もぐら新章 波濤第四回

第1章(続き)


 沖縄でタクシードライバーをしている内間孝行(うちまたかゆき)は、休日に大分刑務所を訪れた。
 窓口で面会手続きをし、施設職員と共に面会室へ向かう。職員が面会室のドアを開けた。
「こちらでお待ちください」
「どうも」
 会釈して中へ入る。
 アクリル板に隔てられた狭い部屋に入り、椅子に座って待つ。五分ほどして、対面の部屋のドアが開いた。
 渡久地巌が入ってきた。ドアの前で手錠を外される。
「面会が終わったら、ブザーで知らせるように」
「わかりました」
 巌は頭を下げ、中へ入った。後ろのドアが閉まる。
 巌が対面に座った。
「久しぶりだな。まだ、タクシー転がしてんのか?」
「運転くらいしか取り柄がねえもんで」
 内間が笑みを覗かせる。
「巌さんも元気そうですね」
「規則正しい生活しているからな。それだけで健康になる」
「丸刈りもイケてますね」
「楽でいいぞ、坊主は。おまえもどうだ?」
 巌が頭をさする。
「いや、俺は頭の形が悪いんで」
 苦笑する。
「頼んだ本は持ってきてくれたか?」
「はい。なんたら経済学とか法律関係の本ですよね。楢山さんに渡された本、差し入れしときました」
「楢さんに礼を言っておいてくれ」
「はい。でも、びっくりです。巌さんが、何やら小難しい本を読むようになるなんて」
「暇だからな、この中は」
 ちらりと後ろを見やる。
 渡久地巌は、渋谷で裏カジノを管理していた件や沖縄での放火、座間味組での殺傷などで、七年の禁固刑を言い渡され、大分刑務所に収監されていた。
 大分刑務所は、九州一円の刑務所を管轄する福岡矯正管区で唯一、禁固刑の受刑者を受け入れている施設だ。
 巌の経歴と罪状を鑑みると、十年を越える懲役刑で、犯罪傾向の進んでいる者が入るLB区分の刑務所に送られてもおかしくはなかったのだが、波島組の資金源の解明に貢献したこと、本人が反社会勢力との関係を断つ決意が固かったことなどが考慮され、禁固七年の刑となった。
 収監後は、楢山と金武が時々顔を出している。
 今日は楢山も金武も用事があったので、代理で内間が面会に来ていた。
「それにな、内間。やっぱ、バカじゃいけねえと思ったんだよ」
「なぜですか?」
「バカだと使われるだけ。勉強できるヤツが賢いとも思わねえんだが、裏の世界で頭を張ってる連中は、少なくともバカじゃなかった。で、使われてる連中は総じてバカだった。俺が言うバカってのは、自分の頭で考えようとしない連中のことだ。なぜ、そうした連中が、自分で考えることをやめるかわかるか?」
「いや......」
「考える土台がねえからよ。難しい言葉つかわれりゃ、そこで思考を停止する。複雑で面倒な話が出てくりゃ、考えるのをやめて成り行き任せ。で、こいつに頼る」
 巌は拳を握った。
「巌さんはバカじゃないじゃないですか。しっかりいろんなこと考えて動いてますよ、いつだって」
「そう言ってくれるのはうれしいが、買いかぶりだ。賢けりゃ、もっとまともに生きてた」
 巌は自嘲した。
「暇はたっぷりあるからな。いろんな本を読んで、少しは考えられる自分になるよ」
「前を向いてる巌さん、かっこいいっす」
 内間は笑顔を見せた。が、すぐ真顔になる。
「どうした?」
 巌が問いかけた。
 内間はうつむいた。そして、大きく息をつき、顔を上げた。
「まともな道に進もうとしてる巌さんに、こんなこと伝えたくないんですけど、耳に入っちまったもんで......」
「言ってみろ」
 巌は笑みを見せ、促した。
「啓道さんが戻ってきます」
 内間が言った。
 巌の顔から笑みが消える。
「出てくんのか、あの人が......」
 眉間に皺が立つ。
 巌も内間も、綱村が逮捕された当時はまだ子供で、直接会ったことはない。
 が、座間味の綱村がどういう男かは、周りの大人たちから聞かされていた。
 綱村は流れ者だった。出身は北陸の方だと聞いている。
 沖縄にたどり着いた綱村は、那覇市の繁華街松山で派手な乱闘事件を起こした。
 本来なら、当時松山を仕切っていた座間味組の事務所に連れていかれ、半殺しの目に遭うところだが、組長になったばかりの古謝(こしゃ)が度胸と腕っぷしをたいそう気に入り、組に迎え入れた。
 それに恩義を感じた綱村は、組内に武闘派を結成し、近隣の敵や内地から出張ってくる組織の人間を片っ端から叩きのめした。
 その強さは人間離れしたものだった。全身二十ヵ所を刺されながら、数十名の敵を半殺しにしたなどという化け物じみた伝説すらある。
 綱村が沖縄から姿を消したのは、二十年前のこと。対立していた暴力団のマンション事務所に殴り込んだ際、相手が一般住民を盾に使い、綱村たちの襲撃を逃れようとした。
 が、怒り狂った綱村は、一般住民の壁を突破し、抗争相手を組ごと殲滅(せんめつ)した。
 沖縄県警は、一般市民にまで犠牲者が出たことを重く見て、綱村とその仲間を一斉検挙した。
 そして、首謀者とされた綱村は、懲役十九年の実刑判決を受け、収監された。
 他の綱村一派の者たちも懲役刑となったことで、座間味組内から過激な武闘派は一掃された。
 隆盛を誇っていた座間味組は、その後、警察と敵対組織から切り崩され、徐々に力を失い、縮小した。
「啓道さん、まだ座間味がなくなったことを知らないらしいんですよ」
 内間が言う。
「まずいな、そりゃ......」
 巌が拳を握る。
「内間。手を煩わせてすまねえが、昔の仲間に声かけて、竜星と真昌をそれとなく警護してくれないか」
「そっちは、楢山さんと金武さんが引き受けるみたいですよ」
「そうだろうが、どんなに万全でも穴はあるもんだ。警戒の目は多いほうがいい」
「わかりました。巌さんも気をつけてくださいね」
「俺は箱の中だ」
「そうですけど、相手は啓道さんです。どんな手を使ってくるか、わからねえ」
「そうだな。気をつけておくよ」
 巌は内間を見つめ、強く頷いた。

もぐら新章 波濤

Synopsisあらすじ

最強のトラブルシューター「もぐら」こと影野竜司の死から十年余。生前の父を知らぬ息子・竜星は沖縄で高校生になっていた。ひょんなことから、暴力団組織・座間味組が手がける犯罪に巻き込まれ、かつて父・竜司とともに数々の難事件にあたってきた仲間たちとともに事件解決に乗り出した竜星は、度重なる危機の中で亡き父から受け継いだ「最強の血」を覚醒させる。(『もぐら新章 血脈』2018年3月刊)

座間味組を解散に追い込んで一年余、高校三年生の竜星は平穏な日々を送っていた。ところがそこに、かつて座間味組の武闘派グループを率いていた最凶の男・綱村啓道が刑務所から出所しようとしていた……

Profile著者紹介

1964年兵庫県生まれ。文芸誌編集などを経て、小説家へ転向。「もぐら」シリーズ(小社刊)が100万部を突破しブレイクした。他の著書に、「リンクス」シリーズ、「D1」シリーズ、「ACT」シリーズ、「カミカゼ 警視庁公安0課」シリーズ、『コンダクター』『リターン』『AIO民間刑務所』などがある。

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