1500冊を超える膨大な新刊の頂点に立つのはこの本だ!

 中央公論新社が主催する「新書大賞」は、1年間に刊行されたすべての新書から、その年「最高の一冊」を選ぶ賞です。
 今回で第12回を数える同賞は、第1回に福岡伸一著 『生物と無生物のあいだ』、第2回は堤未果著『ルポ 貧困大国アメリカ』、第3回は内田樹著『日本辺境論』を大賞に選出し、出版界に大きな反響を呼びました。
 今回の「新書大賞2019」では、2017年12月~2018年11月に刊行された1600点以上の新書を対象に、有識者、書店員、各社新書編集部、新聞記者など新書に造詣の深い方々111人に投票していただいた結果、吉田裕著『日本軍兵士』(中公新書)が 大賞に輝きました。
20位までのランキングと講評など詳細は、2019年2月8日発売の『中央公論』3月号に掲載されています。

【吉田裕さんの記念講座を4月4日に開催いたします】
「新書大賞2019」で大賞を受賞した吉田裕さんの受賞記念講座を、「大手町アカデミア」の教養講座として開催いたします。

日時: 2019年4月4日(木) 19時~20時20分 (開場18時30分)
場所:読売新聞ビル3階新聞教室(東京都千代田区大手町1-7-1)
受講料:2160円(税込み)
定員:100名(定員に達し次第締め切ります)

詳細は「peatix」でご確認ください。
https://peatix.com/event/603085

新書大賞2019 大賞受賞者インタビュー

時代を切り取る辣腕の3人 あの話題作が誕生した舞台裏、明かします

吉田裕 よしだゆたか

1954年埼玉県生まれ。東京教育大学文学部卒業、一橋大学大学院社会学研究科博士課程単位取得退学。一橋大学教授等を経て、現在は一橋大学大学院特任教授。専攻は日本近現代政治史。主な著書に『昭和天皇の終戦史』『日本人の戦争観』『アジア・太平洋戦争』などがある。


──大賞受賞おめでとうございます。

 思いのほか多くの読者に読んでもらうことができ、また評価もしていただいたことを嬉しく思っています。

 本書の「あとがき」にも書きましたが、この本は、若い世代に届く言葉で書くことを強く意識して執筆しました。軍事用語は説明を加えてわかりやすく噛みくだき、論文調の硬く長い文体は、柔らかく短めにしました。長年、軍事史研究をしているので、本の構想は十分にありましたが、苦労したのは、読みやすい文体で書くこと。編集者の支えもあってここまでできたと、感謝しています。

──本書には、日中戦争からアジア・太平洋戦争までの、日本軍兵士が置かれた悲惨な戦場の様子が描かれています。兵士が悩まされた虫歯や水虫、背負う装備の負担量など身体をめぐる諸問題が記述され、戦場の実態が強くイメージされました。

 歴史という社会科学を研究する上で、全体を把握するために数字でマクロな視点を持つことは当然必要ですが、私は戦争の歴史を記述するときに、兵士という人間ひとりひとりの体験や、悲惨な思いを外すことはできないと思っています。

 日本の戦後の歴史研究は、第一世代が戦争の当事者でもあったため、平和意識の強さから、軍事史研究が忌避されてきました。そして戦後生まれの私たちの世代が、空白となっていた軍事史研究を始め、一九九〇年代から社会史、民衆史的なアプローチが盛んになっていきます。

 しかし、開戦の経緯や、終戦後の占領政策についての研究は豊富にあるのですが、戦争そのものの歴史、つまり「戦史」については、今も研究があまりありません。そこで私は、「兵士の目線」「兵士の立ち位置」を重視して戦史を記述し、凄惨な戦場を再構成しようと思いました。

 また、「戦争の記憶」が希薄化していくことへの懸念から、兵士の身体の問題を重視して書きました。戦後七〇年が過ぎ、戦争体験者は人口の一割を切ってしまいました。当時の体験や記憶が次第に継承できなくなり、今の若者たちの戦争に対するイメージは、ゲームや映画に由来するヴァーチャルなものになっています。しかし、痛い、重い、苦しいなどの身体的な感覚は、誰もがわが身を通してイメージできる。戦場をいわば追体験してもらいたいと考え、身体的描写を随所に入れました。

──近年、「日本軍礼賛本」が増えていることも危惧なさっています。

 日本の経済が今ひとつ元気がないからでしょうか、「日本はスゴイ」と自国を讃える自己愛的な書籍が増えています。また、「日本軍はこんなに強かった」と強調する日本軍の礼賛本も増えている。私などは「えっ?」と思いページを繰ってみるのですが、それらの本は、現実から目を背け、見たいものしか見ていない。日本軍を過大評価し、美化した結果、歴史認識まで歪んでいるものも少なくありません。それらには強い危機感を覚えています。

──これから手がけたいテーマはあるでしょうか。

 しばらくはゆっくりしたいのですが(笑)、温めているテーマはいくつかあって、その一つが日本軍の「少年兵」です。まだ親が恋しい十四、十五歳の子ども達がいかに戦場に駆り出されたのか。これについても少しずつ書いていきたいと思います。また、特攻隊についても調べてみたいですね。

 

「新書大賞」の贈賞式・記念講演を4月4日19時から東京・大手町の読売新聞ビルで行います。詳細は後日、読売新聞オンライン「大手町アカデミア」でご案内します。

 

新書大賞2019 編集者座談会

時代を切り取る辣腕の3人 あの話題作が誕生した舞台裏、明かします

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(出演者)
写真右:永沼浩一 ながぬまこういち
岩波書店
岩波新書編集長
1966年東京都生まれ。92年岩波書店に入社。自然科学書編集部を経て、2015年より岩波新書編集長。最近の担当書籍に『五日市憲法』『ユダヤ人とユダヤ教』など。

写真中央:志儀保博 しぎやすひろ
幻冬舎 取締役常務執行役員
幻冬舎新書編集人
1965年京都府生まれ。徳間書店を経て、94年幻冬舎入社。文庫編集長等を経て2006年、幻冬舎新書を創刊し編集人に。主な担当書籍に小林よしのり『戦争論』、恩田陸『蜜蜂と遠雷』など。

写真左:田中正敏 たなかまさとし
中央公論新社
中公新書編集長
1977年広島県生まれ。2002年、中央公論新社に入社。『婦人公論』『中央公論』編集部を経て、09年中公新書編集部に。18年より同編集長。主な担当書籍に『地方消滅』『人口と日本経済』など。

日本史の新書が売れている

──二〇〇八年からスタートした「新書大賞」は今年で一二回目となりますが、一八年の新書市場については、どのように見ていますか。

志儀 幻冬舎新書は創刊してようやく一二年です。毎月の企画会議の際、大手書店が発表する売上データを資料として配布し、それを見ながら新企画を検討しています。ご承知の通り、最近は日本史がテーマの新書がよく売れるので、このところは「日本史の企画は通りやすいので出せ」と言っています。新書の売上ランキングを眺めると、長大な通史より、もっとポイントを絞ったテーマ、従来であれば歴史雑誌の一企画として出ていたようなものが多いですね。

永沼 確かに、近頃は日本史が手堅く売れているように思いますね。一七年は、『未来の年表』(河合雅司、講談社現代新書)や、『応仁の乱』(呉座勇一、中公新書)のような抜きんでたヒットがありました。それと比較すると一八年のヒットはおとなしかった印象があります。一方で、出版各社がどのように日本史の企画を出してくるかお互いに注目しあっている状況で、かつて「新書ブーム」と言われた時のように、こんなジャンルでも売れるのかと驚くことは少なくなりました。日本史に次ぐジャンルを開拓したいところですが......。

 ただ、世界史は今、静かなブームですよね。『世界史』上・下(ウィリアム・H・マクニール、中公文庫)が話題になったのは、東日本大震災があった一一年頃だったでしょうか。不透明な時代に漠然とした不安を抱きながらも、大きな見取り図を持ち、どんな未来が待ち受けているのか考えたいという知識欲を感じます。

田中 私も今は日本史をテーマにしたものが強いという印象です。また、出版取次・日販が発表する一八年のべストセラーを見ると、下重暁子さん、鴻上尚史さん、五木寛之さんなど、以前からの著名人が並びます。読者は、新しい書き手より安心して読める著者に手が伸びがちなのかもしれません。

 一方、中公新書は先にテーマを立て、研究者に書いてもらうことが多いのですが、新進気鋭の著者の本が読者に届きやすいのも、新書の特徴かと思います。新書の判型やレーベルが皆さんに受け入れられているからではないでしょうか。

「新書」というメディアの特徴

志儀 幻冬舎新書は、私が社長に直訴して立ち上げました。幻冬舎には新書編集部がなく、各部署の編集者が新書判型で出したい企画を毎月の新書会議に持ち寄って検討し、決めています。タイトルは私が最終判断します。極端に言えば、企画の可否は私がいいタイトルを思いつくかどうか(笑)。タイトル付けでは原稿は読まず、担当者に概要を聞いて、その内容に読者の興味を惹きそうな、イメージの広がるタイトルを付けるのです。原稿をあえて読まないのは、自分を読者と同じ立ち位置に置くため。書店に入った読者と同じように、「お、これは読みたい」と思うタイトルを付けられるかどうかが勝負です。おかげさまで、一八年の幻冬舎新書は『極上の孤独』(下重暁子)、『内臓脂肪を最速で落とす』(奥田昌子)、『日本が売られる』(堤未果)が年間売上ランキングの上位に入りました。下重暁子さんの新書は年間売上一位にもなりましたが、当初はタイトルを『孤独の効用』と付けていました。しかし、社長にNGを出され『極上の孤独』になった。結果的にはそれが良かったと思います。

永沼 二〇一八年のトピックスと言えば、日本に「新書」という本が誕生して八〇年を迎えたことです。一九三八年創刊の岩波新書は一番の老舗でもあって、昨年はそれを意識してラインナップを組みました。新書は、ワンテーマでコンパクト、そのジャンルの第一人者が書く、というのが私たちの基本認識です。またタイトルは、『初期仏教』(馬場紀寿)のように名詞をズバリひとことで言い切るのが、岩波新書の王道だと考えています。

田中 中公新書も名詞のシンプルなタイトルが多いですね。名詞でそのままに表現するには、教科書にゴシック体で書かれているような、大きなテーマであることが必要です。先に挙がった『応仁の乱』も日本史の教科書には必ず出てくる題材です。近刊で言えば、『承久の乱』(坂井孝一)や『オスマン帝国』(小笠原弘幸)も同様です。

 私は一八年六月から新書の編集長を務めているのですが、部員にはとにかく、大きい企画を考えてほしいと伝えています。“大きい”というのはテーマだけでなく、この分野だったらこの人という意味で、大きな著者と組んでほしいと話しています。

志儀 そこが岩波新書、中公新書、講談社現代新書などの伝統レーベルの強みですね。うちのような新興レーベルは、ひねったタイトルで読者の興味を惹かないとなかなか手に取ってもらえません。

 幻冬舎新書は、提案から創刊までに三、四年かかったのですが、最終的に社長がゴーサインを出してくれたのは、『バカの壁』(養老孟司、新潮新書)や『さおだけ屋はなぜ潰れないのか?』(山田真哉、光文社新書)が大ヒットした時代のおかげだと思います。二〇〇〇年代初めに新書が盛り上がった「第四次新書ブーム」の時ですね。『バカの壁』も『さおだけ屋』も雑誌の一企画的なノリがありますよね。新書の良さは、面白いタイトルや切り口を思いつけば、それを投影できるメディアでもある点。そういった意味で、うちの編集会議は雑誌的と言えるかもしれない。

田中 中公新書の企画会議は、まず担当編集者が著者と執筆テーマを構想し、目次構成案と前書きを著者からいただいたうえで、営業担当者も含めた編集部内の会議に諮ります。だから、企画会議に上がる時には、ある程度の構想ができていますね。

永沼 岩波新書も似たようなスタイルです。編集部で繰り返し話していることは、「二五六ページを超えるな」ということ。先にも挙げた、新書のコンパクトさを重視しているからです。学術的テーマであっても、その入門の位置付けであることは忘れないようにしています。

田中 うちも二五六ページを目安にしています。実際には三〇〇ページを超える「大作」も少なくないですが......(笑)。

志儀 メディアとしての新書の特徴の一つは、社会現象の分析です。かつては総合雑誌がその役割を担っていたのでしょうが、雑誌を読む習慣が減った。また、複雑化した社会を説明するには、最低でも新書程度の容量が必要なのかもしれません。すでに起きている現象の分析が多いですが、編集者としては、これから世の中はこうなる、と予言するものを作りたい。

永沼 おっしゃる通りですね。しかし、私の個人的な経験では、よく言われるような「時代の半歩先」を読んでその企画が当たるというより、社会の動きとは関係なしに自分の関心から企画を立てて出したら、たまたま何かの出来事が起きて注目される、というケースが実態の気がします。私の担当した本で言うと、一〇年十二月に『津波災害』(河田惠昭)を刊行しました。その三ヵ月後に東日本大震災が起きてしまい、思いもよらず注目を集めることになった。「企画は後追いで来る」ということを実感しました。

やられた! 他社のすごい新書

──皆さんが興味を惹かれた、一八年の他社の新書を教えてください。

志儀 戦後七〇年が過ぎ、政府は憲法改正も視野に入れているようです。しかし日本は、そもそも主権国家たりえているのか、まともな国家として成り立っているのかという企画が書籍や雑誌で組まれています。日米安全保障条約の成り立ちなど、日米関係に迫った『知ってはいけない2』(矢部宏治、講談社現代新書)は、前作も面白かったですが、この続編もとても良かった。これが売れているということは、やはり沖縄の基地問題など、対等ではない日米関係に疑問を持つ読者が多いのでしょう。堤未果さんの『日本が売られる』も売れ行き好調ですが、同様の問題意識です。

永沼 例年、編集者として、「これはやられた、自分が作りたかった」という企画があるのですが、一八年は『フォッサマグナ』(藤岡換太郎、講談社ブルーバックス)でした。まずこの力強いタイトルに惹かれます。私は学生時代に地学を専攻していて、「フォッサマグナ(本州中央部を南北に横断する地溝帯)」という言葉はもちろん基本用語として知っていましたが、企画化することは思いつかなかった。出版された本を見て、「そうか!」と気づかされました。

田中 教科書で習った言葉として知っているけれど、詳しくは知らない。そういうテーマは新書の企画にしたいですよね。『フォッサマグナ』という言葉にはダイナミックなロマンがあるし、実際、売れています。

永沼 ブルーバックスは、一一年の東日本大震災以降、継続的に日本列島ものを出版しています。地学好きな編集者がいるのかもしれませんね。また企画としても、自分たちの足元で何が起こりつつあるのか、読者の関心を見事にとらえています。編集者として嫉妬を覚えました。(笑)

田中 私自身が著者のファンということもあるのですが、『朝日ぎらい』(橘玲、朝日新書)が面白かったです。今、世界全体がリベラル化する一方、日本の「リベラル」が世界基準からずれてきていることを指摘した一冊ですが、鮮やかな切り口だと感じました。同じく朝日新書から、『政権奪取論』(橋下徹)が出たのも面白いと思いました。政治家時代には、橋下さんと朝日新聞は対立構造にありましたが、それを逆手に取って企画化しています。その試みに拍手を送りたいと思います。

 また私はサッカーが好きなのですが、『砕かれたハリルホジッチ・プラン』(五百蔵容、星海社新書)には、とても興味深いサッカー分析が書かれていました。著者の五百蔵さんは、もともとはゲームクリエーターです。ツイッターでサッカー分析を書いておられ、私も面白いと注目していました。サッカー関連の書籍と言えば、日本代表選手が、「〇〇の力」などといったタイトルで自己啓発本として刊行することが多いのですが、サッカー好きからするとそれが不満で(笑)、サッカーそのものについて書かれた本が読みたいと思っていました。それを、評論家ではなく、在野の人がサッカーを構造的に考える素晴らしい本を書いた。ある意味、一八年を象徴する一冊ではないでしょうか。

永沼 星海社新書は面白いですよね。『文系と理系はなぜ分かれたのか』(隠岐さや香)も、タイトルは「なぜ分かれたのか」ですが、隠岐さんの問題意識としては両者がどう寄り合わさってひとつになるか、または別のものになるかを考察している優れた本です。『「右翼」の戦後史』(安田浩一、講談社現代新書)は現代新書の定型カバーながら、発売時は真っ黒で帯なし。これがかえって斬新で、メッセージ性を感じました。最近の新書は帯が非常に派手で、どれだけ帯で自己主張するかが競われていますが、あえて帯なしで勝負した編集者の心意気を感じました。

私が担当したオススメの一冊

──ご自身が担当したイチオシの新書を紹介してください。

志儀 『世界一簡単なフランス語の本』(中条省平)は、私が担当し、六刷までいった今イチオシの語学入門書です。七十歳以上の方から膨大な数の読者ハガキが届き、「大学時代を懐かしく思い出しました」「改めてフランス語の勉強をやりたいです」といった声が寄せられています。

永沼 『江戸東京の明治維新』(横山百合子)です。一八年は「明治維新一五〇年」でしたが、そこに一石を投じる心づもりで作りました。明治維新というと、大河ドラマのように時代の先を見通したリーダーが近代化へ導くイメージが典型ですが、この新書では、日本が大混乱した変革期を、江戸の人々はどのように生き抜いていったか、史料をひもときながら、民衆の目線で描いています。幕末ものは志士たちなどの武士に関心がいきがちですが、当時、武士は人口の数パーセントしかいませんでした。私たちの多くは、歴史に名を残すこともなく、ごく普通に日々暮らしていたその他大勢の人たちの子孫なのに、権力者の歴史ばかり追いかけるのも妙だな、市井の人々の生き方にも目を向けたいなという思いで作りました。


田中 『中国経済講義』(梶谷懐)は現在三刷で好評を博しています。しかし、発売前は正直厳しいかと思っていました。というのも、中国の台頭は顕著で、日本経済との差もかなり開いてしまった。もはや中国については食傷気味で、むしろ実態を見たくない人が多いのではないかなと。それが予想を覆して、よく読まれています。中国経済の第一人者に中国経済のことを書いてもらうという、まっすぐなことをやった結果、きちんと読まれているというのは嬉しいですね。

出版不況と言われるけれど

──出版不況と言われて久しいですが、売り方の工夫はありますか。

永沼 作り手としては、著者と二人三脚でしっかりした本を作るのが基本ですし、そうすることできちんと読んでもらえると信じています。『江戸東京の明治維新』も地味な本で、書評でもあまり取りあげられませんでしたが、現在四刷です。丁寧に作れば、きちんと届くことを実感しています。

志儀 岩波新書や中公新書と比べて、うちは初版部数がかなり少ないので、新刊を刊行すること自体がマーケティングになっている感があります。少なく刷って、売れ行きがいいとその一冊一冊を大きく広告して、資本投下する。うちは派手に新聞広告を出しているように見えると思いますが、宣伝部がないので編集者自身が広告を作っています。社長自らが広告枠を買い、編集者に配分するので、いつも突然「広告を打ってやるから、斬新なやつを作れ」と言われることがほとんど。「締切はいつですか」と聞くと、「明日」とか「今日」とか。慌てて集中して作ります。うちの広告は勢いがいいと言われますが、それは編集者自身の緊迫感のせいかもしれません。

田中 五〇万部近く売れた『応仁の乱』は、ツイッターでの盛り上がりが非常に大きかった。今までも一定数の歴史ファンがいるとは思っていましたが、もはや「クラスタ(集団)」と言えるくらいの固定ファン層ができていることを実感しました。そこで、『観応の擾乱』(亀田俊和)の出版時に、事前にツイッターで発表したところ、これも大きな反響があった。アマゾンでの予約も多く、初版部数を上げてスタートすることができました。そこで中世の大乱シリーズの第三弾ともいえる『承久の乱』でも、一八年十二月の発売前にツイッターで早めに告知し、リツイート数なども参考に初版部数を決めました。初版で二万部を刷り、初速も良かったので新たに三万部の重版を決めたところです。ツイッターで盛り上がっている様子が可視化され、祭りに参加する感覚で買ってくださっているのかもしれません。数年前には、『ルワンダ中央銀行総裁日記』(服部正也)が、ファンタジー小説的なものとして読めるという、おたくカルチャー的な盛り上がりがあり、重版がかかりました。ネットがなければ、起こらなかったことだと思います。ただ、ヒットはしてもツイッターで感想がまったく上がらないものもある。SNSをやる層が読んでいるか、いないかによって違うのでしょう。

──電子書籍化も進んでいますが、新書の未来についてはどのように考えていますか。

永沼 新書はひとつのテーマを知るにはとてもいい媒体です。ものにもよりますが、数時間で読むことができ、そのテーマについて体系的に理解できる。電子書籍になったとしても、一〇万字程度の字数のメディアと考えれば、新書の持つ機能は普遍です。新書は日本人の、誇るべき発明だと思います。

志儀 新書は新規参入はあっても、やめたという話はまず聞きません。安価で専門性があり、バラエティも豊富。ただ、定価が安いからなかなか儲からない。当初は、電子書籍の勢いに注目が集まっていましたが、一七年あたりから伸びが止まっている印象がある。紙と電子が半々になるくらい電子が売れるようになれば、利益も確保しやすいのですが。

永沼 電子書籍はまだ可能性を出しきれていないように感じます。今の端末は、紙の本をただ電子機器に置き換えたに過ぎないと思うのです。アマゾンのKindleが大きなシェアを持ち、数社が追随しているようですが、やはり競争が少ない状況では面白いものはできないのかもしれません。競い合い、淘汰されることで、もっとワクワクするガジェットが生まれるのではないでしょうか。

田中 そうですね。自分が電子書籍で読みたいかと問われると、いまひとつテンションが上がりません。私は音楽が好きで、アップルのiPodが出た時は音楽を聴くスタイルが変わったと興奮しました。もしかしたら本も、画期的なデバイスの出現で、出版の仕方や、新書の存在意義も一気に変わるのかもしれませんね。

(了)

構成◉長谷川あや


中央公論3月号(2/8発売)
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歴代大賞もチェック!

新書大賞2019 ベスト5
  • 日本軍兵士
    吉田裕 中公新書
  • 文系と理系はなぜ分かれたのか
    隠岐さや香 星海社新書
  • 陰謀の日本中世史
    呉座勇一 角川新書
  • 日本が売られる
    堤未果 幻冬舎新書
  • 原民喜 死と愛と孤独の肖像
    梯久美子 岩波新書
新書大賞2018 ベスト5
  • バッタを倒しにアフリカへ
    前野ウルド浩太郎 光文社新書
  • 未来の年表
    河合 雅司 講談社現代新書
  • 日本の近代とは何であったか
    三谷 太一郎 岩波新書
  • ポピュリズムとは何か
    水島 治郎 中公新書
  • 定年後
    楠木 新 中公新書
新書大賞2017 ベスト5
  • 言ってはいけない
    橘 玲 新潮新書
  • 人口と日本経済
    吉川 洋 中公新書
  • 日本会議の研究
    菅野 完 扶桑社新書
  • 下り坂をそろそろと下る
    平田 オリザ 講談社現代新書
  • 応仁の乱
    呉座勇一 中公新書
新書大賞2016 ベスト5
  • 京都ぎらい
    井上章一 朝日新書
  • 生きて帰ってきた男
    小熊英二 岩波新書
  • イスラーム国の衝撃
    池内恵 文春新書
  • 多数決を疑う
    坂井豊貴 岩波新書
  • 下流老人
    藤田孝典 朝日新書
新書大賞2015 ベスト5
  • 地方消滅
    増田寛也 編 中公新書
  • 資本主義の終焉と歴史の危機
    水野和夫 集英社新書
  • ハンナ・アーレント
    矢野久美子 中公新書
  • 愛と暴力の戦後とその後
    赤坂真理 講談社現代新書
  • 最貧困女子
    鈴木大介 幻冬舎新書
新書大賞2014 ベスト5
  • 里山資本主義
    藻谷浩介・NHK広島取材班 
    角川oneテーマ21
  • 犬の伊勢参り
    仁科邦男 平凡社新書
  • ㈱貧困大国アメリカ
    堤 未果 岩波新書
  • 野心のすすめ
    林 真理子 講談社現代新書
  • 来るべき民主主義
    國分功一郎 幻冬舎新書
新書大賞2013 ベスト5
  • 社会を変えるには
    小熊英二 講談社現代新書
  • 田中角栄
    早野 透 中公新書
  • 日本近代史
    坂野潤治 ちくま新書
  • わかりあえないことから
    平田オリザ 講談社現代新書
  • 聞く力
    阿川佐和子 文春新書
新書大賞2012 ベスト5
  • ふしぎなキリスト教
    橋爪大三郎・大澤真幸 講談社現代新書
  • 昭和天皇
    古川隆久 中公新書
  • TPP亡国論
    中野剛志 集英社新書
  • 武器としての決断思考
    瀧本哲史 星海社新書
  • 女子校育ち
    辛酸なめ子 ちくまプリマー新書
新書大賞2011 ベスト5
  • 宇宙は何でできているのか
    村山 斉 幻冬舎新書
  • デフレの正体
    藻谷 浩介 角川oneテーマ21
  • 街場のメディア論
    内田 樹 光文社新書
  • 競争と公平感
    大竹 文雄 中公新書
  • 伊藤博文
    瀧井 一博 中公新書
新書大賞2010 ベスト5
  • 日本辺境論
    内田 樹 新潮新書
  • 差別と日本人
    野中広務、辛淑玉 角川oneテーマ21
  • 音楽の聴き方
    岡田暁生 中公新書
  • 戦後世界経済史
    猪木武徳 中公新書
  • ノモンハン戦争
    田中克彦 岩波新書
新書大賞2009 ベスト5
  • ルポ 貧困大国アメリカ
    堤 未果 岩波新書
  • 強欲資本主義 ウォール街の自爆
    神谷秀樹 文春新書
    できそこないの男たち
    福岡伸一 光文社新書
    電車の運転
    宇田賢吉 中公新書
新書大賞2008 ベスト5
  • 生物と無生物のあいだ
    福岡伸一 講談社現代新書
  • となりのクレーマー
    関根眞一 中公新書ラクレ
  • 1997年―世界を変えた金融危機
    竹森俊平 朝日新書

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