪くないので、重い話や暗い話が苦手な方にも安心してお読みいただけるはず。
神楽坂を舞台にした実話怪談風ミステリで、「芦沢央」の元に舞い込んできた数々の怪異について書いています。
実在のツイートが作中に登場したり、本作の書評を書いた登場人物の著者ページが新潮社のサイトにあったりするので、「これ、どこまで本当の話なの......?」とたくさんの方に訊かれました。さて、どこまで本当でしょうか。
編集者、印刷所の方、書店員さんに「この本に関わりたくない!」と言われた一冊で、著者冥利に尽きるなあ、とニコニコしていたら、読者の方から様々な目撃談が寄せられてゾッとしました。これは......いつか続編を書かなければならないんだろうか......
狂おしいほど認められたくて、もはやかなり狂っているんじゃないかという人が何人も出てきます。それでも狂えないことに劣等感を抱いている人も。
本作を書くのは本当にしんどくて、書き上がってからもしばらくはこの世界から抜け出せませんでした。今も抜け出せているのかわかりません。
才能とは何か、表現のために誰かを何かを踏みにじることの是非について、何度も自分に問いかけながら書きました。刊行後、読み返すのが怖くてまったく読まずにいたのですが、文庫化のために読んだら、3年前の自分が必死に何かを手繰り寄せようとしているのを感じて、また怖くなりました。
書いた頃も今も、私にとって特別な一冊です。
ホームズと出会ってしまったワトソンが、ホームズを盲信するようになっていく一年間を描いた連作短編集です。
小学校が舞台なので、ほんわかした謎もありますが、書いているうちに自分たちで生きる場所を選べない子どもの切実な声が浮かんできて、自分でも予想していなかったラストへと繋がっていきました。
帯に「あなたは後悔するかもしれない。第一話で読むのをやめればよかった、と」というコピーがありますが、まずは2話目まで読んでみてもらえたら、そして願わくば、少女を助けたいと願った少年たちの危うくて切実な行動を見届けていただけたら幸いです。
登場するのは、宝くじの高額当選者、仕事のミスを誤魔化そうとする男、隣人の死に責任を感じる人、映画を撮り終えた直後に主演俳優の薬物使用を知った監督、元恋人からの脅迫を受ける女。様々な日常が崩れていく話が詰まったミステリ短編集です。
イヤミスと言われれば否定はできないのですが、私としては嫌な話を書いてやろうと思ったわけではなく、自分自身が怖いものを見つめていったらこんな話になりました。
自分を肯定したい、怒られたくない、損をしたくない、過去の呪縛から解き放たれたい――描かれるのはそうした欲望が引き起こす、どれも個人的な出来事です。ちなみに、裏テーマは「お金」です。
将棋に関心を持ったのは、26歳の年齢制限までに四段に昇段できなければプロになる道が断たれる「奨励会」という場所に恐怖を覚えたからでした。
夢に追われること、誰かと繋がること、一生を懸けても手が届かないものにそれでも手を伸ばし続けること――将棋に触れていく中で浮かび上がってきたアイデアを、思うままに書かせてもらったミステリ短編集です(実は〆切を設定されていないのに勝手に書いたのは、デビュー以来初めてかもしれません)。
本書がきっかけで、名人戦や竜王戦の観戦記を担当させてもらえて、ますます書きたいことが出てきたので、いつか長編でも挑戦したいと思っています。
日々倫理観がアップデートされ、数年前には「そういうもの」とされてきたことが断罪されるようになっている中で、長い時間残る本を発表することに恐怖を覚えるようになってきました。誰に断罪されることがなくとも、自分自身がかつて自分が書いた物語を許せなくなる日が来るかもしれない。10周年記念作品となる本作は、今私がどうしても書かずにいられなかった物語になりました。
1998年が舞台の物語で、お笑いや煙草、いじめや虐待などの描写で、今読むと違和感を覚える箇所がいくつかあると思います。そうした違和感を積み上げることが、この作品には必要だと考えて書きました。違和感の先にあるものについて、私自身考え続けていきたいと思います。
職人の手によって絵付けされ、温もりのある愛らしいデザインが人気のポーリッシュポタリー(ポーランド食器)。伝統的な柄とフォルムのマグカップを。
芦沢央さんがかつて学んだ千葉大学より、大学のオリジナルコーヒーをプレゼント。大学と友好関係にあるパナマ、そしてメキシコとタイのコーヒーをセットで。
リカバリーウェアのVENEXが独自開発した特殊素材によるアイマスク。仕事や勉強などによる目の疲れに、質の高い休養とリラックスを。読書好きの方にもおすすめです
複数の色を織り交ぜ、その時々の気分に合わせたしるしが残せる朱肉「わたしのいろ」。季節と共に変わりゆくさまざまな色をテーマにした「きせつのうつろい」シリーズのなかから、鮮やかに燃ゆる秋の情景をイメージした「いろづき」を。
芦沢さんがこれまでの作品で書き下ろしてきたオリジナルキャラクターの「ようちゃん」。 環境に配慮した「紙製ファイル」にデザインした、本企画限定のファイルです
残念ながら当選がかなわなかった方にも、抽選で60名様に限定「ようちゃん」ポストカードをプレゼントいたします!
『夜の道標』のオビについている応募券を書籍に同封の読書カードに貼り、ご希望の表品番号と必要事項をご記入のうえ、お送りください。
〒100-8152
東京都千代田区大手町1-7-1 読売新聞ビル19階 中央公論新社
「『夜の道標』愛読者係」宛
※応募券1枚ごとに1口となります。
※当選者の発表は2022年10月中旬以降、賞品の発送をもってかえさせていただきます。
『夜の道標』が、第76回日本推理作家協会賞の「長編および連作短編集部門」を受賞しました。
日本推理作家協会賞は、日本推理作家協会により、「その年に発表された推理小説の中で最も優れていたもの」に与えられる文学賞です。
日本推理作家協会ウェブサイト
http://www.mystery.or.jp/
8月10日から9月30日までの期間中、Twitterでハッシュタグ「#夜の道標」を付けて感想をつぶやいてくださった方の中から抽選で50名様に、著者描き下ろし『よーちゃん「夜の道標」』缶バッジをプレゼントいたします。皆様のご応募を心よりお待ちしております!
バラバラに思えた点と点がつながった時、
涙があふれて止まりませんでした。
このミステリーは凶器にもなり、
これからの人生の道標にもある。
自分にとって読むべき今読めてよかったと心から思いました。
終盤、胸に押し寄せてきた感情の波をどう表現したらいいのか。切ないなんて安っぽい言葉では言い表したくない。
そう思えるほど深く心に刺さる作品でした。
果たしてこの物語に正解はあったのか、ずっと気になってしまいます。非常に重い物語ですが、読み応えのある作品です。
今年読んだ中でダントツに心に残りました!多くの人に読んでもらいたい!!!
こういう小説が読みたかったのだと思う。
世の中に取り残されてしまった人達。この小説はそんな人達の味方になってくれる。
10周年記念に相応しい傑作!心に波紋が広がり、ずっと鳴り響いていくミステリー。
まっとうな人生のレールからこぼれ落ちた人びとが交錯し、その行く着く先は暗く深い夜だった。
何かにすがりたくなる心の隙間に、心の隙間に、すっと入り込んでくるような小説だ。