波乱万丈な頼子第三十五回
九章
35
「いったい、なにがあったんですか?」
莉々子は野次馬の一人を捕まえて、質問してみた。
「なんか、よくわからんけど。......死体が見つかったようだよ」
「死体?!」
見ると、作業服を着た男性が、警官になにかを聞かれている。背中には『ハッピー清掃』と書かれている。......ああ、もしかして、大家さんの奥さんが依頼した、ゴミ屋敷専門の掃除屋さん? 聞き耳を立ててみると、
「今日は、見積もりをしに来たんですよ。で、部屋の中を見せてもらったら、死体が――」
えええ!
あの部屋から、もうひとつ、死体が見つかったってこと?
心の中で叫んだはずが、つい、声に出てしまった。警官のひとりがこちらを振り向いた。
「あなた、このアパートの関係者ですか?」
「いいえ、違います。ただの通りすがりです。っていうか、ちょっと前にもこのアパートの二〇一号室で死体が見つかりましたよね? 女性の死体が」
「............」警官は口ごもった。
「そのときは、もうひとつの死体は見つけられなかったんですか?」
「まあ、......あんな状態の部屋ですから」警官が言い訳するように言った。
「今回の死体は、部屋のどの辺で見つかったんですか?」
藤村が質問すると、
「トイレの中ですよ。トイレの中に、男性の死体が」清掃会社のスタッフが警官の代わりに答えた。「でも、はじめは、まだ息があるのかな?って思ったんです。だって、見た感じ、生きているようでしたから。だから、最初は救急車を依頼したんですよ。そしたら、ここの大家さんが『死んでる、死んでる』って大騒ぎして、警察を呼んだんです。そして――」
が、男性の言葉は警官によって遮られた。警官は、しっしっと野良猫を追い払うように、莉々子たちを牽制する。仕方なく、莉々子たちはその場から離れた。
「もしかして、今回見つかった死体は、柏木光太郎さんかもしれませんよ」藤村がそう推理したときだった。
いつの間に来たのか、スナック・ノリカのママが、
「いやだ! こーちゃんじゃないの?」
と叫んだ。
見ると、ストレッチャーが二階から降りてきている。それはまだ、"死体"とは確定されていないようだ。いわゆる、心肺停止の状態なのだろう。
「こーちゃんよ、こーちゃんだわ!」
ママが、繰り返した。それに警官が気付き、「あなた、こちらの方に見覚えが?」
「はい。うちの常連客だった、柏木光太郎さんですよ! 間違いありません。......ね、死んだの? それとも助かるの? ね、どっちなの?」
+
「意味が、わからない......」
このまま電車に乗りたくなかった莉々子は、帰りたがっていた藤村を引き止めて、大船駅近くのカフェでクールダウンをはかっていた。「ノリカママの言うとおりなら、なんで、失踪中の柏木光太郎さんがあの部屋で?」
「まあ、考えられるのは、誰かがミスリードをしようとしていたんではないかと」
「ミスリード?」
「高幡さんは気がつきませんでしたか? あのゴミ屋敷」
「なにが?」
「変だと思いませんでした?」
「そりゃ、変だよ。あんなにゴミを溜めてさ」
「本当のゴミ屋敷は、あんなもんじゃないですよ。四年間でゴミ屋敷にしたっていうなら、なおさら。ゴミ屋敷のゴミは、地層のようになるはずですよ」
「地層?」
「そう。古いゴミを踏み固めて、新しいゴミをその上に置く。それもまた踏み固めて......を繰り返すんです。でも、二○一号室はそうじゃなかった。確かにゴミは積み重なっていたけど、隙間はたくさんあった。あの状態は、言ってみれば、ゴミ集積場のそれです。しかも、下の方にあったゴミも比較的新しいものでした。最近発売された雑誌の表紙が見えましたからね」
あんな短い時間でそこまで観察していたのか。この人、弁護士より警察のほうが向いてんじゃないの?と感心しながら、莉々子は藤村の話に耳を傾けた。
「もしかしたら、あのゴミ屋敷は、誰かが突貫で作ったものかもしれない」
「なんでそんなことを?」
「犯行を隠すためですよ。さっきの警官も言っていたじゃないですか。あんな状態だったから、最初の死体......久能頼子さんの死体が発見されたとき、もうひとつの死体まで見つけることはできなかったって。つまり、ろくに現場検証をしていないってことです。だから、久能頼子さんも殺害された可能性があったのに、孤独死として片付けられたんじゃないかな?」
「つまり、あのゴミは小道具みたいなもの?」
「そうです。ちなみに、警察がもうひとつの死体を発見できなかったのは、ゴミだけのせいじゃないと思いますけどね」
「他にも理由が?」
「そうです。久能頼子さんの死体が発見された時点では、柏木光太郎さんの死体はまだあの部屋にはなかったと思われます」
「うん? つまり、久能頼子さんの死体が発見されて運び出されたあと、柏木光太郎さんの死体があの部屋に運び込まれた?」
「そう考えるのが自然でしょうね。あの清掃会社のスタッフも言っていたじゃないですか。まだ生きているように見えたって。つまり、亡くなってから、そう時間が経っていないってことですよ」
「なるほど」いや、納得している場合ではない。
「なんで、柏木光太郎さんも死んじゃったんだろう?」
「やっぱり、『波乱万丈な頼子』の動画が関係しているんじゃないかな?」
藤村は、手帳を取り出した。
「ここまでの情報を整理すると。『波乱万丈な頼子』は、スマイル企画が制作したフェイク動画で、湘南マリーナコーポの一室で撮られている。出演している頼子は、全員で三人」
「うちの母親を入れて、四人ね」
「その四人のうち、二代目と三代目が亡くなっている」
「こうなると、初代の頼子も亡くなっている可能性が高いね。......え、ちょっと待って。じゃ、うちのママも?」
莉々子の全身に悪寒が走る。慌てて、スマートフォンを取り出すと、母親にラインを送ってみる。すると、すぐに既読がついた。
「僕、思ったんですけどね。あの大家夫妻が、とっても怪しいって」
藤村が、唐突にそんなことを言った。
「あの大家さん、二代目の大塚頼子のことも知っていたみたいだし。それに、大家なら、二〇一号室をゴミ屋敷にするのも簡単だ。アパートのゴミ集積所からゴミをかき集めて、部屋に放り込めばいい」
「だとしても。なんでそんなことを?」
「だから、犯行を隠すためですよ。または、あの部屋が、『波乱万丈な頼子』の動画撮影に使われていたことを隠すため」
「でも、『波乱万丈な頼子』を制作していたのは、スマイル企画でしょう?」
「だから、そのスマイル企画とあの大家夫妻はグルなんじゃないですか?」
Synopsisあらすじ
法律事務所で事務職をしている高幡莉々子は仕事の一環で見つけた、ある動画チャンネルに興味を抱く。「頼子」という70代の女が、困窮した生活状況や波乱万丈な人生を語る動画だ。投げ銭だけでも相当儲けているはずなのに、やらせじゃないの? ちょっとした好奇心から莉々子は次第に取り返しの付かない事態に巻き込まれていく・・・・・・。
Profile著者紹介
1964年、宮崎県生まれ。多摩芸術学園卒業。2005年『孤虫症』でメフィスト賞を受賞し、デビュー。11年に文庫化された『殺人鬼フジコの衝動』がベストセラーに。他の著書に『坂の上の赤い屋根』『さっちゃんは、なぜ死んだのか?』『ノストラダムス・エイジ』など多数。
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