持続可能な魂の利用第13回

 リンクだった。
 たかがリンク一つ。ただの数字と記号の羅列。でも、それは真奈のアイドルとしての未来を破壊した。
 熊野まなの公式ブログ、最新の投稿がアップされたコメント欄に突如として出現したリンクは、何気ない様子でそこにあった。
 差し入れでもらったなめらかプリンを頬張る自分の写真に添えた短い感想。おいし〜、とかそんな感じ。プラスいくつかの絵文字。ひねりもなにもない。いつも通り、当たり障りのない投稿だった。
「まななんと好きなデザートが一緒でうれしいなぁ」
「今日もカワイイぞ」
「ちょっと太った?」
「まななんおつかれ〜」
「目の下のくまやばくね」
 書き込まれたコメントの間にそっと差し込まれるようにそれはあった。
 容姿に対するコメントにはすでに慣れていた。いや、慣れているふりをしていた。褒められてもけなされても心配されても、善意でも悪意でも、容姿にまつわるコメントである時点で、すべて同じ響きを持って真奈に届いた。アイドルとは見られる対象であり、熊野まなはアイドルなのだから、これくらい受けとめられなくてどうする。
 むしろ、ありがたい。ファンの人たちのコメントはありがたい。
 アクセス数、コメント数、投票数。今やアイドルの人気は、数字で表されるようになった。数字を最も多く集めたアイドルが勝利を収めるのだ。
 もっとファンのみんなにコメントを書き込んでもらえるようにならなければ。そのためにもっとかわいくならなくては。引き出しを増やして、なんでもできるようにならなければ。
 今思えば笑ってしまうけど、当時の真奈は彼女なりに必死だったのだ。
 悪意のあるコメントやスパムはスタッフがそのつど消去してくれていたし、真奈だって常に警戒していた。時に不特定多数に傷つけられる仕事であることはもうわかっていたからだ。
 なのに、甘かった。
 どうしてそのリンクを押してしまったのか、真奈は今でもわからない。疲れていて警戒心が薄れていたのか、何か良いことがあって気が大きくなっていたのか、何気ない気持ちだったのか。真奈はただ甘かったのだ。この世界に対する認識が甘かった。
 スマホの画面に現れたのは、文字だった。黒い画面にいっぱいの白い文字。何だか禍々しいこの配色の時点で、怪しいと引き返すことだってできたはずだった。
 でも、真奈の目はすでに読みはじめてしまった。目にしたものを、読んでしまったものを忘れるのはこんなにも難しいことだったんだと、真奈は今も驚き続けている。
 それは物語だった。少女とある男との恋愛が、一人称で語られていた。「ぼく」がストーカーに襲われそうになっている少女を助けたことで、恋がはじまる。
 少女の名前は熊野まな。孤高のアイドルである少女は、「ぼく」と出会って、はじめて救われたと涙を流す。これまで誰もわたしのことを理解してくれなかった、あなた以外誰一人。わたしはずっとひとりぼっちだったの。そうやって、熊野まなは「ぼく」に心と体を委ねていく。
 作者は、劇場公演や握手会に足を運んでいる熱心なファンの一人なのか、テレビや雑誌に掲載されることの少ない真奈の体をよく知っていた。
 ガリガリに近い脚に比べて、妙に肉付きのいい上腕。左の脇の下にある大きなホクロ。外側に反り気味の薬指。
 真奈の体の特徴は、二人の親密さを表す効果的な記号として、主にセックスの場面で活躍していた。二人の「初体験」では、「ぼく」によって優しく外された白のレースのブラジャーに、実際の真奈のカップ数が正確に書き込まれてさえいた。熊野まなの胸を「ぼく」は優しく包み込むと、淡い桜貝のようなピンク色をした乳首を口に含む。まなの乳首はすぐにきゅっと固くなる。
 熊野まなは「ぼく」に愛され、悶え、喘ぎ、潮を吹いた。
 作者は、真奈自身でさえ見たことのない彼女の小さな性器の外側と内側を執拗に描写し、「ぼく」の硬くなった性器がいかに歓喜を持って受け入れられたか綴っていた。まなの小さな口には収まらないほど大きな「ぼく」の性器は、何度も白い液体をまなの中に注ぎ込み、彼女の薄っぺらいお腹はやがて膨らんでいく。「ぼく」とまなは柔らかなお腹に手を添えて、微笑み合う。
 今の真奈なら、アダルト動画鵜呑みにして好き勝手書いてんじゃねえよ、と笑い飛ばすこともできたかもしれない。そんな桜貝みたいな乳首してねえよ、絶頂の表現はまじで潮吹きしかねえのかよほか考えろよと、変なディテールに一つ一つ突っ込んでやれたかもしれない。
 でも、その物語は、課せられた恋愛禁止というルールを律儀に守っていた十代の女の子に、キラキラしたアイドルの世界だけを夢見てきた世間知らずの女の子に、隠れていたこの世界のもう半分を見せてしまった。
 何より、「ぼく」は四十代の男だった。
 おそらく「ぼく」と同じく四十代の男であるだろう作者は、屈託なく、何の疑問も感じていなさそうな筆致で、十代のまなと自分との恋愛小説を書き上げていた。それだけでは飽き足らず、本人が読んでくれるかもしれないという一縷の望みを託して、リンクを書き込んだのに違いなかった。それとも、このページを発見したほかの誰かが、冗談半分で貼り付けたのかもしれない。
 実際に、盗撮や悪質なストーカー被害に困っているメンバーもいるなかで、誹謗中傷ともいえない、ただラブストーリーの相手役にされただけの自分が、何を訴えるというのだろう。真奈はマネージャーにもメンバーにも誰にも何も言わなかった。スタッフが巡回したのか、そのリンクはコメント欄からいつの間にか消えていた。
 ただ、彼女の内側で確実に何かが損なわれた。黒いもの、としか言いようのない、どろっとしたものが、彼女の臓器一つ一つにこびりついてしまって、洗い落とすこともできない。四十代の男に「恋愛」として犯される自分の姿は、真奈の頭の中に、物語で描写された体のパーツのすみずみにこびりついてしまった。
 ファンの他愛のない、無害なファンタジーだと、これも受けとめてあげればよかったのだろうか。十代の女の子が、そこまで受けとめられなければ、アイドルではいられないのだろうか。
 真奈はアイドルの半分しか知らなかった。半分は、かわいい衣装を着て歌い踊り、同年代の子たちの憧れの的。もう半分は、男たちから性的に見られている存在。それでも、そんなことに気づかないふりをして、手を振り続ける。それがアイドル、ということだったのだ。
 当初、真奈は乗り越えようとした。活躍している先輩アイドルたちが、この事実を知らなかったはずはないからだ。通過儀礼のように受け入れて、さらに羽ばたいていったに違いない。だから、自分もそうするのだと、この逆境をバネにするのだと、真奈はにこにこ笑い続けた。最近がんばってるね、調子いいね、とファンや劇場スタッフに褒められるくらいだった。
 けれど、笑顔をつくらなければと口に意識を集中すれば、その口があの物語の中でどう使われていたか、思い出してしまう。ダンスのふりで足を蹴り上げると、その足の付け根の先にあるものが、男たちにとってどういうものなのか、いやでも思い起こされた。どれも本当には起こらなかったことなのに、ただの文字だったのに、本当に起こったことのように、嫌な感触があった。
 想像させた罪、はどうして犯罪にならないのだろう。
 真奈は全力を出して踊ることが、自分の手足が露出する衣装を着ることが恐ろしくなった。ファンという名前の大人の男たちと握手することが、彼らの前に姿をさらすことが恐ろしくなった。彼らは「ぼく」なのだ。「ぼく」は、真奈のもう半分を見ている。真奈が見てほしいほうじゃない半分を。
 アイドルには人格なんてない。熊野まなには、人格はなかったはずだった。このアイドルグループは、素人っぽさを売りにして、それぞれのキャラクターを活かしているように見せていたけれど、それだって、半ばつくられたキャラクターだ。本当の意味で、人格はなかった。いや、人格を持たない存在がアイドルだと、真奈自身も信じていて、だから人格を持たないふりをしていた。バリエーションが豊富な動くお人形の一体として。真奈は既存のアイドル像をなぞっただけだった。新しいことをしようなんて、思いつきもしなかった。でも違ったのだ。真奈には人格があった。人格のある真奈がもう無理だと叫んでいた。
 そこからの話は至極簡単だ。売れないアイドルが一人、めずらしくもない〝卒業〟をしただけ。それで終わりだ。熊野まなは世界から消えた。
 もともと好きだったけれど、アイドルを〝卒業〟し、高一の途中で中退した高校の卒業資格を取るために勉強をはじめた真奈は、さらにアニメにのめり込むようになった。成人して、社会人になってからも、それがずっと続いている。
 アニメは強い。
 今、目の前で、長い手足や豊満な胸をさらけ出して、強大な敵と戦っている魔法少女は、真奈の視線に絶対に負けない。そう思うと、真奈は安心できたし、救われた。
 アニメを見ている時、真奈は、「ぼく」と同じ視線をしている自分に時々気づかされる。その視線を持つ権利を、真奈はずっと欲していた。魔法少女の健やかな美しさを、デフォルメされた肉体を、いつまでも目に焼きつけていたかった。エロい、と無邪気にほくそ笑んでいたかった。自分に肉体があることを忘れ、見る側に徹していたかった。
 アニメのエンドクレジットが流れ切ると、真奈は間髪なくワードファイルを開き、書きかけの物語の続きにとりかかる。
 ここ数年、持て余した愛情を昇華させるために、二次創作にも手を出すようになった。好きなキャラクターを主人公に、自らの思うままの物語を書き連ねていると、自分の「好き」という感情の輪郭がはっきりするし、整理される気がする。キャラクターへの理解も深まる。
 あれは二次創作だったんだな。
 こうなってみると、日によっては、かつて真奈のことを二次創作にした男のことも少しだけ理解できるような気もする。男にとって、真奈は生身であって、生身でなかったんだろう。それとも、相手が心を持った人間かどうかは関係なかったのかもしれない。というか、内容が内容だ。少なくとも本人の目に触れていいものじゃない。それに、心を持たないアニメのキャラクターだったら何をやってもいいというのか。ぐるぐる考えてみてもどうしようもない。とりあえず、
 おっさん、マジかよ。
 体の線の隠れる、ダボダボのスエットの上下を着た真奈は、あぐらをかいていた足に疲れを感じ、片膝をついて、座り直した。カルボナーラうどんは、とうに冷めている。

持続可能な魂の利用

写真:岩倉しおり

Synopsisあらすじ

ある日、カナダから帰ってきた敬子は気づいてしまった。日本の女の子たちが〝最弱な生き物〟であることに――!「アンデル 小さな文芸誌」にて連載された、松田青子による「持続可能な魂の利用」がWebBOCにお引っ越し&再スタート。日本にはびこる悪しき因習に切り込み、世界を呼吸のしやすい場所にする。人生を楽しくパワフルに変身させる物語の誕生です。

Profile著者紹介

松田青子(まつだ・あおこ)

1979年、兵庫県生まれ。同志社大学文学部英文学科卒業。著書に『スタッキング可能』『英子の森』『ワイルドフラワーの見えない一年』(以上、河出書房新社)、『おばちゃんたちのいるところ』(中央公論新社)、翻訳書に『狼少女たちの聖ルーシー寮』『レモン畑の吸血鬼』(以上、カレン・ラッセル/河出書房新社)、『AM/PM』(アメリア・グレイ/河出書房新社)『問題だらけの女性たち』(ジャッキー・フレミング/河出書房新社)、エッセイ集に『読めよ、さらば憂いなし』(河出書房新社)、『ロマンティックあげない』(新潮社)などがある。

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