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〔新着12月13日UP!〕
「性の橋渡し役」は天使か悪魔かビジネスマンか

ルポ●セックス・チェンジ・コーディネーター

八木澤高明=フォト・ジャーナリスト
〜「中央公論」2011年1月号掲載

〈陰と陽とここに開けて、二霊群品の祖となりたまひき〉
 我が国最古の歴史書である『古事記』に描かれる「国産みの神話」によれば、男神であるイザナギと女神であるイザナミによって、日本列島は造られたことになっている。この「国産み神話」が意味するのは、人間社会や国家にとって根底をなすのは「男」と「女」であるということだ。
 私たちは「男性」と「女性」という身体的特徴を持って生まれる。それだけではない。社会や国家によって、本人の意思とは関係なく、社会的な存在としての「男」と「女」、つまりは「陽」と「陰」に振り分けられる。
 しかし、このように・決められた性・に対して違和感を覚える人々が世の中には存在する。最近になって、そうした人々は性同一性障害という病気の患者として認知されるようになった。
 女性の患者、つまり身体的な特徴は「女性」だが、心は「男性」である患者はFtMと呼ばれる。Fとは英語で女性を意味するFemale、Mとは男性を意味するMaleのことで、「女から男へ」を意味する。一方、男性の患者はMtFと呼ばれている。
 日本人の患者数は五〇〇〇人前後と言われているが、潜在的な患者数はもっと多いと考えられている。「24時間テレビ」でマラソンランナーを務めたはるな愛さんなど、最近はテレビをつければ、性同一性障害を抱えたタレントの姿を目にすることも多くなった。ちなみに、はるな愛さんは、毎年タイで行われるニューハーフの美人コンテスト、「ミス・インターナショナル・クイーン2009」で優勝している。
 性同一性障害の患者の存在自体は、社会的な認知度が次第に高まってきていると言えよう。しかし、実際に手術を受ける際にはどのような手続きが必要なのか、どのような人間が仲介に入っているのか、といった性転換にいたる背景はほとんど知られていない。
 人の興味が集まるものは、ビジネスになる。もちろんこの性転換も例外ではない。しかし、売買春のように「性行為」ではなく、「性」そのものをビジネスにするとは一体何を意味するのだろうか。私は、安くて質の高い手術を受けられるということで日本人も多く訪れる、性転換手術の本場タイの首都バンコクへ取材に向かった。

「性の橋渡し役」との出会い

 バンコクの中心部を走るスクンビット通りは、常に車で溢れ、その間をバイクが猛スピードで通り抜けていく。通りの両側にはフルーツや焼き鳥などを売る屋台が立ち、活気に満ちている。その通りのなかでも、エンポリアムデパートという高級ショッピングモールがある一角は、居酒屋から本屋、果ては怪しげなマッサージ屋まである。日本語の看板もよく目につき、多くの在タイ日本人の姿を見かける。タイに住む日本人の数は、企業の駐在員から現地採用者、年金生活者、さらには在留届を出さないで暮らす者までを含めれば、七万人以上になるという。そうした日本人たちが、一度は足を運ぶ場所がエンポリアムデパート周辺なのである。ここに来れば、タイでの生活において必要なものはもちろん、日本製の商品まで、揃わないものはない。
 エンポリアムデパートの一階入り口にあるルイ・ヴィトンの前で、男から女へ、あるいは、女から男への性の橋渡し役を務めるセックス・チェンジ・コーディネーターの石田来さんと待ち合わせをした。
 指定された時間にその場所へたどり着くと、Tシャツにジーパン姿のひとりの青年が立っていた。おそらく石田さんなのだろう。近づいていく私に気がついた彼は、ぺこりと頭を下げた。
「こんにちは。はじめまして、石田です」
 身なりを見ると、アジアを旅しているバックパッカーの若者のように見えなくもない。しかし、バックパッカーにしては肌が白く、男性にも女性にも見える。石田さんは中性的な雰囲気を漂わせていた。
「よく男に、女と間違われるんですよ。だけど僕はまったくのノンケですけどね」
 どこか飄々としていて軽い。それが第一印象。性転換手術という、ある意味で人生を左右する重いイベントからは、対極に位置しているような印象を受けてしまう。一見、新宿や渋谷といった繁華街を普通に歩いていそうなこの若者に、私は俄然興味が湧いた。
「そろそろ雨期は終わるんですけどねぇ。このごろの天気はおかしいですよ」
 彼の言う「季節外れの雨」が降るなか、私たちはエンポリアムデパートからほど近い日本料理屋に入った。小さな店内は日本人の客でいっぱいであり、タイ人の従業員が日本語でオーダーを取りながら、きびきびと動いていた。現在、ひとり暮らしをしている石田さんはよくこの店に来るそうだ。石田さんはハンバーグ定食、私はうどんを頼んだ。見た目といい、味といい、出てきたものは、日本で食べるものとまったくと言っていいほど変わらないものだった。こうした食事の充実も海外で暮らすうえでは重要な要素だ。タイは日本人にとって暮らしやすい土地なのだろう。

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