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〔2010年12月13日UP!〕
次は私がコンピュータと対局します!

清水女流vs.「あから2010」戦のその後を考える

米長邦雄=日本将棋連盟会長
梅田望夫=ミューズ・アソシエイツ社長

次回の対局者は誰?

梅田 今後はどうする予定ですか。対局直後のインタビューでは、清水さんのリターンマッチも匂わせていましたが。
米長 実は先日、『週刊現代』の連載コラムで、次回以降コンピュータと対戦する棋士の対局料表を出したんです。羽生が七億八〇〇万円。清水市代など女流棋士なら七六七〇万円。その中に格安棋士がいると書いてあるんですよ。
梅田 誰なんですか? 
米長 元名人で現将棋連盟会長の米長邦雄なら一〇〇〇万円と。(笑)
梅田 それはいいですね! 実は今日の対談で、「次は会長が戦うのはどうでしょうか?」と提案しようと考えていたんです。というのは、トッププロの方々とコンピュータ将棋の話をしますと、みなさん「人間との対局をしなくていいなら指してみたい」と必ず言うんですね。コンピュータと戦うためには、そのための研究をしなくてはいけない。これは当然ですよね。人間同士の対局でも相手の研究はするわけですから。しかしトッププロは順位戦やらタイトル戦やら人間との勝負に忙しくて、実際にはとても準備ができないと。
 一六一人のプロ棋士の大半は、熾烈なサバイバル競争をしています。先ほども話に出ましたが、それこそコンピュータのように感じさせるほど、人間離れした研究を日々している。そしてそうした人間と人間のすべてを懸けたぶつかり合いに興行としての価値が認められていて、プロ棋士という職業が成り立っているわけですね。
 つまりトッププロからすれば、人間との戦いのための研究を、たとえば一年間休んでしまえば、そこでもう棋士生命が終わってしまう恐れすらあるわけです。だから現実問題として、「コンピュータと指す」というのは彼らに非常に難しい選択を迫ることになってしまうんですね。
米長 そうなんです。だから「羽生の対局料は七億円」と聞くと、法外に高いと思う人もいるかもしれませんが、一年間休場になるなら、それくらいの金を出してもらわないと困るわけです。
梅田 一方、コンピュータ開発者たちは、自分の開発するソフトがより強くなるために、「負けたい」わけです。つまり、負けると次の目標を設定することができますよね。これは開発者にとって非常に重要なことなんです。そもそも彼らがなぜ「将棋ソフト」を開発しているかと言うと、「強い将棋ソフトを作る」という明確な課題をクリアしていくことは、人工知能の開発など、コンピュータ技術全般の向上に役立つと判断したからです。それが真の目的ですから、「早く一番強い人間に勝ってこうした対戦は終わりにしたい」などとは誰も思っていません。
 仮にプロ棋士という職業が存在しなかったとしましょう。それは日本中の人がアマチュアばかりで、トッププロほどに強い人がまったくいないという状態を意味します。そうした環境では、コンピュータ将棋は進歩していかないでしょう。開発者は挑戦しても挑戦しても負けてしまう高い山が欲しい。今のプロ棋士がその高みにいることができるのは、人間 vs.人間の戦いに寸暇を惜しむ努力をし続けてきていて、その営みにスポンサーがつき、職業として成り立たせているからです。
 そこで僕が考えたのが引退棋士です。相当な実力を未だ持っているけれども、人間同士の戦いからは解放された引退棋士が腰を据えてコンピュータ将棋を研究し、真剣に勝負をするんです。もし毎年継続的に対局ができるとなれば、それは開発者にとっても喜ばしいことに違いありません。非常にわかりやすい開発の進捗状況を測るモノサシができるわけですからね。
 そしてその「相当に強い引退棋士」の一人がまさに米長会長です。しかも、こう言っては失礼ですが、会長も羽生さんに勝てると思っていれば引退していませんよね。
米長 それはそうですね。
梅田 すると、会長の強さが今、全プロ棋士のランキングでどのくらいのところに位置するかはわかりませんが、少なくともトッププロよりは弱いと。その米長邦雄を倒せないようでは、まだまだトッププロに挑戦する資格はない。これは「とにかく早く羽生とコンピュータを戦わせろ」と主張する人を黙らせるだけの説得力があるのではないでしょうか。
 行きがかり上、対局料は中央公論が出す。その流れで、竜王戦のスポンサーである読売新聞も巻き込んでしまえばいいですね。
米長 よしわかった! 次は私がやりましょう。名誉八段の渡邉恒雄様にもぜひよろしくお伝えください。(笑)

ドラマを作りたい

米長 私もね、将棋ファンが何を望んでいるかくらいわかります。ファンは羽生善治や渡辺明といったトッププロとコンピュータの対局を見たい。でも私は、「どちらが勝った」「どちらが負けた」という話にもっていくのではなくて、人間とコンピュータの協力関係をとにかく長続きさせたいんです。
 挑戦状の受け渡しがあったということは、恋愛ドラマで言えば、今はようやく二人が「愛してる」と言ったところなんですよ。でも結末がどうなるかはわからない。一緒になって終わるハッピーエンドなのか、別れてしまうのか。それとも別な人とくっつくことがあるのか。ドラマというのは結末までの展開を楽しむものであって、早く結末を見てもしかたないでしょう。(笑)
 それに、マラソンや駅伝のテレビ放映を見ていると、自動車メーカーがスポンサーになっていることがありますよね。「走る」ということだけで考えれば、人間は車に勝てません。でもマラソンランナーが、懸命に練習をして、本番ではプレッシャーをはねのけて孤独な戦いをする。その姿は、見ている人の感動を呼び、興行として成り立つわけです。同じように、「考える」ということについて、人間がコンピュータに勝てないというときが万が一来たとしても、お互いがお互いにとってマイナスにならないような関係でありたいと思うんです。そういう関係を作り上げるのが会長の仕事だと考えているんです。
 かわいそうなのはチェスの世界です。人間とコンピュータとの間でそういう補完関係が築けないままに、結論らしきものを出してしまった結果、人間 vs.コンピュータの対局をしたことが、お互いにとってプラスに働いているようには思えません。

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