四神の旗第三回

「どうだ。力を貸してくれるか、房前(ふささき)。長屋王(ながやのおう)と共に、余を、いや、余の子孫代々、玉座を継いでいく後の世の天皇たちを支えてはくれぬか」
 房前は安宿媛(あすかべひめ)の顔を盗み見た。安宿媛は心ここにあらずという風情だった。
「太上天皇様も、そのためにそなたと長屋王を呼び、そなたを内臣(うちつおみ)に任じたのであろう。もちろん、そなたは不比等の息子、藤原の一族。藤原の家が大事なのはわかっておる。しかし、その前に、そなたは余の臣なのだ」
「心得ております」
 房前はゆっくりと口を開いた。
「頼りにしてよいのだな」
「わたしは常に、首(おびと)様の僕(しもべ)にございます」
 首皇子がうなずいた。
「よくぞ申してくれた。そなたこそ、余の一番の臣下だ」
「恐れ多きお言葉」
 房前は頭を下げ、唇を舐めた。頭の奥を兄弟たちの顔が駆け抜けていく。
 それでも――頭を上げながら腹をくくった――自分は藤原の一門である前に天皇の臣下なのだ。
「下がってよいぞ、房前」
 首皇子の言葉にうなずき、腰を上げた。
「首様、兄上をお見送りしてきてもよろしいですか」
 安宿媛が口を開いた。
「もちろんだ。兄上と昔話に興じてきてもよいのだぞ」
「ありがたきお言葉」安宿媛が腰を上げた。「参りましょう、兄上」
 安宿媛に促され、房前は部屋を出た。
「難しいことになりましたね、兄上」
 安宿媛が押し殺した声を出した。
「わたしは首様の信頼にお応えしたいと思っています」
 房前の言葉に安宿媛が笑った。
「なにかおかしいですか」
「兄上らしいと思って。でも、武智麻呂(むちまろ)兄たちのお考えはどうでしょう」
「だから難しいとおっしゃったのですか」
「ええ」
「武智麻呂兄や麻呂(まろ)はわたしとは違う考えを持っているでしょう。宇合(うまかい)はよくわかりませんが」
「武智麻呂兄と対立するようなことになったらいかがなさるおつもりですか」
 安宿媛は房前の後ろをついてくる。侍女も資人も近くにはいなかった。あらかじめ指示しておいたのだろう。かなり離れたところをついてくる。
「先ほども申しましたように、わたしは首様の臣下です」
「武智麻呂兄も困るでしょうね」
「安宿媛様はどうお考えなのですか。あなたも、藤原の娘である前に、首様の妃(きさき)です」
 安宿媛がまた笑った。
「わたしは首様の妃であり、藤原の娘であり、また、橘三千代(たちばなのみちよ)の娘でもあるのです」
「それはどのような意味でしょう」
「わたしもまた、兄上とは違う考えを持っているということです」
「安宿媛様、あなたは首様の――」
「わたしはわたしです。首様を愛おしく思い、また、藤原の家、橘の家にも思いを巡らさねばならぬ者です」
「わたしとて――」
「いえ」
 安宿媛は房前の言葉を遮って首を振った。
「兄上は自らに忠誠を誓うお方です。首様でも藤原の家でもなく、己の信念にのみ従うお方なのですよ。それは他の兄上たちも同じ......あら、麻呂兄様はどうかしら」
 安宿媛は幼子のように声を立てて笑った。「安宿媛様、お戯れはそれぐらいに」
「わたしも、わたしの信ずる道を歩むだけです。それをお忘れなきよう。では、ここで失礼いたします」
 安宿媛は一礼し、踵(きびす)を返した。侍女たちが足早にやって来て安宿媛を取り囲んだ。
 どの侍女たちも、三千代が手配し、安宿媛のそばに置いたのだ。耳を閉ざす時を心得ている。
 房前は去って行く安宿媛の後ろ姿に頭を下げ、胸に溜まっていた息を吐き出した。

        * * *

「麻呂殿、よくぞおいでになられた」
 佐保(さほ)の邸に足を踏み入れると、家人たちを押しのけるようにして長屋王が姿を見せた。
「長屋王様」
 麻呂は一礼した。
「堅苦しい挨拶など抜きで。こちらへ参られよ。みな、揃うております」
 長屋王に従い、宴席に向かった。すでに宴ははじまっており、酒に顔を赤らめている者も見受けられた。長屋王の佐保邸で宴が催されると知らせがあったのは先日のことだ。房前も出席すると聞いていたのだが、その房前の姿はない。
「兄の房前はまだですか」
「急な用事ができて今宵は来られないとのことです。さ、こちらへどうぞ」
 長屋王は麻呂を宴席の中央に誘った。
「長屋王様、このような席はわたしには相応しくありません。たかだが従四位上(じゅしいのじょう)の身分」
 宴席の顔ぶれは多彩だったが、多くは麻呂より位階が上の者たちだった。
「なにをおっしゃる。麻呂殿は左右京大夫(さきょうのだいぶ)ではありませぬか」
「任じられたばかりです」
「わたしが催す宴では位階は関係ありませぬ。見事な詩(うた)を詠めるのか、素晴らしい音楽を奏でられるのか、それだけです」
「わたしの詩や音楽など、たいしたものではありませんよ」
「そうですか。わたしは好きですよ、麻呂殿の詩も箏(そう)も」
 長屋王の言葉に、麻呂の胸はざわついた。三人の兄たちも見事な詩を詠む。だが、箏を弾く腕は自分が一番だと思っている。
「さあ、お座りください」
 長屋王に促され、麻呂は腰を下ろした。すぐに酒で満たされた盃が手渡される。麻呂はそれを一息で飲み干した。
 長屋王が優雅に一礼し、主の席に戻っていく。
「左右京大夫殿、どうぞ」
 隣にいた男が空になった盃に酒を注いだ。
「ありがとうございます」
 麻呂は礼を言った。男は麻呂のことを知っているようだったが、麻呂の方には覚えがなかった。もともと、麻呂は人の顔と名を覚えるのが苦手だった。
「不比等(ふひと)殿が亡くなられて、この先どうなることやらと案じておりましたが、不比等殿の息子たちはそろって出世なさりましたな。中でも麻呂殿が一番出世なされた。目出度(めでた)いことです」
 麻呂は頭を下げ、盃に口をつけた。たしかに、兄弟の中では麻呂の位階が一番上がった。だが、もともとが無位のようなものだったのだ。武智麻呂は参議を経ずして中納言に抜擢され、房前は内臣だ。宇合も要職に就いている。
 左右京大夫などとおだてられても、兄たちと比べれば見劣りするのは明らかだった。
「まずは酒と箏を楽しみ、その後で詩の詠み比べとまいりましょうぞ」
 長屋王が声を上げた。資人がやって来て、麻呂の前に箏を置いた。
「左右京大夫、藤原麻呂殿は都きっての箏の名人。その腕前を披露していただきましょう」
 麻呂は盃を置き、箏の弦の張り具合を確かめた。咳払いをして、弦をつま弾く。男たちの話し声が途切れ、宴席を箏の音色が満たしていく。
 麻呂は箏に心を込めた。
 位階などどうでもよい。今このとき、箏に心と身を委ね、思うままに音色を奏でればよいのだ。
 酒に酔い、箏をつま弾いているときだけ、自分は自分でいられる。兄たちに思いを馳せることもない。
 最後の一音を奏でると、麻呂は溜めていた息を吐き出した。箏の音は途絶えたが、余韻が残っている。だれも口を開かず、その余韻に浸っているようだった。
「お見事」
 長屋王が静寂を破った。他の者たちも表情を和らげ、麻呂に賞賛の言葉をかけてきた。
「もう一曲、お願いできますかな」
 長屋王の言葉にうなずき、酒で口を湿らせた。
 今宵は腕の動きがいい。いくらでも奏でられる。
 麻呂は笑みを浮かべ、弦に指を置いた。

        * * *

 厠(かわや)から宴席に戻る廊下の途中で長屋王が待っていた。
「みな、麻呂殿の箏の腕前と詩に感銘いたしておりまするぞ」
「箏も詩詠みもいつものごとく、たいしたものではございません。長屋王様もご存じでしょう。わたしを褒め称えたところでなにもでてきはしません。それとも、なにか含むところがおありなのですか」
 酒が麻呂を大胆にしていた。
「ふくむところなどはありませぬが、房前殿の弟君には、いずれ、力を貸していただきたいとは思っております」
「わたしの力を。わたしなどにはなんの力もありませんが」
 麻呂は自嘲した。
「武智麻呂殿と房前殿は違う道を歩まれることでしょう。宇合殿は唐帰りゆえ、また、違う道を行かれるかと。麻呂殿はどういたします。武智麻呂殿と同じ道を歩まれるのか。あるいは、房前殿と歩を合わせるのか」
「わたしもわたしの道を参ります」
「これは、ご気分を害されましたか」
「そのようなことはありません。わたしは藤原の末子。自らはなにもしなくても、周りが勝手に位階と職をあてがってくれます。それを頼りに、箏を奏で、詩を詠み、酒を飲んで生きていくだけです」
 長屋王が微笑んだ。
「麻呂殿はまだ若い。いずれ、自らの本当の力と欲に気づかれることでしょう」
 欲という言葉が胸に刺さった。胸の奥で熾火のように燃えているものが確かにある。だが、麻呂はその炎を燃え上がらせることを恐れていた。
「そんなときが来るのでしょうか。いつになるのでしょうね」
「いずれ、阿閇(あへ)様は天に召されます。そうなれば、氷高(ひだか)様は皇位を首様に譲られましょう。麻呂殿が本当の自分に気づくのはそのときでしょう」
「長屋王様はそのときを待ち望んでおられるのですね」
 麻呂は言った。長屋王の表情がかすかに歪んだ。
「何度も申しますが、わたしはわたしの道を参ります」
 一礼し、長屋王の傍らを通り過ぎる。その瞬間、わかった。
 長屋王は虫が好かない。
 麻呂は唇を噛み、足を速めた。あれほど酒を飲んだというのに、酔いはすっかり醒めていた。

        * * *

「母上の様子はいかがだ」
 三千代が寝所に入ると、天皇がけだるそうに顔を上げた。顔色が優れない。太上天皇が病に伏し、天皇はすべてをその肩に背負っている。背負う荷の重さは三千代の想像を遙かに超えていることだろう。
「お辛そうでございます」
 三千代は部屋の隅に腰を下ろした。
「もっと近う寄れ。そう遠くては、声を張り上げなくてはならないであろう」
「失礼いたします」
 天皇に近づき、相対した。
「母上がいなくなったら、わたしはどうしたらよいのだ」
「氷高様、天皇はもっと毅然としていなければなりません」
「なりたくてなったのではない」
「それは存じております」
 天皇は湯の入っている器に口をつけた。
「母上は怒るだろうが、すぐにでもこの座を首に譲ろうと思っている」
「なりませぬ」
 三千代は言った。
「なぜだ」
「首様は不比等の孫。首様が玉座に就けば、また、藤原の者たちが権勢を振るうと思っている家臣たちがおります。その者たちがこぞって反対するでしょう。そうなれば、氷高様の心労は増すばかりです」
「では、どうすればよいのだ」
「お待ちになるのです。長屋王様が朝堂を意のままに操れるようになるまで、待つのです。長屋王様なれば、それほど長く待つ必要はございません」
 天皇が溜息を漏らした。
「わたしも母上と共に天に還りたい」
「氷高様」
 三千代は声を上げた。
「本気だぞ、三千代。わたしは首を玉座に就けたいという母上と不比等のための贄(にえ)だ。不比等もおらず、母上もいなくなるのであれば、贄でいる必要もない」
「これまでのご苦労をすべて無になさるおつもりですか。阿閇様と氷高様が共にいなくなれば、次の天皇をだれにするかで争いが起こり、政(まつりごと)は滞ります。そうなれば、困るのは民です」
「民草を持ち出すのはずるいぞ、三千代」
「もうしばらく耐えてくださいませ。氷高様あってのこの国なのです」
 天皇がまた溜息を漏らした。
「武智麻呂と房前はどうなっておる。そなたの目論見通りに進んでいるのか」
 三千代は首を振った。
「池の水はさざ波ひとつ立てておりません。なにかが起こるのは、首様が玉座に就いた後にございましょう」
「長すぎるな」
 三千代は微笑んだ。
「吉備(きび)様を頻繁に宮中にお呼びになればよいのです」
 三千代は天皇の妹であり、長屋王の妻である吉備内親王(ないしんのう)の名を口にした。ふたりはとても仲のよい姉妹だった。
「吉備とて、宮中は息が詰まるであろう。顔には出さぬが、よくわかる。わたしのために己を殺してくれているのだ」
「吉備様の優しさにお甘えなされ。それがかなわぬのなら、せめて安宿媛と話をなさるのがよいかと。あの娘は聡明です。氷高様のご心労もすぐに察しましょう」
「あれは不比等の娘だ」
「わたしの娘でもあります」
 天皇の頬が緩んだ。
「そうであったな。ゆるせ、三千代」
「ゆるすなど滅相もない」
「不比等が恨めしいのだ。あの者のせいで、わたしは夫を持つこともかなわなかった。母上と吉備以外にはだれもおらぬ。だが、吉備は宮の外で暮らしておるし、母上はこの世からいなくなる。寂しい。辛い。苦しい」
「お察しいたします」
 三千代は頭を下げた。
「そなたも、母上が死ねば、入道する。わたしはひとりだ」
「入道と申しても、寺に住むわけではございません。ときおり、顔を出して氷高様の慰めになりましょう」
「安宿媛か。確かに、不比等の娘というより、そなたの娘だ。首も深い情けをかけておるそうな。そなたの申すとおり、これからは折を見ては呼ぶことにしよう」
「ありがたきお言葉。安宿媛もたいそう喜ぶことでしょう」
 三千代は深く頭を下げた。
「ときおり、宮の外で暮らしていたときのことを夢に見る」
 天皇が言葉を継いだ。三千代は口を結んだまま耳を傾けた。
「首にこの座を譲っても、太上天皇として祭り上げられ、宮から出て暮らすなどままならぬのだろうな」
「御行幸にいらっしゃってはいかがです。少しは気分も変わりましょう」
「行幸か。それも良いかもしれぬ」
 天皇はまた溜息を漏らすと、物思いに沈んでいった。

 太上天皇が崩御したのは十二月に入ってまもなくのことだった。病に伏せったのは夏の声が聞こえるかどうかというころだったから、大きな混乱はなかった。だが、年の瀬が近づいても都は静まりかえったままだった。
 人の姿もまばらな都の大路を歩き、武智麻呂は中納言、大伴旅人(おおとものたびと)の邸を訪れた。
「よくおいでになった、武智麻呂殿」
 旅人が太って見えるのは何枚もの衣を羽織っているからだ。年が年なだけに寒さがこたえるのだろう。
 この冬は寒さが厳しかった。
 部屋に通され、温めた酒を供された。武智麻呂は酒に口をつけると、対面した旅人の顔を見据えた。
 旅人は酒に顔を赤らめている。古(いにしえ)から武門として名高い氏族の氏上(うじのかみ)は、今では酒と詩を愛する老人だ。
「先日、とある場所で詩詠みの宴が催されましてな。そこで宇合殿と会いしました」
 旅人が口を開いた。
「そうですか」
「宇合殿は詩の才に恵まれておりますのう」
「あれの詩には、嫉妬を覚えることもあります」
 武智麻呂はまた酒に口をつけた。唐から戻ってのち、宇合の漢詩は格段に良くなった。兄弟の中では武智麻呂がもっとも詩の才に恵まれていると言われてきたのだが、宇合の詩には一目置かざるを得ない。
「なんの、武智麻呂殿の詩も素晴らしい」
「旅人殿の足下にも及びませぬ」
「それで、今日はどのような用向きで」
「実は――」武智麻呂は背筋を伸ばした。「阿閇様が亡くなられてから、朝堂の様子が変わりはじめているのは旅人殿もお気づきでしょう」
 旅人がうなずいた。
「このところ、右大臣は舎人親王(とねりしんのう)様や穂積親王(ほづみしんのう)様、巨勢邑治(こせのおおじ)殿を頻繁に佐保の邸に招いているようです」
 巨勢邑治はもうひとりの中納言だった。
「わたしも何度か顔を出しておりますぞ」
 旅人の言葉に武智麻呂はうなずいた。
「長屋王様は内密の集まりだと申しておりましたが、武智麻呂殿の耳はよく聞こえるようだ」
 旅人は盃を干した。武智麻呂は空になった盃に新たな酒を注いだ。
「さほどよく聞こえる耳でもないので、佐保の邸でなにが話されているのかまでは聞こえません」
「酒を酌み交わし、詩を詠んだり、花や月を愛でたり。そんなところでございましょう」
「旅人殿――」
「武智麻呂殿、逸る気持ちはよくわかりますぞ。しかし、逸ったところでいかんともしがたいことがある。今は力を蓄えるとき。あなたはまだ若い。焦りは禁物ですぞ」
 旅人は幼子を諫(いさ)めるように言った。
「では、旅人様は長屋王様と同じ道を歩まれるのですね」
「それが首様のお望みなら致し方ありません。我らはみな、天皇の臣下なのです」
「首様が......」
 武智麻呂は喉の渇きを覚えた。
「房前殿から聞いておりませんか。首様は、自らが玉座に就いた暁には、政を主導することを望んでおられるとのことです。すでに、房前殿にはその意を漏らされたとか」
 武智麻呂は両の拳をきつく握った。房前からはなにも聞かされていない。
「それは誠ですか」
「さて。わたしも長屋王様から聞かされただけなので。しかし、疑う理由はありません。首様にはあなたと同じ血が流れておりますからな。不比等殿の血です。自ら政を導きたいと思われるのは当然では」
「房前は、いつ、首様からそのような話をされたのでしょう」
「さて。長屋王様の口ぶりでは、阿閇様が崩御なさるだいぶ前のことだとか」
 武智麻呂は痛みに顔をしかめた。拳を強く握りすぎて、爪が掌(てのひら)の皮膚に食い込んでいる。
「房前殿を責めてはなりませんぞ。内臣としての務めを果たしているに過ぎませんからな」
「心得ております」
 声が震えそうになり、武智麻呂は意志の力でそれを抑えた。怒りにはらわたが煮えくりかえっている。
「首様も安宿媛も、あなたたちの身内のようなもの。いずれ、首様が玉座に就けば、武智麻呂殿の位階も上がりましょう。それまで待つのが最善です」
 そのときが来たなら、朝堂にあなた方の居場所はない――武智麻呂は喉元まで出かかった言葉を飲み込んだ。
「そういたすことにしましょう。無粋な話はここまでにして、今宵は旅人殿と詩を詠みたいと思っているのですが」
「それはよいですな。紙と筆を用意させましょう」
 旅人の顔がほころんだ。酒と詩がなによりの楽しみなのだ。
 麻呂と同じだ――武智麻呂は独りごちた。盃に残っていた酒を飲み干し、掌に滲んだ血を酒で濡れた舌で舐め取った。

四神の旗

Synopsisあらすじ

「そなたらはこの国の四神となれ」

自らの一族を「神」にしようとした男、藤原不比等は没した。

遺された四人の子ーー武智麻呂、房前、宇合、麻呂は父の意志を受け継ぎ、この国の中枢に立つことを決意する。その野望を阻むのは類い稀なる政の才覚を持つ皇族、長屋王。そして父・不比等の妻にして最大の協力者、橘三千代であった。陰謀渦巻く宮中で巻き起こる、古代史上最大の事件とは……。

Profile著者紹介

はせせいしゅう

1965年北海道生まれ。出版社勤務を経てフリーライターになる。96年『不夜城』で小説家としてデビュー。翌年に同作品で第18回吉川英治文学新人賞、98年に『鎮魂歌(レクイエム)――不夜城Ⅱ』で第51回日本推理作家協会賞、99年に『漂流街』で第1回大藪春彦賞を受賞。著書に『比ぶ者なき』『パーフェクトワールド』『雨降る森の犬』など多数。

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