持続可能な魂の利用第1回

「おじさん」から少女たちが見えなくなった当初は、確かに、少しは騒ぎになった。それは否定しない。
 何をおいても、「おじさん」自身が騒いだ。
「おじさん」は、自分たちに起こっていることは、ほかの人たちにも起こっているに決まっていると信じて疑わなかったため、盛大に騒いだ。
 ほかの人たちには何の異変もなく、いつも通りの日常だったので、騒ぎ出した「おじさん」の様子は、とても奇異に見えた。
 意図は不明だが、「おじさん」流の冗談やパフォーマンスなのだろうと、ほとんどの人は真に受けなかった。元々、「おじさん」の言うことややることは不可解だった。
 自分たちだけが見えないのだと状況を悟り、焦った「おじさん」はさらに騒いだ。
 騒ぐこと自体は特に効果を及ぼさなかったが、そのうち、少女たちが見えないことによる「おじさん」の奇妙な言動を目にするにつけ、これはどうやら本気らしいと、人々は思うに至った。
「おじさん」には、少女の姿が見えなくなったらしい。
 それは確かに不思議なことで、どうにかしなくてはならない状況ではあった。
 自分が「おじさん」であることを悟られたくないがために、少女が見えるふりを続けようとする「おじさん」も現れたが、ずれた言動は隠しようがなかった。
「おじさん」は、明らかに困っていた。
 少女の姿が見えなくて困る、と新聞に投書したり、雑誌に記事を書いたり、テレビで話したりする「おじさん」もいた。「おじさん」は世間の同情を買おうとすることもあった。
 しかし、「おじさん」に突如として降りかかった災難に一定の理解を示しつつも、「おじさん」が訴える窮状に心から耳を貸し、身を入れて状況を改善しようとする人は、なかなか現れなかった。
 理由は、「おじさん」に深刻みが感じられなかったから、というのが大きかった。
「おじさん」からは、何か大きな楽しみを奪われたというような、不服さが伝わってきた。灰色の日常に花を添えていたある要素が消えてしまったことで、「おじさん」は不満を募らせていた。目に見えて仕事に精が出なくなり、ストレスを溜める「おじさん」が明らかに増えた。
「おじさん」は不機嫌になり、そのうち下手にでることも忘れ、誰か何とかしろと高圧的にアピールしようとしたが、その頃には、もう誰も知ったことではなくなっていた。
 事態はそのまま放置された。
 一つの不可解な事象として、研究、分析する人たちは確かにいたが、その多くも「おじさん」であったことから、芳しい成果をあげることができなかった。「おじさん」は、なぜ少女は消えたのか、少女に何が起こったのか、といった問題ばかりを論じたがり、自分たちの心体に何が起こっていて、自分たちの何が原因なのか、といった点には決して踏み込もうとはしなかった。何であろうと、「おじさん」は自分に原因があるとは信じたくなかったのだ。
「おじさん」を検診した眼科医は、特に異常なし、と診断した。
「おじさん」を検診した精神科医は、特に異常なし、と診断した。
 特に異常なし?
 本当に?
 最終的に、傍観していた人たちは、このままの方がむしろいいだろうという結論に達した。
 以来、「おじさん」は少女が見えないままだ。
 まずはあなたに覚えておいてほしい。「おじさん」の世界から、少女たちが消えた年のことを。

 一方の少女たちは、はじめはだいぶ閉口した。
 あり得ないことが頻発した。
 少女の姿が見えない「おじさん」は、登下校中の彼女たちの楽しい列にぶつかってきてはよろめきながらさらにぶつかり、電車の中で少女の座っている席を空席だと勘違いして、どっしりと上に座ろうとしたりした。
 冗談じゃない。
 ふざけんな。
 少女たちは腹立たしさを覚えたが、すぐに順応することを覚えた。何しろ、少女たちからは「おじさん」は見えるのだ。これは大きなアドバンテージだった。「おじさん」の姿を見かけたら、彼らの動きを予測して、避ければいいだけのこと。楽勝だった。
 少女たちにとって、「おじさん」は、ただの障害物と化した。
 彼女たちは、「おじさん」を柱か何かのように、避けながら移動した。唯一の違いは、この柱が動くことだった。
 そのうち、彼女たちは習慣となった煩わしさの中に楽しみを見出した。
 授業中に教師の目を盗んで交換し合うメモやお菓子の類。そもそも少女たちは、大人の目を盗んで秘密を共有することが得意だった。
 少女たちは、「おじさん」には知るよしもなかったが、道を歩く「おじさん」の左右にざあっと避けてモーゼごっこをしたり、「おじさん」の後ろにすました顔で並んでみては、しばらく無言で行進したりした。
 少女たちは調子に乗った。
 少女にもいろんな少女がいる。強い少女に引っ込み思案な少女。反抗する少女に従順な少女。どちらでもない少女。しかし、「おじさん」に自分たちの姿が見えないとなると、彼女たちは同じように、手を取り合って「おじさん」を茶化し、笑い合うことができた。それはまるで啓示のような喜びを、彼女たちに与えた。

 自分たちの姿が「おじさん」の目に映らない、という現実は、少女たちの生活に大きな変化を及ぼした。
 劇的な、といってもいいものだったが、ただ、その変化、というか、違いに、彼女たちは少しずつ気づいていった。そして、それを何と呼ぶのか、各々が自分の中の感覚として、突き止めた。
 それは自由だった。
 少女たちがはじめに実感したのは、彼女たちを注視する視線が明らかに減ったことだった。
 頬に、まつ毛に、後れ毛に、胸元に、制服のスカートの裾に、太ももに、足首に、何もはりつかない、まとわりついてこない。
 ねっとりとした、あの嫌な感覚が世界から消えていた。
 少女たちは、見られる、ということから解放された。
 セーラー服も体操着も、「おじさん」に見られることがないなら、別の意味を持つこともなかった。それはただのセーラー服であり、体操着だった。ただの体を覆う布地だった、生活に必要な。
 少女たちは、「おじさん」の視線や言動に常にさりげなく気を張っていた日々を忘れ、強ばった心と体はゆっくりとほぐれていった。
 ほかの大人たちは、「おじさん」から身を守れ、と少女たちに口すっぱく警告する必要がなくなり、娘を外出させることへの潜在的な不安と恐怖で張り詰めていた神経も徐々に弛緩した。
 誰も表立って口に出すことはなかったが、これは祝福すべき変化だった。

 しかし、問題は起こるべくして、起こった。
 祝福としての復讐を、無理もないが、少女たちが嬉々として実行しはじめ、それがどんどんエスカレートした。
 復讐とはなんて簡単なことだったのだろう。
 毎日は、「おじさん」に復讐ができる新しい日の連続だった。少女たちはうっとりし、浮き足立ち、次々と新しい復讐の方法を編み出さんと、頭をフル回転させた。
 小さな復讐。大きな復讐。
 詳細は省くが、少女たちの復讐が結果として不慮の事故に結びつき、最初の「おじさん」の死者が出てはじめて、対策が取られた。

『今後一切、少女と「おじさん」の生活圏は重ならないものとする』

 住民と土地の整理が行われ、ある土地が少女たちに割り当てられた。
 少女たちは笑顔で送り出された。少女たちも笑顔だった。
 そんなことができるのなら、もっと早く、何世紀も前からそうしてくれたらよかったのに。
 その場にいる誰もが、内心そう思っていた。
 脅かす側と脅かされる側が生活圏をシェアしているのは、今になって思えば、理不尽なことだった。そもそも「おじさん」を隔離するべきなのではという声もあったが、これは致し方なかった。制度をつくった側もまた、「おじさん」だったからだ。

 終着地は、よく整備されているが緑深くもある、優しい、快適な土地だった。
 少女たちは列車の窓から、歓声をあげ、指笛を鳴らした。ファンファーレのかわりに。
 以来、「おじさん」が少女の目に触れることはない。
 まずはあなたに覚えておいてほしい。少女たちの世界から、「おじさん」が消えた年のことを。

      *  *  *

 羽田行きの飛行機の搭乗を待っているときから、変な感覚があった。理由が何かははっきりしなかったけれど、落ち着かないものを感じた。でも、気のせいかもしれなかった。何しろ空港なんて、そもそも落ち着かない場所なのだから。
 早めに搭乗ゲートに着いた敬子は、整然と並んだベンチではなく、隅のほうの壁にもたれて座り、絨毯に足を投げ出していた。これから十時間以上も窮屈なエコノミーの座席に押し込まれるのだから、できるだけ体を伸ばしておきたかった。
 イヤフォンで音楽を聴きながら、旅行用の日記を書き込んだり、文庫本を読んだりして過ごしているうちに、ゲートの前に少しずつ人が集まってきた。
 ふとした瞬間イヤフォンを外すと、その〝変な感じ〟がいきなり敬子の中に入ってきた。すぐにまたイヤフォンを耳につけ直したので、心に残るまでもなく敬子は忘れた。横に転がしていた日本では売っていない銘柄のボトルのレモネードを一口飲む。空港内のテイクアウトの店で、ラベルがかわいいと思って買った。小銭も使い切りたかった。
 敬子は空港特有のなんともいえない柄の、褪せた絨毯の上であぐらを組み、たまっていた日記を急いで書き上げようとした。
 旅行の間ぐらいは日記をつけたいと意気揚々と日本で買ってきた、ゴムバンド付きの、いつも使っているノートよりも少し高価なハードカバーのノートが敬子の膝の上にある。
 滞在中、日記を書くのは正直負担だった。そもそも日記を書く習慣がないものだから、気を抜くと、あっというまに二、三日分たまってしまうのだ。たまった日記をまとめて書いていると半日ぐらい余裕で潰れてしまうので、せっかく外国にいるのに時間がもったいないなと、この日記を書くという行為を何度も疑問に思った。でも一ヶ月間カナダにいることなんてなかなかないんだしと、敬子は自分を鼓舞して日記を続けた。カフェや公園で、普通に生活している人たちの中に混じって日記を書いていると、ここでの生活の一部になれたみたいで、そこは気に入っていた。
 さっきチェックインカウンターで空港職員と交わしたやりとりを乱れた字で綴っていると、ざわざわした気配がしたので敬子は顔を上げる。いつのまにか、搭乗がはじまっていて、長い列ができている。
 敬子はイヤフォンを慌てて外すと立ち上がり、人が密集していないあたりのベンチを選んで腰かける。自分の座席グループはまだ呼ばれないはずだ。そういえばスマートフォンの充電を忘れていたことをベンチについているコンセントを見て思い出すが、いまは機内でも充電できる。
 家族旅行ではじめて飛行機に乗った中学生の頃を思えば、信じられない変化だよな、などと考えていたら、またさっきの違和感に襲われ、敬子はぼんやりと周りを見回した。
 あたりにはいろんな国から来た、いろんな言葉を話す人たちがひしめいていて、英語にもいろんな英語があって、空港という場所だからというだけでなく、一ヶ月間滞在していたこの国だとそれはとても自然なことだった。何もおかしなことはない。
 ちょうどそのとき、自分の座席グループが呼ばれたので、敬子は長く伸びた列の一部になるために、もう一度立ち上がった。試練のフライトのはじまり。

 羽田空港に到着し、長い通路を歩き階段を下り、バゲージクレームに向かう間に、敬子は〝変な感じ〟がなんだったのか、そうそうに気がつくことになった。
 女の子たちだ。
 敬子の横を笑いながら通りすぎていく女の子たち、バゲージクレームでそれぞれのスーツケースが出てくるのを待ちながら、敬子と同じくフライト疲れの顔はしているけれど、楽しそうに話している女の子たち。数人のグループで海外旅行を楽しんで、日本に帰ってきた、日本の女の子たち。
 敬子は、信じられないような気持ちで、彼女たちのことを見た。衝撃、としか形容できないショックを敬子は受けていた。
 日本の女の子たちは、とても頼りなく見えた。
 それまではそんな風に一度も思ったことがなかったのに、日本とは違う国で、誰もがのびのびと振る舞っているように見える国で一ヶ月間過ごした敬子の目に、それは明らかに異質なものとして映った。
 まず、声が小さかった。
 日本の女の子たちは、かわいらしい、誰も傷つけることができないような声をしていた。高校時代バレーボール部だった敬子は、発声がなってない、と感じた。まるで全世界に遠慮をするように、唇の真ん中だけ動かして出したみたい。芯のない声。そうやって細心の注意を払って出したような声をしているのに、当の彼女たちは自分たちの声がそうなっていることに気づいていなそうだった。
 そして、どうしてだかみんなうつむきがちだった。横に並んで床の同じ一点を見つめるようにして、小さな声で笑い合っている。女の子の一人はマスクをしていた。
 彼女たちの楽しそうにしている姿がこうであることが、なおさら敬子にはショックだった。十時間以上のフライトの後で疲れ切っているのだから、もっと全身で楽しそうにしろ、なんていうのが筋違いなのはわかっている。そういうことではなく、もっと何か、存在の核になる部分がおかしいのだ。
 敬子は周囲を観察した。
 少し離れたところに、家族と一緒の、おそらく姉妹である白人の女の子が二人いる。その左には、アジア系の女の子たちのグループ。彼女たちの立ち姿や会話をしている様子を見て、やはり何かが違う、と敬子は確信した。
 最弱。
 突然、その言葉が敬子の頭に浮かんだ。
 そう、敬子には、日本の女の子たちが最弱に見えた。とても弱々しい生き物に。その事実に、敬子は脅威を覚えた。

 一度そう感じてしまうと、敬子が空港から家まで帰り着く間、女の子の姿ばかりが目に入ってきた。特別に意識しなくても、異和として、敬子の目が否応なくキャッチしてしまうのだ。
 電車の座席に座り、大きな傷だらけのスーツケースがぐらぐら前後に動くのを苦心して押さえながら、敬子は女の子たちをぎらぎらとした気持ちで観察した。なんだかもう目が離せない。
 華奢な体。ふわふわと薄っぺらい素材の、短いスカート。ボブヘアーやロングヘアーをした女の子の多くが、前髪や毛先を軽く内巻きにしていた。できるだけ自分の容量を小さくするかのように、自分をきゅっとまとめるように、肩をぎゅっと内側に強張らせているように見える姿勢。
 その姿は、電車の扉の上でちかちかと光る小さな画面の中で踊っているアイドルグループの女の子たちの姿と、とても似通って見えた。とにかく人数が多いのが売りで、しかも同じようなグループがいくつもあるので、敬子には誰が誰だかわからない。
 この子たちの真似をしているの?
 敬子は斜め前に立っている女の子に、心の中で問いかけた。
 もちろん答えは返ってこない。
 扉の上では、映像の中の踊る女の子たちは姿を消し、ライオンキングの宣伝に変わった。
 斜め前の女の子は無表情でスマートフォンの画面を見つめている。この子もふわふわした花柄の短いスカートにブラウスを身につけ、ボブヘアーの前髪を内巻きにしている。真っ白な顔は、頬と唇だけがプラスティックのおもちゃのようなピンク色。まるでお人形のようだ。
 一ヶ月間、敬子が目にすることのなかった格好をした女の子。日本の女の子。
 日本で生まれ育った敬子は、そのときはじめて、〝日本の女の子〟という生き物に出会った気がした。
 これでは負けてしまう。
 敬子の頭の中になぜだかそう浮かんだ。
 何に?
 誰に?
 なんでこんなことを思ったんだろうと不思議に思った瞬間、電車が駅に滑り込み、扉が開いた。
 慌ただしく人が移動する。
 敬子の斜め前の女の子の後ろを通り抜けようとしたくたびれたスーツ姿の男が、そこまで混んでいるわけでもないのに、なぜか必要以上に彼女の背中を片方の腕でなぶるようにして、降りていった。一瞬のことで、敬子には男の横顔しか見えなかった。女の子は前によろめいたが、その表情は無のままだった。
 電車が再び動き出した。
 見ていた敬子の頭に、今度ははっきりと、こう浮かんだ。
 これでは日本の女の子が負けてしまう。

持続可能な魂の利用

写真:岩倉しおり

Synopsisあらすじ

ある日、カナダから帰ってきた敬子は気づいてしまった。日本の女の子たちが〝最弱な生き物〟であることに――!「アンデル 小さな文芸誌」にて連載された、松田青子による「持続可能な魂の利用」がWebBOCにお引っ越し&再スタート。日本にはびこる悪しき因習に切り込み、世界を呼吸のしやすい場所にする。人生を楽しくパワフルに変身させる物語の誕生です。

Profile著者紹介

松田青子(まつだ・あおこ)

1979年、兵庫県生まれ。同志社大学文学部英文学科卒業。著書に『スタッキング可能』『英子の森』『ワイルドフラワーの見えない一年』(以上、河出書房新社)、『おばちゃんたちのいるところ』(中央公論新社)、翻訳書に『狼少女たちの聖ルーシー寮』『レモン畑の吸血鬼』(以上、カレン・ラッセル/河出書房新社)、『AM/PM』(アメリア・グレイ/河出書房新社)『問題だらけの女性たち』(ジャッキー・フレミング/河出書房新社)、エッセイ集に『読めよ、さらば憂いなし』(河出書房新社)、『ロマンティックあげない』(新潮社)などがある。

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