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〔12月13日UP!〕
「性の橋渡し役」は天使か悪魔かビジネスマンか

ルポ●セックス・チェンジ・コーディネーター

八木澤高明=フォト・ジャーナリスト
〜「中央公論」2011年1月号掲載

あくまでビジネス

 旅行代理店に入った石田さんにとって、この性転換手術のパックツアーは、最初から最後まで任せられた初めての仕事だっただけにやりがいを感じていた。しかし、彼にとって不幸なことにと言うべきか、幸いなことにと言うべきか、その旅行代理店が倒産してしまう。
「正直、会社が潰れた時は悩みました。性転換の仕事をするためにタイに来たわけではないし。ただ離婚をしたこともあって、日本に帰りたいとは思わなかったんですね。それでとにかくお客さんが来る限り、この仕事を続けてみようという気になったんです」
 石田さん以外の性転換コーディネーターは、性同一性障害の患者が、現地で実際に手術を受けたのちにコーディネーターになる例が多いようだ。こんな言い方はおかしいかもしれないが、石田さんはまったくの男性である。そして、彼自身はこの仕事をビジネスであると言い切っている。
「タイに家も買ったし、一生ここに住みたいっていう気持ちがあるんです。一から始めた仕事だし、相手に喜ばれる仕事でもある。自分には合っていると思います。ただ法律が変わったり、お客さんが来なくなってしまったら、続けようにも続けられません。そうなればまた別の仕事を探すでしょうね。僕にとってこの仕事はあくまでタイで生きていくためのビジネスなんです」
 このような彼の言葉を聞いていると、石田さんのそうした心がけは、「かえって患者のためになっているのではないか」と思わずにはいられない。患者たちは、性転換手術を受けるために、わざわざタイまでやって来る。観光するためではないし、おいしい食べ物を求めているわけでもない。とにかく「手術が成功し、新たな人生の展望が開ければいい」と願っているはずだ。思い入れなど必要ない。ただただ安心して手術の環境さえ整えてくれれば、それでいいのである。
 石田さん自身は、性同一性障害の患者をどのように見つめているのだろうか。
「自分もこのような見てくれだから、タクシーの運転手に男なのか女なのかと尋ねられたり、アラブ人にいくら? と聞かれたこともあったりするんです。そうすると、性別とは何なのかって、どうしても考えてしまう時がありますよね。僕自身は水商売の世界が長くて、ミックバーというニューハーフもオナベも交じった店で働いていたこともあったから、誰と接する時も、男か女かではなくて、ひとりの人間と見ていますね。性別は関係ないですよ」
 この、少年のようなあどけない風貌をした石田来という男にとって、今の仕事はまさに天職だったのではないだろうか。

タイなら料金は三分の一

 日本から性同一性障害の患者が手術を受けに来るというので、バンコク・スワンナプーム空港に同行させてもらうことにした。今回の患者は、女性から男性への性転換手術を希望していて、子宮の摘出手術を受けるのだという。空港のミーティング・ポイントへ向かう途中で、石田さんはぽつりと言った。
「患者と空港で会うのは意外に大変なんですよ。前に、男性から女性になりたいという人がいたんです。そういう人って普通は女性っぽい格好をしたりしているもんなんですけど、その人はおっさんそのものの格好で来た。それでまったく気がつかなかったんですね。だから会う時が一番緊張します。まぁ今回は大丈夫だと思いますけど」
 石田さんの心配は杞憂に終わり、今回の患者である及川七さんが、スーツケースを押す旅人がせわしなく行き交う空港の一角に、どこか緊張の面持ちで立っているのがすぐ見つかった。
 先ほど私にした「手術を受けに来た男性の患者に気づかなかった話」を及川さんにもして、旅の緊張をとろうとする石田さん。彼の姿勢を見ていると、「手術のアテンドをする」といった堅苦しさはなく、バンコクの友人が空港に迎えに来て、すべてを手配してくれるような気安さがある。服装もいつものTシャツにジーパン。あまりにもラフなので傍から見ている私のほうが冷や冷やしてしまう。だが、たぶんこうした姿勢のほうが、手術を受ける患者さんには良いのだろう。あくまでも石田さんは自然体、いつものままである。
 及川さんはすでに乳房の切除手術を日本で受けている。バンコクでの手術を決断したのは、現在働いているクラブの先輩から紹介されたのと、料金の安さに魅力を感じたからだという。ちなみに今回及川さんが受けることになっている子宮摘出手術を日本で受けると約一〇〇万円かかると言われている。しかしタイで受けるとなれば、為替レートにもよるが、約三〇万円で済む。約三分の一の料金だ。
 空港からバンコク市内まで戻ると、私はホテルの一室で及川さんに話を聞いた。

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