『連鎖』の刊行を記念して、黒川博行さんのサイン会を開催致いたします!
■日時:2022年12月4日(日)14:00~
■対象:紀伊國屋書店梅田本店にて、『連鎖』をご予約・ご購入頂いた、先着100名様に②番カウンターにて整理券を配布致します。
詳細は紀伊國屋書店梅田本店のイベント告知ページをご覧下さい。
https://store.kinokuniya.co.jp/event/1667720869/
「こないだ見た『スノー・ロワイヤル』なかなかのもんでしたわ。コメディータッチのシナリオがよろしい。『ファーゴ』にちょっと似てたかな」
「『ウインド・リバー』いう映画、観ました? ようできてますよ」
「ジロさんは、数はけっこう観てるやないですか。どんな映画が好きですか」
「あえていうたらSFかな。『2001年宇宙の旅』『ブレードランナー』......『マーズ・アタック!』いうのもよかった」
「なんと、SFクラシックを押さえてますね。スタンリー・キューブリック、リドリー・スコット、ティム・バートン。『ターミネーター』や『エイリアン』はどうですか」
「ええな。みんな観た」
「話が合いますね。ティム・バートンの『スリーピー・ホロウ』は」
「観てへん」
「そら、観なあきません。クリスティーナ・リッチがかわいい。ミステリーとしてもようできたシナリオです」
「BLの映画て、あるんか」
「少ないですね。ぱっと思い浮かぶのは『ブロークバック・マウンテン』かな。あれはよかった。特に、ヒース・レジャーがね」
ヒース・レジャーは『ダークナイト』でバットマンの仇役であるジョーカーを演じたが、薬物の過剰摂取で急死し、死後、アカデミー賞助演男優賞を受賞した、と上坂はいう。
「ぜひ観てください。『ブロークバック・マウンテン』」
「脚本がタランティーノで、監督がトニー・スコット。紅一点のパトリシア・アークエットがめちゃきれいで、そこにクリスチャン・スレーターやゲイリー・オールドマン、クリストファー・ウォーケン、デニス・ホッパー、ジェームズ・ガンドルフィーニやらの曲者がからんで、あれはほんまにハードボイルドムービーの金字塔というか、極北というか―」
映画オタク―。それも重症の。ただでさえよく喋る上坂が映画の講釈をはじめたらとまらない。好きなように喋らせておく。
「―ジロさん、聞いてないでしょ。ぼくの話」
「デニス・ホッパー、知ってる」
視線をもどした。「『イージー・ライダー』や」
「正解です」
「クリストファー・ウォーケンは『ディア・ハンター』やろ」
「すばらしい」上坂は手を叩く。
「ジロさんにぜひとも観てもらいたい映画がありますねん。『スリー・ビルボード』。......フランシス・マクドーマンド、サム・ロックウェル、ウディ・ハレルソン。達者な役者がそろてるし、なんというてもシナリオがよろしい。起承転結の伏線と登場人物のキャラクターが結末でみごとにひっくり返る。びっくりしますよ」
「その、フランシスなんとかいうのは、ええ女か」
「おばさんです。六十すぎかな」
「六十は行きすぎやな。おれ的には」
「三十すぎがふたりおると思たらええんです」
「おれはひとりで三十が好みなんや」
「誰かに似てますよね」
「誰や。経理の田中和枝さんか」
交通課の窓口にいる田中さんは色白で小顔、すらっと背が高い。
「ちがいます。誰やろ......」
上坂は額に手をあてて考えた。「――そう、ジェニファー・ジェイソン・リーや」
「知らんな」
「タランティーノの『ヘイトフル・エイト』。ジェニファーの怪演はすごかった」
「ジロさん、『ガタカ』いう映画、知ってますか」
「知らんな。ガタピンか」
「それはガチャピンでしょ。近未来の監視社会を描いたSF映画です。遺伝子操作によって生まれた人間を適正者、自然に生まれた人間を不適正者に峻別して、市民のプライバシーを徹底して監視しますねん。監督はアンドリュー・ニコル。ユマ・サーマンとイーサン・ホークとジュード・ロウが、これがまた適役で......」
「天高く馬肥ゆる秋やな」
「なんで馬なんですかね。熊も猪も鹿も、秋の実りを食うて肥るのに」
「むかし、中国の北方民族は秋になると馬に乗って南の収穫物を奪いにきた。秋は危ないぞ、警戒せんとあかんぞ、という警句やな」
「へーえ、『七人の侍』ですね。黒澤の」
「あれは名作や」
「ぼく、二十回は観てます。土砂降りの雨、泥まみれの合戦シーン。一九五四年の公開ですよ。敗戦から十年もせんうちに、あれだけの大傑作が世に出たんやから、日本映画はすごかった。いまは見る影もないけど」
「アニメは元気やないか」
「ジロさん、映画は実写です。生身の俳優に勝るキャラはありません」
「ジョーカーはよろしいね。ホアキン・フェニックス畢生の名演技。二十キロ以上も減量して撮影に挑んだんです。......それと、『パラサイト 半地下の家族』。長女役のパク・ソダムの存在感にやられましたね。......ダニエル・クレイグもええな。歴代ジェームズ・ボンドの中でいちばんです。......ボンドガールのナンバーワンはダニエラ・ビアンキで......」
「ジョーカー役で、ヒース・レジャーはアカデミー賞をとりましたよね。助演男優賞」
尾野がいった。
「尾野くん、君は見どころがある」
上坂はよろこんだ。「ホアキン・フェニックスもジョーカーを演って主演男優賞をとった。ジョーカーは役者のジャックポットなんや」
「ジョーカーの恋人もよろしいね。マーゴット・ロビー」
「尾野くん、君はますます見どころがある。『スーサイド・スクワッド』、観たんか」
「マーゴット・ロビーのハーレイ・クイン、エロいやないですか」
「よっしゃ。帰りの車中の楽しみができた。映画を語り明かそうぜ」
「ジロさん、『張込み』いう映画、観たことありますか」
「知らんな」
「松本清張原作の邦画です。野村芳太郎監督、橋本忍脚本。大木実と宮口精二が東京から佐賀へ行って、犯人が現れるのを待って張り込むんです」
「ほう、そうか......」
「監督、脚本がよろしい。とにかく丁寧な作りで、地味やけど緊迫感がある。原作は短編やけど、映像にするときはあんなふうに膨らますんやで、いうお手本みたいな映画です」
「原作も読むんか」
「ようできた映画はね」
「原作を超える映画て、めったにないんとちがうんか」
「小説と映画は別物ですわ。......『砂の器』とか『飢餓海峡』とか『復讐するは我にあり』とか、ミステリー系の小説にはええ映画が多いです」
「なんでも観るんやな」
「観ますよ。邦画やと時代劇は」
「お勧めは」
「『七人の侍』『用心棒』『椿三十郎』『切腹』......。『座頭市』『壬生義士伝』『たそがれ清兵衛』『必死剣 鳥刺し』もよかったかな」
「黒澤の映画だけやな。おれが観たんは」
「そら羨ましい。観るべき映画がいっぱいあるんやから」
「観るべき、とは思わんけどな」
「ジロさん、映画は人生を豊かにしてくれます」
「おまえも眼が赤いぞ」角谷は上坂を見た。
「血を吸うたんです」
「なんやて......」
「クリストファー・リーのドラキュラ伯爵は、美女の血を吸うたとたん、眼が真っ赤になるんです」
「賢いのう、いうことが」
「コッポラの『ドラキュラ』はブラム・ストーカーの原作に忠実です。ドラキュラはゲイリー・オールドマンで、ヘルシング教授はアンソニー・ホプキンス。名優ですね。キアヌ・リーブスとウィノナ・ライダーが......」
「もうええ。よう分かった。わしは映画を観ぃへんのや」
「後妻業の女......か。映画の観すぎとちがうか」
「あの映画、大竹しのぶが巧かったですね。『黒い家』でもサイコパスの女を演じて、すごい怖かった」
「めっちゃおもしろかったんですわ。『屋根裏の殺人鬼フリッツ・ホンカ』。ドイツのシリアルキラーをモデルにした実話ふうの映画やけど、出てくる役者がどれもこれも不細工で、あそこまでリアルに撮ったらコメディーですね」
シリアルキラーはアルコール依存症の労働者。毎夜、アパートの近くの安酒場で呷るように酒を飲み、店にたむろする中年、老年の娼婦を拾ってアパートに帰る。ほとんど衝動的に四人の娼婦を殺し、死体をクロゼットに隠す。部屋には腐臭が漂い、死体にわいたウジが、床の隙間から階下で食事をしている家族のスープ皿に落ちたりする――。「笑いましたね。まさにコメディーです」
「ウディ・ハレルソンとジュリエット・ルイスの『ナチュラル・ボーン・キラーズ』もよかった。『羊たちの沈黙』もね。ぼく、シリアルキラーもんが好きですねん」
「ジロさんは『麻雀放浪記』観ましたか」
「観た。DVDでな」学生のころだ。監督は和田誠だったか。
「高品格(たかしなかく)がよかったですね。出目徳を演(や)った」
「おれは加賀まりこの牌を捌(さば)く手付きが気に入らんかったな。まるっきりの素人さんや」
「そういうシーンて、大事ですよね。将棋の棋士が駒を指すとこ、カジノのディーラーがカードを切るとこ、ピアニストがピアノを弾くとこ、プロはプロらしく撮るべきです」
「ジロさんは『復讐するは我にあり』いう映画、観ましたか」
「観てへんな」
「ぜひ観てください。緒形拳がめっちゃ巧いんです。小川真由美もね」
今村昌平監督の犯罪映画だと上坂はいう。「犯人が緒形拳で、刑事がフランキー堺です。取調べの場面が多いんやけど、そこがまた真に迫ってて、ふたりの博多弁の演技を見るだけでも値打ちがあります」
「おれは『天国と地獄』がよかったな」
「あれも名作です。結末の拘置所の場面、犯人役の山﨑努の金網越しの怒りと慟哭はすごかったですね」
「ドウコクて、なんや」
「泣き喚くことです」
「いまどき、慟哭いうのは見んな」
「アラン・パーカーの『ミシシッピー・バーニング』いう映画、観ましたか」
「知らんな。観るわけない」
「大傑作です。ウィレム・デフォーがFBI捜査官で、その部下がジーン・ハックマン。デフォーが、死体が沼に沈んでる、と読んで捜索をしたときは数百人の軍隊を動員しました。大捜索は空振りやったけど、デフォーは屁とも思てません」
「おれはFBI捜査官やない」
「死体は結局、農場に埋められてたんやけど、それを掘り起こすのにショベルローダーやブルドーザーを何台も使うてました」
「ここはミシシッピーやない」兵庫県の但馬だ。