持続可能な魂の利用第6回

 高層ビルから直通の地下道に出るとすぐに、敬子はイヤホンを耳に入れ、××たちの音楽を再生した。
 ドラマティックで切実なイントロが流れ出す。たったそれだけで、何度も聴いているのに、敬子の気持ちはもう昂ぶる。はじめて聴いた時の気持ちが蘇る。
 敬子は彼女たちの声とともに、歩き出す。天気予報では午後の雲行きが怪しかったので、濡れてもいい合皮のローファーを履いてきた。ごつごつした靴の感触が、頼もしく感じられた。
 行き交う人たちの、イヤホン率の高さ。なにしろプレイボタンを押すだけで、好きな歌が聴いている人それぞれの日常を救いにくるのだ。
 片っ端からイヤホンをしている人たちの肩を叩いてまわり、わかるよ、と敬子は声をかけたい気持ちになった。
 地下道の壁は変色し、つながっている高層ビルの一つは老朽化で改装を予定され、中のテナントは軒並み撤退している。マクドナルド以外の飲食店のプレートが外された案内板を見ると、世界の終わりってこんな感じかもと敬子は思う。同じビルに入っていた、敬子のお気に入りだったロシア料理店は近くに移転したが、レディースクリニックでピルを手にいれた後に時々立ち寄るのが習慣だったため、まだ行ったことはない。
 歌が終わる。次の曲がはじまる。敬子は自然と早足になる。地下の雑踏をぐんぐんと抜けていく。
 反抗しろ、と男たちが書いた楽曲を反抗せずに言われるまま歌っている、従順な彼女たちの歌に、こんなに惹きつけられるのはなぜだろう。搾取と消費の構造がわかっているのに、それでも、彼女たちに惹きつけられてしまう。社会という搾取と消費の構造の中で生きている敬子たち市民だからこそ、惹きつけられるのかもしれなかった。その構造の中で生き抜くことが、どれだけ大変で、難しいことかわかっているからこそ。
 歌が下手だと、ダンスが下手だと、学芸会だと彼女たちが揶揄されるのを目にするたび、敬子の胸はつまらなさでいっぱいになった。日本のエンターテインメントが彼女たちのせいでダメになったと嘆く人たちは多かったが、それにただ頷いて切り捨てることができないくらいに、敬子は彼女たちを愛していた。そうじゃない、そうじゃないんだ、と思った。
 もっと、そう、生き様を目撃している感じだ。
 敬子は××たちの生き様から目を離すことができない。たとえおなじみの構造の中とわかっていても、それでも、トライすることを選んだ彼女たちから。その先に何があるのか、敬子は見たい。知りたい。それは、鏡のように似通った構造の中で生きている敬子たち自身のその先でもあるはずだから。
 ××たちは、この先があるのかもしれない、とはじめて敬子に感じさせた。それが希望じゃなければ、何を希望と呼ぶのだろう。
 なんでなん!
 彼女たちの声で溢れるイヤホンを乗り越えるようにして、大きな音が耳に飛び込んできた。
 敬子はびくっとして振り返る。急いで片方のイヤホンを外した。
 目に入ったのは、喪服を着た三十代くらいの男女だった。
 なんでなん!
 女性のほうがもう一度、男性に問い詰めるように大きめの声を上げる。
 その耳慣れない言葉とテンションが、喪服姿の女性から発せられている様子を、新鮮な気持ちで敬子は眺めた。黒いストッキングと黒いパンプス。真珠のネックレス。色のあるメイクを排除した色のない顔。
 イヤホン越しに聞くと確実に違和を感じた彼女の声は、いまこうして聞いてみると、たいした大きさではなかった。
 イヤホンをしていると、していない時よりも音に敏感になる。前後の情報や文脈から遮断されているせいか、音楽を通過して耳に届いた音だけをキャッチし、何かとんでもない事が起こったように感じる。
 今だって、彼らのほうに振り返ったのは、イヤホンをしている人たちだけだ。
 喪服の男性は、人の目を気にしたらしく、ちらちらと周囲を窺うようにすると、まあまあ、と女性をなだめた。
 なんでなん!
 まあまあ、となだめられたことで余計に苛立ったらしい女性の声がさらに大きくなった。そのボリュームに、イヤホンをしていない人たちも振り返りはじめた。
 前に向き直りながら、そりゃそうだよね、と敬子は思った。
 どういう事情かはわからないが、真面目に応じてくれず、体面だけ気にしてなだめてくるなんて、腹立たしいだけだろう。
 イヤホンを再び耳に入れようとすると、まあまあともう一度聞こえてきたので、思わずまた振り返る。
 男性が取ろうとした手を、女性が振り払うところが見えた。二人はそこで右折し、敬子の視界から消えた。
 ようやくイヤホンを戻し、××たちの世界に再突入しながら、なんでなん! と、大きな声を出し、ただひたむきに不服を訴えていた女性のことが、敬子には愛おしく感じられた。しかも喪服姿で。それに、東京ではあまり聞く機会はないが、なんでなん! という言葉の響きには、何か強いものがあるなと思った。

 家から最寄りのコンビニに入ると、敬子は弁当や惣菜が並んだコーナーに向かい、つくねと野菜のスープを手に取った。前に一度食べたらおいしかったので、隣に並んだ豚キムチ丼も気になりつつも、ついついまた手が伸びた。夕方のこの時刻なら自炊する時間もまだ十分にあったが、雑踏に疲れてしまったので、さっさと食べて、まずは空腹を封じてしまいたかった。
 横からチェックのシャツを着た青年の手がにゅっと現れ、敬子が迷った豚キムチ丼をさらっていく。擦り切れたジーンズの裾と真新しい灰色のコンバースが目に入った。
 敬子はデザートも選ぼうと、冷凍食品売り場に向かった。
 店内のあらゆる場所で、人々が物色していた。
 冷凍野菜の袋を熟読している敬子と同じ歳ぐらいの女性。サラダチキンを一つ、木からもぎ取るように鷲掴みにしてレジに直行したサラリーマン。三つ並んでいる季節限定のメロンパンを二つかごに入れ、一度その場を離れるも、すぐに戻ってきて残りの一つも手中に納めた黄色いパーカーの女性。
 イートインコーナーでは、背中の曲がった老人がクリームパンを食べている。テーブルにかけられた杖がゆらゆらと揺れていて、少し危なっかしい。その横でヨーグルト飲料を飲んでいる女の子の眉間の皺の際立ち。
 店の外では、駐車場に停まったタクシーの中で、運転手がカップラーメンをすすっているのが見えた。
 毎日たくさんの人たちが、ちゃんと生きようとしていてすごい。
 コンビニやスーパーで買い物している人たちを見ていると、敬子は時々圧倒されてしまう。
 どちらかというと、スーパーでよりも、コンビニで買い物している人たちに対してそういう気持ちが強く湧いた。材料を買ったり、料理をしたりする余裕がないなかで、なされた切実な選択であることが、明確に可視化されるからかもしれない。みんな、限られた日常を、自分自身のニーズに応えて、生きているのだ。
 えらい。
 敬子は思う。
 自分も野菜を、肉を、卵を、あらゆるものを食べて生きていかねば、ちゃんと食べていかねば。
 サラダチキン一つが入ったビニール袋を片手に、コンビニから走り去っていくサラリーマンの後ろ姿を見ながら、敬子は思う。
 まるごとブルーベリーがぼこぼこ入ったアイスキャンディーの箱に白羽の矢を立て、敬子はレジの列に並んだ。生きようとしている人たちの列に。この列に並んでいる人たちは、自分も含めて、えらいのだ。

「えらい」
「さすがにえらいでしょこれは」
「この少子化の時代にえらすぎ。感謝しかない」
 レンジで温めたつくねと野菜のスープを食べながら、敬子がパソコンで今日のニュースをなんとなく読んでいると、ママドルとして有名な女性タレントに四人目の子どもができたという記事が目にとまった。安定期に入ったので、インスタグラムを使って発表したらしい。
 記事には、ふっくらと丸いお腹に手をのせて微笑む、女性タレントの自撮り写真が添えられていた。
 十代の頃、彼女は当時のトップアイドルグループのメンバーで、同じく十代だった敬子は、夕飯時に、そのアイドルグループのパフォーマンスをテレビの歌番組でよく目にする機会があった。同級生とカラオケに行くと、必ず誰かが彼女たちの歌をリクエストし、みんなで一緒に大合唱した。体に染み付いている歌の数々は、歌詞を見なくても今でも歌えるはずだ。
 細長いしょうがを噛み砕きながら、なんとなくそのニュースに書き込まれた大量のコメントを読んでいると、お祝いや驚きの言葉とともに、
「えらい」
「えらい」
 という言葉が、次々と敬子の目に飛び込んできた。そこには、大量の「えらい」があった。
 子育てをがんばっていてえらい、というニュアンスの「えらい」も少なくなかったが、多くはそういう意味合いの「えらい」ではなかった。そもそも普段の彼女は、SNSにアップする子育ての様子を叩かれることのほうが多かった。
 これは、
「たくさん産んでえらい」
「少子化だからえらい」
 の「えらい」だ。つまり、「お国のためにえらい」という意味だ。
 その「えらい」を見ていると、みんなごはんを食べているだけで「えらい」などと、さっきコンビニで考えていた敬子はただのお馬鹿さんのように感じられた。でも、女性タレントのご懐妊のニュース、そしてそのコメント欄で少子化を憂えている何千人もの人々、その全体を目の当たりにしても特に自分を卑下する心境にならないほどには、世間が未婚の独身女性に要請する通りに心が折れない程度には、社会は変化していたし、主に社会の変化した部分を重点的に敬子は生きていたいと思っていた。
 敬子は女性タレントの自撮り写真をもう一度見る。
 パステルカラーの服を着て微笑む彼女が、国のために赤ん坊を産んでいるとは、やっぱり思えなかった。彼女は、ただ幸せそうなだけだった。
 食べ終わった敬子は、イスに引っかけていたトートバッグからピルの包みを取り出した。
 ちょうど半年分、無印良品の名刺ケースに似た大きさと形状をしたピルの箱半ダースが一セットで包装されている。
 ぴりぴりとビニールをはがすと、しゃかしゃかとまるでおもちゃみたいな軽い音がして、毎度のことながら拍子抜けした。おいおい、天下のピル様じゃないんですか、と鼓舞したくなる。
 平べったいケースを一つ手に取り、開くと、日にちによって色が分けられたまん丸い薬が二十八粒並んでいる。最後の一週間分は服用を忘れないための偽薬なので、真っ白だ。こういう駄菓子を敬子は昔よく食べていた。同じようにシート状の、ピンクや黄色、黄緑色をした極小サイズのチョコレート。あの駄菓子も振るとしゃかしゃかと音がした。


 日月火水木金土
 月火水木金土日
 火水木金土日月
 水木金土日月火
 木金土日月火水
 金土日月火水木
 土日月火水木金


 敬子はいつもするように、どの曜日に飲みはじめても対応できるべく用意されたカレンダーシールから、今日の曜日からはじまるシールを選んではがし、学校の時間割のように並んだピルの上に貼り付けた。


 日月火水木金土
 月火水木金土日
 火水木金土日月
 水木金土日月火
 木金土日月火水
 
 土日月火水木金


 取り残されたまま、使うあてもない曜日のシールを見るたびに、敬子は形容しがたい気持ちに襲われる。使われなかった曜日たちの墓。
 各々がフェルトペンで曜日を書けば済むのではないかとも思うが、この不必要な曜日のシールを貼り付けるところから、ピルを飲むという行為ははじまっているような気もした。ある意味、儀式。
 貼る位置がちょっとずれてしまったが、儀式が滞りなく済んだので、敬子は一日目のピルを口に放り込んだ。
 飲んだ実感もないくらい小さな粒。水だって必要ない。
 買ってきたブルーベリーのアイスを冷凍庫から召喚すると、もう少ししたら塩豚でも茹でよう、あれは日持ちがするし、などと考えながら、敬子はソファーに寝そべった。まだ外は明るい。

「えらい」
 ミカが言った。
「えらい」
 フミコが言った。
「えらい」
 ユキエが言った。
「えらい」
 チヨが言った。
「えらい」
 アカネが言った。
「えらい」
「えらい」
「えらい」
「えらい」
「えらい」
「えらい」
「えらい」
「えらい」
 わたしたちは何度も繰り返した。言葉が意味を失うくらいに、何かの記号に思えるくらいに、何度も。
 でも、ちゃんとわかっていた。わたしたちが「えらい」ということは。誰に言われなくても。
 だから、わたしたちはお互いに言い合った。その言葉が笑い声に変わるまで。

持続可能な魂の利用

写真:岩倉しおり

Synopsisあらすじ

ある日、カナダから帰ってきた敬子は気づいてしまった。日本の女の子たちが〝最弱な生き物〟であることに――!「アンデル 小さな文芸誌」にて連載された、松田青子による「持続可能な魂の利用」がWebBOCにお引っ越し&再スタート。日本にはびこる悪しき因習に切り込み、世界を呼吸のしやすい場所にする。人生を楽しくパワフルに変身させる物語の誕生です。

Profile著者紹介

松田青子(まつだ・あおこ)

1979年、兵庫県生まれ。同志社大学文学部英文学科卒業。著書に『スタッキング可能』『英子の森』『ワイルドフラワーの見えない一年』(以上、河出書房新社)、『おばちゃんたちのいるところ』(中央公論新社)、翻訳書に『狼少女たちの聖ルーシー寮』『レモン畑の吸血鬼』(以上、カレン・ラッセル/河出書房新社)、『AM/PM』(アメリア・グレイ/河出書房新社)『問題だらけの女性たち』(ジャッキー・フレミング/河出書房新社)、エッセイ集に『読めよ、さらば憂いなし』(河出書房新社)、『ロマンティックあげない』(新潮社)などがある。

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