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早雲、信玄、謙信。戦国三人の勇将に仕えた軍配者たちの青春と戦いを描いた富樫氏。「軍師」と「軍配者」の関係、創作の秘密から新作『北条早雲』への思い入れまで。
富樫倫太郎=作家
〜「中央公論」2014年1月号掲載

 官兵衛が隠居する時に「如水」と名乗るのも面白いですね。彼は頭が良すぎるゆえに妬まれたり、失敗するようなところがあった。ですから、もうなるがまま、水が流れる如くいこうという達観した思いが感じられます。しかし、これで完全に終わったわけではありません。彼は九州に引っ込んでから悠々自適の生活を送っていたのですが、関ヶ原の合戦の時に急に動き出す。これが最後のチャンスだといわんばかりに、いきなり九州征服を企んでしまう。関ヶ原の合戦は、日本が東西に分かれて何ヵ月も戦が続くだろうとみんな思っていたんです。それがいろんな偶然が重なって、たった一日で終わってしまった。その気になれば九州を征服するくらいのことはできたはずなんですが、関ヶ原の決着がつくと、あっさり中津に引っ込んでしまう。この清々しさが官兵衛の魅力です。

 ドラマでも、変に官兵衛を持ち上げすぎずに等身大の人間として描いてほしいですね。欠陥のある天才の挫折の物語、それもユーモラスな挫折の物語として描くと面白いと思います。

北条早雲の魅力に迫る

 官兵衛も面白い人物なのですが、武将の中では、やはり北条早雲が一番好きなんです。彼は他の大名と比べるとかなり変わっています。戦国大名は成り上がると、みんな同じことしかしない。金と女です。年貢を重くして富を手に入れ、その富で美女を囲う。面白いくらい、この点は共通しています。例外は信長と早雲くらいです。かわりに信長は戦に明け暮れていましたが、早雲は自分が大名になると年貢を安くしている。領主が根こそぎ税を搾り取るのが当たり前だった時代に、これは、とても画期的なことなんです。

 象徴的なのは早雲が伊豆に攻め込んで足利茶々丸を討った後の逸話です。早雲が戦の後にまずやったのは、配下の兵に食べ物と薬を持たせて、村々を回らせることでした。戦争が始まると、村人は山へ逃げ、病人は村に置き去りにされるんです。その病人たちを兵たちが世話しているのを見て、村人もだんだん山から戻ってくるんですね。そうやって人々の心を掴んだ。こういうことをやった人は他にいない。

 なぜこんな珍しい大名が生まれたのか。人生のある時点で自分の生き方を明確に決めてしまい、生涯をかけて人助けをしようという信念を持ったのではないか、という気がするんです。はじめは身近なところから始まって、権力を持てば、その規模が一〇〇人、一〇〇〇人と大きくなるだけ。そんなふうに自分の生き方を決めていたからこそ、大名として成り上がった後もぶれなかったのではないか。今書いているシリーズでは、そんな早雲の姿を描いていきたいと思っています。

軍師の生き方から学べること

 軍師というと、なんとなく歴史ロマンの中の登場人物のように聞こえてしまうかもしれませんが、彼らの生き方に我々が学ぶべき点があると思うんです。軍師として活躍するには、押しの強さと柔軟さという矛盾した要素を持っていないといけません。無能で戦に失敗しても殺される、有能すぎて味方に妬まれても殺される。そういう際どいバランスの上に立っている。これは現代のサラリーマンに通じるところがあるのではないでしょうか。もちろん今は命をとられるようなことはないでしょうが、サラリーマンならずとも組織人なら、誰にでも当てはまる。組織の中で生きていく時に、自分の立ち位置を見極めること。押すところは押し、引くところは引く。この見極めの難しさです。

 僕たちは誰もがリーダーになれるわけではありません。自分は一歩引いて、誰かをサポートするという生き方もある。戦国の大名たちをみてもわかるように、リーダーにはやはり天性の素質のようなものが必要ですから。

 秀吉と官兵衛は何が違ったのか。戦の上手さだけでいえば、どちらも甲乙つけがたい。でも、官兵衛には何かが足りなかった。それはカリスマ性なのかもしれないし、運なのかもしれない。これと明言はできない、しかし決定的な差です。結果的に彼は九州の一大名で終わってしまう。信長・秀吉・家康が持つ何かが官兵衛にはなかった。官兵衛が「如水」と号した時の境地に思いを馳せることで、信長でも秀吉でも家康でもない僕たちが現代を生きるヒントが得られるかもしれません。
(了)

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