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〔7月20日UP!〕
なぜ大川小学校だけが大惨事となったのか

津波で全校児童の七割が犠牲に
菊地正憲=ジャーナリスト
〜「中央公論」2011年8月号掲載

「災害は忘れたころにやってくる!」
 宮城県石巻市の市報「いしのまき」の三月号には、こう大書された災害対策の特集記事が掲載されている。発行日は今年三月一日。二〇一〇年二月末に南米チリ沖で発生した地震による津波の襲来から、ちょうど一年の時期にあたる。「津波から逃れるために」と題した項目では、「津波警報や避難指示を待たず、直ちに海から離れ、急いで高台や鉄筋コンクリートなど丈夫な建物の2階以上に避難しましょう」と明記してある。
 この市報発行から一〇日後に発生した東日本大震災から三ヵ月以上が過ぎた。死者・行方不明者合わせて二万数千人を数える事態になってしまったいま、直前の・警告・はあまりにも空しく響く。石巻市内だけで六〇〇〇人近くが死亡・行方不明になったのだ。
 中でも、全校児童一〇八人のうち六八人が一瞬にして命を落とし、六人が行方不明になった市立大川小学校の悲劇は、教育現場を襲った災害として歴史に深く刻みこまれることになった。だが、それだけに限らない。単なる天災で終わらせることができない背景があるからこそ、長く記憶に留められるかもしれないのだ。
 私は約三ヵ月ぶりに石巻市を訪れ、大川小がある釜谷地区とその周辺を中心に取材して回った。つぶれた家屋や車がそこら中に散乱していた三月の宮城訪問時と比べると、瓦礫はかなり取り除かれている。だが、新築される家があるわけでもない。かつて家屋や漁業施設が寄り添うように建ち並んでいた一帯は、#人気#ひと け#のない砂漠のような太古の姿をさらけ出し、鉄筋コンクリートの廃墟がいくつか無残に残されているだけだ。その一つが、子供の歓声が消え、無機質な静けさに包まれた大川小学校だった。すぐ後ろに見える針葉樹林に覆われた高さ数十メートルの小高い山の塊が、ひときわ存在感を示していた。

裏山に逃げていれば……
「いまは考える時間ができて、余計に悲しみと悔しさが増しています。なんでいつものように『ただいま』と元気に帰って来ないのか……」
 紫桃さよみさん(四十五歳)は、五年生の次女#千聖#ち さと#さん(十一歳)を失った。溢れる涙を抑えながら「悔しさ」を口にしたのは、市教委や学校側の対応に対する疑問を拭えないからである。
「私も、ほかの亡くなった子の親も、『どうして助けてあげられなかったのか』と自分を責める日々なんです。でも、子供たちは学校の管理下にあって、先生の判断を仰ぐしかなかったんです。なぜ裏山に逃がしてくれなかったのでしょうか……」
 市教委の説明や地元住民の証言によると、あの日午後二時四十六分に地震が発生した際、子供たちの多くは「帰りの会」の最中で、机の下に隠れた。下校を始めていた一部の児童も学校に戻ってきた。放送機器は使えず、教務主任が校庭へ避難するよう指示しながら校内を回った。三時ごろになって児童が校庭に集合し、教員が点呼を取り始めた――。
 ここまでは普通に考えられる対応だ。時間的にもたついた様子もない。大川小は津波の際の市の避難場所に指定されているし、校庭に出るのがまずは最善と思われた。だが、この直後、現場にいた一一人の教員たちは・迷走・を始める。このまま校庭に居続けるか、津波を想定して逃げるとすればどこに避難すれば良いのか、すぐに結論が出なかったのだ。校舎の西脇にある裏山に逃げるべきだとの声も出たが、「倒木や雪がある。余震も続いている」などと異論が出た。鉄筋コンクリート二階建てで高さが一〇メートルある大川小に屋上がなかったことも、選択肢を狭めた。
 やがて、子供たちは泣き叫ぶなどして動揺し始めた。恐怖のあまり吐く子もいた。とにかく校庭を出発し、北上川に架かる新北上大橋脇の堤防道路の方向に一列になって避難し始めたのは、三時二十五分ごろになってからだ。校庭からは約七メートルの高さがある。
 一部の親たちが続々と車で駆けつけて我が子を連れ出し、児童の数は約八〇人に減っていた。市の広報車が、津波の接近を伝えながら慌ただしく周辺を走る。と、次の瞬間、校舎西側にある北上川と東側にある海岸の二方向から、一〇メートルを超す山のような津波が、轟音を響かせながら迫ってきた。そして運命の三時三十七分、堤防道路付近にいた子供たちを一気に飲み込んだのだ。教員も九人が死亡し、一人の行方がいまも分からない。校長は不在で無事だった。
「一一日後、校舎から一キロほどの場所で遺体が見つかりました。水を飲んだ様子もなく、穏やかな表情でした。津波に遭う前日には『一二年間育ててくれてありがとう。迷惑かけてきたけど心の中では感謝していました』なんて、普段は口にしたこともない言葉を書いた手紙も寄こしてくれたのに……」

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