北条氏康第二十四回

第二部 四郎左

 十二月中旬、底冷えのするような寒い日、伊豆千代丸の外歩きのお供をして小太郎が城に戻ってくると、堀端に旅姿の僧が立っているのが見えた。左手に木椀を、右手に杖を持って念仏を唱えている。墨染めの衣は埃や泥で汚れ、編笠は破れている。
 懐から何枚かの銭を取り出して、小太郎がその僧に近付く。
「ご苦労さまです」
 声をかけながら、木椀に銭を入れたとき、その僧がひょいと編笠を持ち上げる。
「あ」
 思わず小太郎が声を上げる。
「久し振りだな」
 あばた面の醜い男が口元を歪(ゆが)めて、にやりと笑う。
 四郎左(しろうざ)であった。
 足利学校で共に学んだ親しい友である。足利学校では鷗宿(おうしゅく)と名乗っていた。俗名は山本勘助(かんすけ)という。
 小太郎は四郎左を城に入れ、井戸端に案内した。あまりにも四郎左が薄汚く、体から悪臭を放っているので、そのままでは城に入れられないと思ったからだ。
「ここで体を洗って下さい」
「うむ」
 四郎左が体を洗っている間に、小太郎は城に入り、新しい下着や衣を用意する。それらを携えて井戸端に戻ると、下帯ひとつの四郎左が地面にあぐらをかいて坐り込んでいる。
「どうしたんですか?」
「腹が減って動くことができぬ」
「ああ......」
 これに着替えておいて下さい、と言い残すと、小太郎は台所に行き、下働きの女に頼んで握り飯をふたつ拵(こしら)えてもらう。急いで四郎左のもとに戻ると、まだ半裸のままだ。着替えをする元気もないらしい。
「どうぞ」
 握り飯を差し出すと、飢えた犬のように目の色を変えて食らいつく。信じられないくらいに下品だが、小太郎は蔑(さげす)むこともなく、
(よほど苦労して旅してきたのだな)
 と同情した。
 握り飯を食べると人心地がついたのか、四郎左はゆっくり着替えを始める。
 それから小太郎は四郎左を自分の部屋に案内した。
 向かい合って坐ると、
「今まで、どこにいたんですか?」
 四郎左には四年くらい会っていない。
「京さ。そう言って、おまえと別れたじゃないか」
「それは伺いましたけど」
 ある事情で四郎左は足利学校にいられなくなり、軍配者になる修行を続けるために京都に向かったのである。軍配者になるには下野(しもつけ)の足利学校か、京都の五山(ござん)で学ぶしか道がない。このふたつが東西の双璧なのである。
「こいつ、本気にしてなかったのか。足利学校に戻れないとすれば、京の五山で修行する以外に軍配者になる道はない。そう話しただろうが」
「五山に入るのは難しいと聞きましたので」
「どんなところにも道はあるものでな。この世の中、大抵のことは金で何とでもなる」
 京の五山といえば、天龍寺(てんりゅうじ)、相国寺(そうこくじ)、建仁寺(けんにじ)、東福寺(とうふくじ)、万寿寺(まんじゅじ)の五つである。五山と並び称されてはいるが、微妙に格式が違っている。
 名門と言えるのは建仁寺で、数多くの軍配者を輩出している。四郎左が建仁寺を選んだのは当然であった。
「建仁寺で修行していた四郎左さんが、なぜ、小田原にいるんですか?」
「おまえを訪ねてきたに決まってるじゃないか。扇谷上杉と北条が大きな戦を始めるという噂は京にも伝わっている。どちらが勝つか、建仁寺の学僧たちも興奮気味に予想している」
「どっちが勝ちそうですかね?」
「北条に決まっているさ。扇谷上杉を支えなければならない太田と曾我(そが)が不仲だし、その他にはろくな家臣もいないからな。北条と互角に戦うには、他の国に助けを求めるしかない。今川が味方すれば面白いと思ったが、道々、駿河を旅してきた感じでは、北条と戦をするつもりはなさそうだな。大きな戦をするような支度を何もしていなかった。武田と扇谷上杉の縁組みがまとまりそうだという噂も聞いているが、武田は国内に多くの敵を抱えているから、扇谷上杉のために大軍を動かす余裕はない。となると、八割方、北条の勝ちだろう」
「驚いたな。詳しいんですね」
「建仁寺にいると、全国津々浦々からいろいろな知らせが届く。どこの国にも軍配者がいて、大抵は足利学校か京の五山で学んだ者たちだ。その連中が律儀に手紙を送ってくるわけだ。国同士が戦をしても、その戦を指図する軍配者同士が知り合いだったり、先輩後輩の間柄だったりということも珍しくない。こっそり打ち合わせをして、適当なところで戦を終わらせたりもするらしい。どちらかの国が負ければ、その国の軍配者は禄を失ってしまうからな。決着が付かないように、適当にやり合うのがどちらにとっても都合がいいわけだ。おまえが北条の軍配者であれば養玉(ようぎょく)と話を付けるところだろうがな」
「え、養玉さんのことをご存じなんですか?」
 養玉というのは、小太郎や四郎左と共に足利学校で学んだ曾我冬之助(ふゆのすけ)のことである。小太郎よりふたつ年上だから、今は二十歳である。最年長の四郎左は二十四歳だ。
「今頃は江戸城にいるはずだぞ。扇谷上杉には名のある軍配者はいない。せいぜい曾我兵庫頭(ひょうごのかみ)くらいだが、もう年寄りだからな。孫の養玉に軍配を預けても不思議はない。養玉が相手となれば、北条で軍配を振るのも面白そうだよな」
 ふふふっ、と四郎左が笑う。
「北条家に仕える気持ちがあるんですか?」
「軍配者になるのなら、本当は駿河がいいんだ。生まれた土地だしな。だが、今の御屋形さまは重い病を患っているという話で、それなら代替わりしてから仕官する方がいい。ご嫡男の彦五郎(ひこごろう)さまという御方も幼い頃から病気ばかりしている体の弱い人だから、御屋形さまが急に亡くなったりすると家督を巡って争いが起こるかもしれない。そんな騒ぎに巻き込まれたら面倒だ。今川に仕官するのは、もっと先だな。となると、あとは北条か武田ということになる」
「武田ですか?」
「国内に敵を抱えているから、武田では人を集めている。簡単に仕官できそうだが、主の信虎というのがひどく評判の悪い男でな。戦は強いらしいが、短慮で、ちょっとでも気に入らないことがあると、すぐに家臣を手討ちにするらしい。そんな主では物騒だから迷っている」
「それで北条ですか?」
「別に焦っているわけじゃない。とりあえず、上杉との戦を見物させてもらう。その成り行き次第で考えてもいいという話だ。戦というのは、時として思わぬことが起こる。負けるはずのない北条が負けることだって考えられないわけじゃないものな」
 四郎左が肩をすくめる。
 廊下をばたばたと踏み鳴らす音がして、襖ががらりと開けられる。金石斎である。その後ろに何人かの武士たちを従えている。城中の警備を受け持つ武士たちだ。
「金石斎先生、どうなさったのですか?」
 小太郎が驚いた顔で訊く。
「怪しげな者を城に招き入れたそうではないか。敵の間諜(かんちょう)ではあるまいな」
「まさか、そんなはずが......」
 小太郎が説明しようとすると、
「これは根来(ねごろ)金石斎先生でございますか」
 四郎左が大きな声を出す。
「なれなれしく、わしの名を呼ぶではない。正直に申せ。どこの国から参った?」
「京でございます。小田原に旅するのならば、そこに金石斎という者が軍配者として仕えているはずだから、よろしく伝えてくれと栄橋(えいきょう)先生から言付かりました」
「何だと、栄橋先生? おまえ、建仁寺の者か」
「はい。栄橋先生から易(えき)を学びましてございます」
「おお、そうであったか。栄橋先生は、お元気なのか? もう七十近いはずだが」
「矍鑠(かくしゃく)としておられます」
「そうか、そうか。建仁寺から参られたか。名は何とおっしゃる?」
「俗名・山本勘助と申します。建仁寺では鷗宿と名乗っておりましたが俗体に戻るつもりなので、どうか勘助と呼び捨てて下さいませ。金石斎先生は尊敬すべき兄弟子でございますから」
「ほう、山本勘助殿と申されるか。ところで、なぜ、風摩殿と知り合いなのだ?」
「は、風摩?」
 四郎左が小首を傾げる。
「風摩小太郎と名乗っているんですよ」
 小太郎が言う。
「ああ、そうだったのか。わたしは最初、足利学校で学んだのです。といっても、ほんの何ヶ月かのことでしたが。小太郎とは、そのときに知り合いました。しかし、足利学校のやり方が性に合わないので退校し、建仁寺で学び直したのです」
「そうなのか」
 金石斎が嬉しげな声を発する。
 関東諸国にいる軍配者は圧倒的に足利学校の卒業生が多い。建仁寺で学んだ軍配者は、そう多くない。少数派なのだ。そのことに金石斎は引け目を感じ、足利学校で学んだ軍配者を憎んでいる。小太郎に冷淡なのは、ひとつにはそれが理由であった。
 その金石斎にとって、水が合わぬという理由で四郎左が足利学校を退校し、わざわざ建仁寺で学び直したというのは痛快な出来事であった。
 しかも、栄橋という同じ師に学んだ同門の後輩である。嬉しくないはずがない。
「いきなり先生を訪ねるのは失礼と思い、小太郎に紹介を頼むつもりだったのです」
「何を水臭いことを申すのか」
 金石斎は部屋に入り込むと、四郎左の肩に両手を載せる。
「共に栄橋先生に教えを受けた仲ではないか。兄弟のようなものであるぞ。何の遠慮があるものか。小田原で身を寄せるところは決まっておるのか?」
「いいえ、まだ何も......」
「わしの屋敷に来られよ」
「いや、それでは、あまりにも申し訳なく......」
「栄橋先生のご様子も伺いたいし、建仁寺での修行のことも聞かせてほしい。わしが修行したのは、かれこれ十年ほども昔のこと故、いろいろ変わったこともあろうしなあ。頼む、うちに来てくれ。好きなだけ滞在して構わぬ。できるだけ長く留まってくれれば嬉しいぞ、山本殿」
「どうか勘助と」
「では、勘助殿。うちに来てくれるな?」
「はあ、そうさせていただければ......」
 四郎左がちらりと小太郎を見遣る。その視線に気付いた金石斎は、
「風摩殿、承知して下さるであろうな? 勘助殿を、この狭い部屋に泊めるわけにもいくまい」
「わたしは構いません。勘助さんにとっても、その方がよかろうと思います」
「おお、嬉しや!」
 金石斎は立ち上がると、
「では、参ろうか」
「もう少し小太郎と話したいのですが」
「積もる話があろうからな。わしは先に屋敷に戻って、勘助殿を迎える支度をしておこう。風摩殿、あとから勘助殿を案内して下さるな?」
「お任せ下さい」
 小太郎がうなずくと、金石斎が足早に部屋から出て行く。ちょっと興奮気味らしい。武士たちも慌てて金石斎を追う。
「何だ、あいつ? いきなり部屋に飛び込んできて、しかも、若侍を何人も連れて? おれを捕らえるつもりだったのかな」
「そうだと思います。実は......」
 金石斎との確執について四郎左に説明する。確執といっても、金石斎が一方的に敵意をむき出しにしているだけだが。
「そういうことか。おまえを見張っていたに違いない。何か弱味を見付けたら、それを理由にしておまえを追い出そうという魂胆なのだろう。しかし、御屋形さまの命令に従わず、北条家の軍法やしきたりを何も教えようとしないとは卑怯なことをする」
「十兵衛さまや大道寺さまが教えて下さるというのですが、戦支度でお二人とも忙しいらしくて、なかなか教わることができません......」
 宗瑞の言葉を十兵衛が書き残した冊子があり、そこには軍法やしきたりがかなり詳しく書き込まれている。それを読んで自分なりに学んでいるものの、冊子を読むだけではわからないことも多くあり、やはり、曖昧なところは誰かに教えを請(こ)う必要があるのだ、と小太郎が言う。
「おれに任せておけ」
「え?」
「あのはしゃぎようを見ただろう? 共に建仁寺で学び、共に同じ師に教えを受けたことで、おれを兄弟のように思っている。その気持ちはわかる。建仁寺で軍配者を目指している者は、誰もが皆、足利学校を悪(あ)し様(ざま)に罵(ののし)っているからな」
「へえ、そうなんですか」
「おまえには何も教えたくないだろうが、おれになら何だって教えてくれるさ。あの様子では、おまえを叩き出して、おれを後釜に据えようとしても不思議ではないな」
「確かに」
「冊子を読んでわからないところを、おれに言え。適当におだてて、おれが探ってやる。酒を飲ませておだてれば、何でもしゃべるさ」
「いいんですか、兄弟子じゃないですか」
「おまえには命を助けてもらった恩義があるが、金石斎には何の義理もない。小田原に旅することを栄橋先生に話したとき、先生が金石斎の名を口にしたのは本当だが、さして懐かしそうでもなく、よろしく伝えてくれとも頼まれなかった。学問も未熟で占いも下手くそだったが、口だけは達者で世渡りのうまそうな男だったと話していたよ」
 四郎左がにやりと笑う。

北条氏康

画・森美夏

Synopsisあらすじ

伊豆・相模を制し、梟雄と呼ばれた祖父・北条早雲がついに逝ったのは、伊豆千代丸(のちの北条氏康)が五歳の夏だった。家督を継いだ父・氏綱は小田原を本拠に、関東への版図拡大を画している。早雲は孫の治世を見越し、ある手を打っていた……。軍配者シリーズ、北条早雲シリーズに連なる〈北条サーガ〉最終章が、ついに始動!

Profile著者紹介

1961年、北海道生まれ。98年に第4回歴史群像大賞を受賞した『修羅の跫』でデビュー。

「SRO 警視庁広域捜査専任特別調査室」「生活安全課0係」シリーズを始めとする警察小説から、『早雲の軍配者』『信玄の軍配者』『謙信の軍配者』の「軍配者」シリーズや『北条早雲』全5巻などの時代・歴史小説まで、幅広いジャンルで活躍している。

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