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内田 樹=神戸女学院大学教授
〜「中央公論」2011年5月号掲載

「専門家」の不在が不幸を呼んだ

 なぜこれほどまでに危機管理が甘かったのか。それは原子力行政が、政治とマーケットに支配されており、「テクノロジーをテクノロジカルにコントロールする」という根本のところが抜けてしまっていたからだと思う。
 原子力に政治プロセスが関与するのは、原子力開発技術がある種の「外交カード」たりうるからである。日本が潜在的に核開発技術を持っているということは国際社会におけるある種の威信として使える。経済面から言えば、(東電がそうしていたように)安全性基準を思い切って甘めに設定すれば、火力、水力、太陽光、風力といった代替エネルギーに比べて、原発は圧倒的にコストが安い。国威発揚と金儲けという政界財界の二方面からの要請によって原発推進されたのである。
 リスクを低く見積もれば原発ほど安くてクリーンなエネルギーはない。だが、いったんリスク・コントロールに失敗すれば、悪くすると国土の一部が半永久的に「居住不能」になる。故郷を失った人々に対する補償と、その国土が生み出すはずだった国富を計算した場合に、「火力よりも原発の方がこれだけ安いです」と算盤を弾いて見せた金額など何十年分積み上げても、「焼け石に水」である。
 いったんクラッシュしたらすさまじい損害をもたらすテクノロジーは、それを外交カードに使おうとする政治家や、それで金儲けをしようとするビジネスマンに委託することはできない。彼らはその職業の性質上、必ずそのテクノロジーの安全性を「平気、平気」と過大評価し、防災コストを「そんなに神経質になることはない」と過大評価するに決まっているからである。繰り返し言うがそれは政治家個人、ビジネスマン個人の知性や倫理性とは関係がない。職業上の必然なのである。だから、そういう人間にはリスクの高いテクノロジーの管理運営を任せるべきではない。そのようなテクノロジーの管理運営は専門家に委ねなければならない。
 私たちが共同体として生きてゆくために必須の資源を「社会的共通資本」と呼ぶ。大気、海洋、森林、河川といった「自然資源」、交通、通信、上下水道、電力といった「社会的インフラストラクチャー」、司法、医療、教育といった「制度資本」がそれに当たる。これらはどのようなものであれ、政治イデオロギーやマーケットに委ねてはならない。専門家が専門的知見に基づいて、管理運営しなければならない。「森林をこうした方が金が儲かる」とか「医療はこうする方が政治的に正しい」というようなことを言わせてはならない。政治的正しさや貨幣は所詮「脳内」の現象である。平和で安全な場所でなら、いくらでも論じるがいいし、人々がそれでつかみ合いの喧嘩をしても私は与り知らない。だが、大気や森林や、水や食べものや、裁きや癒やし学びは「生身の人間が集団として生き延びる」ために必須のものである。それは、フェアで合理的な管理システムのもとに、価値中立的な立場を貫く専門家によって運営されていなければならない。
 私たちが今回の事故についての一連の報道から学んだのは、そういう専門家が日本の原子力行政の中枢にはいなかったということである。「原発の専門家」ですと名乗ってメディアに登場してきた人々のほとんどは「原発が止まると失業する人たち」だった。そのような人たちから原発の安全性について価値中立的な知見が語られることを期待すべきではなかったのだ。

原発はビジネスにならない

 原子力発電自体は、良くも悪くもない、単なる一科学技術であり、十分に安全性に配慮していれば、適切にコントロールすることが可能である。問題はただ「十分に安全性に配慮」すると、コストがかかり、それでは商売にならないという点だけである。
「事故が起こらなければ儲けの多いビジネス」に従事している人々は必ずや「事故が起こる」可能性を低く見積もるようになる。最初は「事故が起こりませんように」という素朴な願望から出発するのだが、それがやがて「事故は起こらない」という信憑に変質する。必ず、そうなる。人間というのは「そういうもの」なのである。だから、そのような人間の心理的弱さを勘定に入れて制度は設計されなければならない。私が原発事故について「これは人災だ」と言うのは、どのようなテクノロジーも最終的には人為的ミスで破局的なものになるリスクをかかえており、そのリスクを最小化するためには「人間は必ず誤りを犯す」ということを勘定に入れて制度設計をしなければならないのに、「私たちはめったに誤りを犯さない」という不思議な前提に立って原発プラントが設計されていたように見えるからである。

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