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〔3月8日UP!〕
どうする! 日本の地震予知

上田誠也=日本学士院会員・東京大学名誉教授
〜「中央公論」2011年4月号掲載

 筆者が八四年に突然、地震短期予知は可能だと思ったのは、そのなかの一つ、VAN法との出会いだった。これはVarotsos, Alexopoulos, Nomicosという三人のギリシャの物理学者たちが創始した方法で、地中に流れる地電流を連続的に多地点で常時観測していると地震の前に信号が出て、震源もMも発生時期も大体わかる。これは三〇年近くも実績を上げ続けてきたほとんど唯一の短期地震予知方式であって、実証的にも理論的にも世界で一番確立された方法だ。成功基準は、発震時は数時間から一ヵ月以内、震央位置は一〇〇キロメートル以内、Mは0・7以内で、ギリシャのM5・5以上のほとんどの地震の予知に成功している。
 これは実に驚くべきことで、筆者もその成功を何回か現地で目撃した。ところが、VAN法はギリシャの市民には頼られているが、彼らが地震学の素人(物理学者)だからか、地震学界ではあまり認められていない。しかし、最近は世界的にも地震現象が非線形物理学での臨界現象だと明らかになってきたこともあり、評価が急激に高まってきている。
 当然のことながら、地震電磁気学の先駆者たちは、地震学者ではなく、主として物理学者や電気通信工学者、天文学者などだった。わが国でも何人かの研究者がいろいろな周波数での電磁観測を行っていたが、地震予知国家計画とは無関係で相互の連携も乏しかった。ところが阪神・淡路大震災のあとで、お互いの測定を比べあってみると、地震前兆現象が浮かびあがったのだ。
 電磁気的前兆には大別して二種類ある。いずれも広い周波数領域が関わるが、一つは震源から放射するシグナルであり、もう一つは人工的な電磁波、例えば放送波の伝播異常である。
 後者は震源上空の電磁波の伝播経路の性質が変化することである。地震の前に震源から電磁信号が発せられるのはまだ納得しやすいが、地下何キロメートルの震源で地震前に起きることが、電波の通り道、例えば一〇〇キロメートルも上空の性質に影響を与えるというのはなかなか納得し難いことだろう。しかし観測事実はそれを強く示している。最近では地圏―気圏―電離圏相互作用と呼ばれて国際的にも最先端研究トピックとなっている(図4)。高周波(FM電波)伝播に関わる現象は、八ヶ岳南麓天文台の串田嘉男氏が発見した純日本産のものである。現在では他の研究者たちもそれを発展させており、北海道大学での森谷武男博士らの成果は実用化の域に近づきつつある。
 実用化といえば、同じく電波伝搬に関わるが、電気通信大学の早川正士教授らの低周波領域での前兆研究もある。放送波の異常を観測するので、今や日本全土の地震予知が可能であろうということで、最近会社を立ち上げ、近く予知情報の有料配信をスタートするとのこと。その利益で乏しい研究費を補って研究を進めるという。地震予知は、本来社会と密着した実学なのだから、科学として正当であれば、これは正しい道であろう。成功が望まれる。
 社会との関係でいえば、最近「予知をしなかった」として責任を問われ、過失致死罪が取り沙汰されているケースがある。三〇〇人の犠牲者を出した二〇〇九年、イタリアのラクイラ地震(M6・3)だ。予知できなかったといって科学者を責めるのは不当だとする科学者擁護論が国際的にも起きた。しかし実際に起こったことは、半年も地震活動が続いて市民の不安が高まっていたのに、政府の委員会の学者がその一週間前にテレビで「大きい地震は来ないから、安心せよ」と言ったという。それが事実なら、これは予知しなかったのではなくて、「安心せよ」という誤った予知をしたのだ。しかも、彼らが常日頃予知はできないと主張していたとすれば、これは許されない行為だったのではないか。話が主題をはずれた。
 上層大気・電離圏で異常が発生するならば、それは実測されるべきだが、事実、電離層の電子密度が大地震の数日前から減少することが、台湾中央大学の劉正彦教授らや東京学芸大学の鴨川仁博士らによって確かめられた。一方、フランスは〇四年、電離層での異常を観測するための小型衛星DEMETERを打ち上げ、既に九〇〇〇例の世界のM4・8未満の地震について、発生数時間前に電離層内でのVLF帯の電波強度が低下することを見出している。

打ち切られた地震総合フロンティア計画

 阪神・淡路大地震の後、わが国の地震予知研究をどう進めるかについての模索の途中に、何人かの理解者のおかげで、科学技術庁(当時)が「地震総合フロンティア計画」なるものを立ち上げ、理化学研究所に地電流・地磁気観測を中心とした研究のため、資金を出してくれることになった。私どもは感激して、同志を募って東海大学を拠点としてそのプロジェクトを担当した。電波伝搬異常の研究に対しては宇宙開発事業団(当時)に資金が出て、早川正士教授(前出)が研究リーダーとなった。
 筆者らは北海道から沖縄まで、日本中に沢山のVAN型観測点をつくって、馬車馬のように働いた。例えば岩手山麓の観測点では、ある日突然、すごい信号が出てその二週間後にM6の地震が起きた。これはおそらく前兆だった。二〇〇〇年の三宅島の噴火のときには、伊豆諸島海域に大規模な群発地震活動が起きた。我々はその二年半前から新島に地電流観測点をもっていたが、二〇〇〇年群発地震が始まる二ヵ月前から急に変動を示しだした。ほかにもこのような事例がいくつか出ている。VAN法は日本でも働くのだ。
 これらの成果に勇気づけられて、国際的な外部評価委員会の評価を受けたのだが、時すでに遅く「短期予知は不可能」という「お国」の基本方針が決定しており、我々の計画の延長は止められた。「評価がこんなに高いのにどうして継続できないのか」と担当官に聞くと、「問答無用。あれは科学的評価。我々は行政的評価をする」とのことだった。評価疲れと煩わしいくらいのわが国の評価システムは実はそんなものらしい。

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