



ギリシア・ローマ美術は後世、美の「古典」とされ、時代と地域を超えて憧憬の的となった。けれど作られた当時、それらは美しいだけでなく、篤い崇敬を集める信仰の対象であり、神話と歴史の語り部であり、計算された政治メディアでもあった。神に捧げる完璧な肉体の表現を極めたギリシア美術、多様な人々に向け幾重もの意味を担ったヘレニズム美術、皇帝顕彰の彫刻が帝国各地で作られたローマ美術......西洋美術の歴史がここに始まる。
西洋文明にとっての古代ギリシア/エーゲ海文明(前三二〇〇〜前一一〇〇年頃)/ミノス文明(前三二〇〇〜前一一〇〇年頃)/ミュケナイ文明(前一六〇〇〜前一一〇〇年頃)/「暗黒時代」(前一一〇〇〜前八〇〇年頃)/神話と青銅器時代の記憶
❖コラム ギリシア神殿の起源をめぐって
歴史時代の始まりと考古資料/原幾何学様式時代(前一〇五〇〜前九〇〇年頃)/幾何学様式時代(前九〇〇〜前七〇〇年頃)/東方化様式時代(前七〇〇〜前六〇〇年頃)/アルカイック時代(前六〇〇年頃〜前四八〇年)
古い神像の聖性/いにしえの木彫神像――クソアノン/ブロンズ打ち出し像――スフュレラトン/ダイダロス様式の石彫像
古代の伝承/葬礼用陶器――葬礼場面と戦闘場面/死者を宥めるための絵画/神話表現の始まり/プロトアッティカ式陶器――《エレウシスのアンフォラ》/プロトコリントス式陶器――《キージの壺》
前七世紀の神殿装飾/神殿のメトープ/ペディメント彫刻/フリーズ彫刻/工芸品に見る神話のアンソロジー
エジプトとの接触/男性裸体表現の発達/大きな動きへ――ブロンズ像とペディメント彫刻/絵画における人体表現
❖コラム ギリシア陶器の研究
僭主政と民主政の美術/二組の《僭主殺害者像》/マラトンの戦いと《カリマコス奉納のニケ》/フェイディアスの《ミルティアデス群像》と《アテナ・プロマコス》/パルテノンと《アテナ・パルテノス》
祭祀と神域/オリュンピアの神域/エレウシスの密儀/アスクレピオス信仰
クラシック初期の課題/ポリュクレイトス作《槍を持つ人》と彫刻の新しい課題/感情表現――母子の情/女性像の追求――衣文の美と裸体の美/カノンの革新――リュシッポス
ギリシアにおける私的美術/オリュントス/宴会(シュンポシオン)/女性の領域/葬儀/浮彫つきの墓碑
ギリシアの西方と東方/エトルリア/マグナ・グラエキア/ローマ/リュキア地方/カリア地方
❖コラム ブロンズ像の制作マケドニア王国/リュシッポス《アレクサンドロス大王の肖像》/マケドニア墓とギリシア絵画/首都ペラ
大王の死後肖像/アレクサンドロス大王の神格化/ヘレニズム諸王の肖像/ヘレニズム時代の新都市
アッタロス朝ペルガモン/「ペルガモン様式」とは/二つのガラティア人群像/ペルガモンの大祭壇/アッタロス朝の王宮とモザイク
ヘレニズム君主と国際的な大神域/サモトラケ島の密儀/劇場のような神域/現代に伝わる礼拝像
❖コラム ヘルモゲネス――建築の理論化とその共有
多様な身体の追求/官能性の追求/コレクションの形成と時代様式の選択/多様なまなざし――国際商業都市デロス
❖コラム 芸術家の署名ローマの戦勝と凱旋画/ローマのギリシア人彫刻家/美術品の収集と輸入/スペルロンガの彫像群と《ラオコーン群像》
「先祖の肖像」の伝統と新しい肖像形式/初代皇帝アウグストゥス/皇帝肖像と「時代の顔」/女性の肖像
共和政時代の都市ローマ/アウグストゥス広場/カンプス・マルティウスの開発/アウグストゥス礼賛――日時計と平和の祭壇
ローマ人と見世物(スペクタクルム)/キルクス(戦車競技場)/ローマ劇場/コロッセウム/凱旋行進と記念門
ローマ人の住居(ドムス)/ポンペイの壁画の四様式/新しいジャンル――風景画と静物画/神話画の見方/画家と注文主
❖コラム 彫刻のコピー作品ローマ、トラヤヌス記念柱/ローマ、マルクス・アウレリウス記念柱/小アジアのエフェソス/北アフリカのレプティス・マグナ
皇帝の娯楽/ティヴォリ、ハドリアヌスの別荘/公共浴場を飾る美術/カラカラ浴場/属州の暮らし
ローマの葬礼/墓の造営/石棺浮彫/ローマ人の死生観とオリエント宗教
軍人皇帝時代(後二三五〜二八四年)/《テトラルキア像》/テッサロニキのガレリウス記念門/コンスタンティヌス大帝とローマ/コンスタンティノープル
キリスト教化と異教の廃止/神殿の利用/美術品としての異教の神像/異教美術の制作
「ヘレニズム」の定義/東方における「ヘレニズム」の時代概念とその地理的範囲/「樹」あるいは複数の「線分」から「網」へ――「シルクロード」と西域の概念から東西南北のクロスローズからなるインターネットへ/ギリシア美術の特徴――西の伝播力の理由/東の吸引力――選択的・意図的摂取/アレクサンドロス大王という夢と情念
ギリシア愛好のイラン系遊牧民族――アルサケス朝パルティアの美術概観/ニサ――グレコ・イラン様式の宮廷美術/ハトラ遺跡/パルミラ/コンマゲーネ王国/メルヴ遺跡
バクトリア地方とグレコ・バクトリア朝/アイ・ハヌム/タフティ・サンギーン――オクサス神殿の遺宝/カンピール・テパ/カンピール・テパ出土の《接吻男女像》
インド・グリーク朝――インドへの伸張 円形小皿におけるギリシア神話図像――「在家・ギリシア系の仏教徒」のための美術という視座から見る「権現」としてのギリシアの神々/ティリヤ・テパ/最初の仏のイメージとしてのヘラクレス――ティリヤ・テパ出土の私鋳金貨
クシャン朝 ハルチャヤン/ベグラムと「ベグラム遺宝」
ガンダーラ地方とギリシア美術/ガンダーラ美術の特徴/ガンダーラでの仏像製作/ガンダーラ美術におけるギリシア・ローマ図像――特に仏像創造以後/ヘラクレス/ハリティーとパーンチカ/アトラス/海獣スキュラの変容と東漸/海獣ケトス/仏教美術における西方の装飾文様――交差する帯紐やコリントス式柱頭など/ギリシア・ローマ図像東漸の源流、経路、媒体/出家踰城図におけるテュケ――釈尊の「運命の劇的な転換」を司るヘレニズムの「強大な神」/「トロイアの木馬図・出家踰城図」
シルク、そして/東トルキスタン(新疆ウイグル自治区)/中原――北周李賢夫妻墓出土《銀製鎏金把手付水瓶》
一つの結論
装丁・桂川潤
西欧初期中世の美術は、地中海世界の伝統とケルト、ゲルマン、オリエントの躍動的な出会いだった。具象と抽象が織りなす独創的なキリスト教美術が誕生し、古代ローマの遺産は新たな王国に正統性を与えた。一方、千年にわたるビザンティン美術は、イコン破壊令という試練を経て、神の表現を極め、壮麗な聖堂や繊細なモザイク、写本装飾に結晶させた。精緻な構想による聖堂壁画は幾重もの意味を担い、ビザンティン人の精神を今に伝える。
ユダヤ教とキリスト教/共同体の成立からイメージの共有へ/死者を弔う墓の美術/都市生活に息づく信仰の形/肖像なのか、聖像なのか?
◆コラム ドゥーラ・エウロポス遺跡の宗教美術キリスト像の図像的源泉/多神教世界のなかで/神々のイメージの変容/教養としての異教/試される私たちの視線
バシリカ式プランの発展/集中式プランに見る象徴性/聖書物語の発展
◆コラム ヴァティカンの旧サン・ピエトロ大聖堂
ゴートとローマ文化の邂逅/ゲルマン世界とキリスト教/東方世界の美術の流入
新世代を象徴する装身具/フランク王キルデリクの墓/ゴート人の鷲形ブローチ
東ゴートとテオドリック王/西ゴートの教会堂は語る/アストゥリアス王国の都オビエド
◆コラム 初期イスラーム美術
うごめく動物たちの装飾/アイルランドとブリテン諸島のキリスト教/ケルト美術のリヴァイヴァル/聖なる言葉と写本装飾
イタリア半島の北から南へ/ランゴバルドの華麗なる宮廷/北方異民族の「民族創生」と彼らの美術
◆コラム ヴァイキングの美術「ローマの平和」から「キリスト教による平和」へ/リサイクルされる古代建築/巡礼者のローマへのまなざし/教皇権の拡大とカール大帝の誕生/九世紀のローマ美術/サンタ・プラッセーデ聖堂の装飾事業
◆コラム ローマのサンタ・マリア・アンティクア聖堂カロリング・ルネサンス/新しきローマ、アーヘンの宮廷/帝国理念を象徴する宮廷礼拝堂/聖遺物とともに伝播する聖堂建築/写本芸術の百花繚乱/象牙浮彫と金属工芸
アーヘン宮廷礼拝堂のその後/大司教ベルンヴァルトのヒルデスハイムの工房/オットー朝の写本挿絵/美術の可能性にせまる試み
◆コラム カロリング朝美術とイスラームヨーロッパとビザンティン/「老いることなき知性の建築群」/「一〇〇〇年間変化がなかった」のか?/世紀末における意味
◆コラム イスタンブールの聖堂首都と辺境/古代由来の自然主義と神をあらわすための二次元性/ビザンティンの終末論/ビザンティンの不遇/ビザンティン美術概説
◆コラム 聖ソフィア大聖堂受難の予告とマリアの哀しみ/カッパドキアの分割された「神殿奉献」/シナイ山の「キコティッサの聖母」/繰り返される受難の予告
カストリアの「栄光の王」/「受難」と「受肉」/ルネサンスへ描き継がれて3 聖母の嘆き
「悲嘆」の誕生/号泣するマリア/わが子を喪う哀しみ
信仰生活の中心/二度にわたったイコノクラスム
礼拝と崇敬/描かれるのは「生けるキリスト」/ロシア人の「憂愁」
◆コラム シナイ山のイコン
巻子本から冊子本へ/異時同図法の画面/予型論の表現
イメージの連鎖/古代に学んだ擬人像表現/『ヨシュア画巻』と皇帝賛美
修道士のための衒学的挿絵/響き合うテキストと挿絵
◆コラム シリアの床モザイク――日本で見られるビザンティン美術
総主教ゲルマノスの聖堂象徴論/バシリカ式聖堂の装飾方法/予型論的思考
◆コラム テサロニキの聖堂――初期の聖堂
ビザンティン聖堂の特異性/ドーム/鼓胴部/ペンデンティヴ/スクィンチ/アプシス/アプシス下部/東壁/東腕天井/南北の副祭室/聖堂の高い壁面/トカル・キリセ旧聖堂/パナギア・ペリブレプトス聖堂/西壁/キリストのさまざまな顔/聖母マリア伝
◆コラム テサロニキの聖堂――中期・後期の聖堂
「生きとし生けるものの住処」/コーラ修道院の来歴/レトリックの含意
わが子の死を知らされるマリア/結婚から受胎告知へ
母の表情の意味/「幼児虐殺」サイクル/繰り返される母の哀しみ
治癒祈願の間/墓所礼拝堂/重なり合う三祭司とマギ/「冥府降下」に込められた祈り/大天使ミカエルに導かれる子供/嘆きと慰め
◆コラム クレタ派のイコン――日本で見られるビザンティン美術
装丁・桂川潤
経済や政治が安定した一一世紀以降、キリスト教共同体として「一体的なヨーロッパ」が意識されると、宗教儀礼や特有のシンボルが確立し、その実践の場である建築や美術が重要な役割を担う。聖堂に刻まれた彫刻、荘厳なステンドグラス、儀式や祈りに用いられた写本の数々――それは信仰とともにあり、世界を知るためのものであった。中世においてもっとも活発に芸術が生み出されたロマネスク・ゴシック期、人々には何が見えていたか。
中世の始まりと終わり/「長い中世」という考え方
「ロマネスク」の意味するもの/縮むロマネスク/ブヴァールとペキュシェによるロマネスク観/中世美術史家ザウアーレンダーによるロマネスク観/ロマネスクをどう線引きするか/ゴシックの形成とロマネスク
中世における多様な時間性/中世美術が語る大きな物語/歴史全体を展望する手法――タイポロジーという世界の見方
タイポロジーと美術/『ビーブル・モラリゼ』/エヴァの創造とキリスト教会(エクレシア)の誕生
美術における物語叙述/サン・サヴァン修道院聖堂の天井画
「聖母被昇天」という主題/ある修道女の幻視体験/聖母の肉体への関心
美術と「アナクロニズム」/素材のリサイクル/一二世紀のローマにおける聖堂建築と古代の廃墟/ローマのイコン行列と都市空間/過去の作品を加工する
❖コラム ステンドグラスを読む
ヴィラール・ド・オヌクールのライオン/中世の美術は何のために作られたのか/中世美術は「文字の読めない人々のための聖書」か?/「芸術作品」としての理解/美術が置かれる場所とまなざし/中世の「視覚性」について考える
救済の歴史とまなざしの歴史/「ユダヤ教徒」のまなざし/ユダヤ教徒のヘルマンが教会で見た「怪物のような偶像」
自然・過去・宗教/母語の発見とシュトゥルム・ウント・ドラング/コペンハーゲン――
蝋に印章を押すという比喩/ヴェロニカへの祈り/ゲルトルーディス・マグナの神秘体験
❖コラム 「見えないもの」を見る者
聖務日課と聖餐式/祭壇の両義性/天上と地上の教会の一致/「物質的なるものを非物質的なるものと」
聖堂空間の分節と方向性/中世聖堂の展示プログラム/ブリネー聖堂内陣の壁画と典礼/シャルトル大聖堂の主祭壇とステンドグラス/ストラスブール大聖堂の南袖廊
典礼と個人的祈りのあいだ/典礼と幻視体験――「聖グレゴリウスのミサ」
キリストの身体というメディア/愛の傷口/ジョヴァンニ・モレッリによるイメージと言葉を通じた祈り/『ラットレル詩編』の世界
メモリア/キリストの墓への巡礼と美術/都市共同体における聖人の墓
❖コラム 祈りのための書物
中世美術の物質性/イメージを通じた神の礼拝というパラドックス/イメージに宿る聖なる存在/可動式の彫刻/聖なる存在の「不在」を表現する美術
聖遺物と墓/パリ、サント・シャペルとその観衆/聖遺物容器と身体の部分
物質と装飾文様――ブロンズと森/「悲しみの人」の身体と真珠/聖遺物容器と天上のエルサレム/物質性によるタイポロジー
❖コラム 中世の聖堂を訪ねる
終末と終末のはざまで/一九世紀の「紀元千年」という幻想/死のオブセッション
終末的ヴィジョン/黙示録のヴィジョン――モワサック、サン・ピエール聖堂/最後の審判のヴィジョン――オータン、サン・ラザール大聖堂ティンパヌム/ボーリュー、サン・ピエール聖堂/コンク、サント・フォワ大修道院付属聖堂
審判はいつ訪れるのか/生と死の揺らぎ/現世への執着/生と死の間
❖コラム 死生観を問うことについて
ベアトゥス黙示録写本の陰府/『ウィンチェスター詩編』と広汎な流通のネットワーク/中間地帯の存在/アブラハムの懐と陰府と火/死者のための祈りの有効性/煉獄の入り口とクリュニー会
写本挿絵にみる煉獄
死者のための祈り/南イタリアの情勢/死者のための聖務日課/ヨブという教訓/『ロアンの大時祷書』/死から埋葬まで/善生善死をめぐって――エドワード証聖王の場合/ルイ九世の場合
往生術/『往生術』の歴史的位置づけ(前期)/『往生術』の歴史的位置づけ(後期)
❖コラム 終末論的歴史観とフィオーレのヨアキム
「創世記」に見る身体と霊魂の位置づけ/古代の霊魂観/キリスト教美術における霊魂の表現/ビンゲンのヒルデガルトに見る身体と霊魂
キリスト像の変化/受肉の問題/ビザンティンの相似性理論と聖像破壊運動/西方ヨーロッパの画像をめぐる議論/大グレゴリウスの権威/十字架からキリスト磔刑像へ/祭壇と礼拝像/礼拝像としてのキリスト像――ヴォルト・サント・タイプと磔刑像/死せるキリスト像の展開――触知的存在としてのキリスト/「悲しみの人」「アルマ・クリスティ」
墓碑の変遷/メロヴィング朝ダゴベルト一世の壁龕墓碑/枢機卿ラグランジュの壁龕墓碑/腐敗と罪の肉体/腐敗から再生へ――霊的な体
❖コラム 雅歌解釈と聖母マリア信仰
古代における死後世界旅行記/黙示文学の系譜としての死後世界旅行記/初期中世の死後世界旅行記――トゥールのグレゴリウス『フランク史』/教皇大グレゴリウス『対話編』/ベーダ『英国民教会史』/中世の死後世界旅行記の特徴
火・硫黄・氷・川・橋/トゥヌクダルスの幻視/ルシフェル/聖パトリキウスの煉獄
ヤコブの梯子からペルペトゥアの梯子へ/教父たちの修道の梯子/西方修道院の完徳の梯子/宇宙論的な展開――古典古代の受容/中世の天文学/キリスト教的宇宙観
❖コラム 占星術的人体
装丁・桂川潤
装丁・桂川潤
イタリア各地でルネサンス期の芸術文化が華々しく展開した頃、アルプスの北側でも、それに勝るとも劣らない偉大な美術が実を結んでいた。ヤン・ファン・エイク、ボス、デューラー、ブリューゲルをはじめとする画家たちが、きわめて個性的な作品を生み出したのである。その背景には、画材や技法の驚異的な進歩や、美術市場の誕生などの社会的要因があった。独自な着想と南北の影響関係があいまって、精緻かつ大胆な世界が展開する。
装丁・桂川潤
カラヴァッジョの苛烈な写実主義はカトリックの宗教的熱情の昂揚と相まって劇的なバロック美術へ道を拓いた。フランスでは独自の古典主義の下で豪華絢爛なヴェルサイユ宮が造られ、続いて優美なロココ美術が展開する。オランダでは市民層が好んだ風景画や肖像画、静物画など新ジャンルが流行し、レンブラントやフェルメールらが活躍。一方、スペインでは宮廷画家ベラスケスが筆を揮い、一七世紀に絵画の黄金時代を迎えるのであった。
装丁・桂川潤
近代市民社会が成立した一九世紀、美術の世界も激変する。
古代の理想美を絶対とする伝統的価値観から、美の基準は「今ここ」にあるとする近代的価値観へ。
新しさ、独創性を追求し続ける美の革命が始まる。ダヴィッド、アングル、ドラクロワ、クールベ、マネ、モネ、セザンヌと連なるフランス絵画をはじめ、スペインのゴヤ、ドイツのフリードリヒやナザレ派、イギリスの風景画やラファエル前派など、多彩な芸術が同時多発的に出現する。
《皇帝ナポレオン一世と皇妃ジョゼフィーヌの戴冠式》/古代愛好と新しい歴史画/革命と新古典主義/革命と美術制度
大英帝国とアメリカ合衆国の独立/イタリアからイギリスへ/産業と芸術、そしてロマン主義の萌芽/自国の歴史と文化へのまなざし/新しい共和国と新古典主義
ナポレオン軍と戦争画家グロ/皇帝のための芸術/新古典主義のヴァリエーション/黒い肌の表象/アングルとプリミティヴィズム
コンスタブルと自然賛美/ターナーと崇高のドラマ/社会と美術制度/ヴィクトリア朝初期の風俗画
ロマン主義の勃興/王政復古と美術アカデミーの強化/メデューズ号の難破/ジェリコーからドラクロワへ/アングルとアカデミー/「芸術家」
ロマン主義の勝利、あるいは芸術の大衆化/ヴェルネとドラロッシュ/アングルの弟子たち/コローとバルビゾン派/異邦への憧れ/広がるイメージ/憂愁の世紀
アメリカ最初の画派の誕生/マニフェスト・デスティニーの時代
❖コラム 『古きフランスのピトレスクでロマンティックな旅』
イタリアの新古典主義絵画/新古典主義の彫刻
ゴヤ前夜/宮廷画家ゴヤ/スペイン独立戦争/聾者の家と「黒い絵」
ヴィンケルマン『ギリシア芸術模倣論』/美術アカデミーと古典主義/ドイチュ・レーマー/ゴットリープ・シック/クリストファ・ヴィルヘルム・エガスベア/古典主義の風景――ラインハルトとコッホ/東欧、ロシアにおける古典主義の広がり
自然・過去・宗教/母語の発見とシュトゥルム・ウント・ドラング/コペンハーゲン――イェンス・ユエル/カスパー・ダーヴィト・フリードリヒ/フィリップ・オットー・ルンゲ/すべては風景へと向かう/一日の四つの時
空想の理想社会/「友愛」の記念碑――イタリアとゲルマニア/普遍への志向――「エジプトのヨセフ」とルドルフ・フォン・ハプスブルク/ナザレ派の残像
一八二〇年代のローマ――南国の自然と油彩スケッチ/中期以降のフリードリヒ/デュッセルドルフ派の風景画/物語の場としての風景
ビーダーマイヤー/ウィーン/ミュンヘン/ベルリン/デンマークの黄金期/一九世紀前半のロシア
❖コラム トーネットの椅子
市民革命と内戦/第二共和政の美術政策/レアリスム絵画とボードレール/クールベと地方ブルジョワ/ミレーの農民とドーミエの都市労働者
ナポレオン三世と近代都市パリの成立/美術アカデミーvs.美術行政/一八六三年の「落選者のサロン」とその背景/アカデミズム絵画の変質/第二帝政期のレアリスム絵画
「現代生活の画家」マネ/《草上の昼食》と《オランピア》/「落選者のサロン」と一八六三年の世代/ポスト・レアリスムの画家たち/一八六〇年代の前衛美術とコスモポリタニズム
一八五一年のロンドン万博と水晶宮/デザインと装飾の刷新へ/一八五五年のパリ万博と美術展の成功/一八六二年のロンドン万博と日本の影響/一八六七年のパリ万博とジャポニスムの流行
ヴィクトリア朝と美術/ラファエル前派の誕生と宗教主題/ラファエル前派と世俗主題/ヴィクトリア朝中期の風俗画と写真
ドイツの美術アカデミーと歴史画/アドルフ・メンツェル/クールベの影響とライブル派/イデアリスムの方へ
ベルギー、オランダ、北欧/東欧とロシア/イタリアとスペイン/アメリカ
❖コラム 写真と絵画の交錯
普仏戦争とパリ・コミューン/第三共和政と美術/アカデミズムの残存と変質/自然主義絵画の隆盛/マネの後期
印象派をめぐる美術状況/「印象派」の展覧会/印象派の美学と技法/近代都市市民の芸術/印象派の画家たち/モネと風景画/ピサロとシスレー/ルノワールと女性像/ドガと都市風俗/バジールとカイユボット/印象派の女性画家
「ポスト印象派」の範囲/科学と古典、情念と表現、象徴と総合/スーラと新印象派/印象展以後の印象派/セザンヌと構築的絵画/ファン・ゴッホの表現/ゴーガンと総合主義/象徴主義――モローとルドン
ラファエル前派から唯美主義へ/モリスとアーツ・アンド・クラフツ/後期ホイッスラーと唯美主義/ロイヤル・アカデミー/世紀末に向かって
後期ライブルと自然主義/ベルリンの美術界と分離派/印象主義とリーバーマン/表現主義的な傾向/象徴主義に向かって
エッフェル塔と展示館/自然主義絵画の広がり/北欧/ベルギーとオランダ/ロシア/アメリカ
ベル・エポックとアール・ヌーヴォー/トゥールーズ=ロートレック/世紀末の象徴主義――薔薇十字展とナビ派/オーギュスト・ロダン/フランス以外のアール・ヌーヴォー/象徴主義と分離派/一九〇〇年のパリ万国博覧会
❖コラム 鉄道をめぐる絵画
装丁・桂川潤
フォーヴィスムとキュビスムという美術革命で幕を開けた二〇世紀は、抽象芸術の登場でその変革を加速させた。新しい表現は伝統的な美術の有り様を突き崩し、美術とそうでないものとの境界線は意識的に解体されていく。日常や社会における美術の意味と価値が問い直されるなか、新たなメディアや手法、概念を用いた試みは更新され続けた。二〇世紀美術は何を表現しようと革新を繰り返したのか。今・ここへとつながる多様な挑戦に迫る。
装丁・桂川潤