男じゃない 女じゃない 仏じゃない第2回

 六年間同棲した彼女にこっぴどくフラれて以来、無性に女性の幽霊を抱きたい衝動に駆られるようになった。願いが叶うならショートカット、欲を言えば『Only You』を歌っていた頃の内田有紀(うちだゆき)ぐらいがベストなのだが、ショートカットの幽霊はあまり遭遇できないものらしい。確かにテレビの心霊番組などでも見かけた記憶はほとんどない。風俗店でも女性のタイプをある程度は指名できるというのに、とかくこの世は生きにくい。
 
 霊感がまったくない私が、幽霊とお近づきになるには取り憑かれるしかその術はない。深夜、近所の墓場に出向き「成仏できない女性の方がいらっしゃいましたら、私の家まで来ませんか」と、紳士的な口説き文句を心の中で呟きながら墓石から墓石へと渡り歩いた。生きている女性をナンパするなんて緊張してできないが、死んでいる女性なら割と平気である。何件か墓場をハシゴしてみたが、安らかに眠っている魂が多いせいか食いつきが悪い気がした。呪われる確率を少しでも上げるためには、強い恨みを持つ幽霊と出会わなければと思い立ち、石神井(しゃくじい)公園、水元(みずもと)公園、多磨(たま)霊園といった女性の地縛霊が出ることで有名な心霊スポットや、四谷怪談のお岩さんを祀ったと称する歴史的にいわれのある場所へ何度も足を運んだが、どうにも満足する結果は得られなかった。かくなる上は、気が進まないが幽霊を侮辱することで怒りを買うしかない。「このクソアマが」とか「お前は弱虫だから死んだ」といった低俗な悪口を投げつけてみたが、すでに死んでいるとはいえ、見知らぬ女性を罵ることへの良心の呵責に耐えきれずに、ただ自分の胸を痛めただけだった。なぜ私だけがこんなにも苦しまないといけないのだ。すべては私の彼女を寝取ったDJのせいである。ただ、そのDJの選曲センスは非常に私の好みに合っているので嫌いになれない。
 
 幽霊に並々ならぬ憧れを抱くようになったのは幼少期からだ。私が三歳になる前、兄を連れて母は家を出て行った。アマレスの実力者として名を馳せたこともある親父は、残された私を立派な跡取り息子に育てるために行き過ぎたスパルタ教育を課した。簡単に泣くことも子供らしいわがままを言うことも許されず、夏に「暑い......」などと漏らそうものなら「暑いかどうかはワシが決める。黙っとけ!」と親父の鉄拳が飛んで来るほどの壮絶さだった。おかげで「今日は暑いですね」と簡単に気温のことを話題にする人が苦手になってしまった。受けた教育で人間はこうも変わる。親父から逃げることもできず、甘えさせてくれる母親も気の許せる友達もいなかった私は、本や漫画に出てくる心霊の類に心惹かれるようになっていく。幽霊よりも親父の方が怖かったし、母親よりも幽霊の方が優しい顔をしているように見えた。特に美しいストレートヘアとクールな眼差しを併せ持った雪女は理想の母親像に極めて近く、恋心にも似た憧れを抱いていた。そばにいてくれない人間よりも、取り憑いてでも一緒にいてくれる物の怪を愛するようになった私。やがて、学校が終わってもまっすぐ家に帰らず、近所の墓場に寄り道をするようになった。知らない家の墓石に向かって一方的に話しかける毎日。最初のうちこそ、学校で起きた楽しいことを教えたり、BUCK-TICKやTHE YELLOW MONKEYなど自分の好きなアーティストの曲を歌って聴かせたりしていたが、そのうち、クラスのいじめっこ達を農薬でこらしめる計画や、親父を殺すために空手をはじめようと思っていることなど、陰鬱なことばかり口にするようになった。母親のいない寂しさが爆発した日は、墓石を抱きしめて泣いたこともあった。本当は親父にぶつけたかった感情を墓場に眠る霊達に受け止めてもらい、何とか辛い毎日を生き抜いていた。
 
 歳を取り、何人か友達ができるにつれて、私の足が墓場に向くことはなくなった。ようやく大人になったと思っていたら、心から愛していた彼女を失った孤独に負けて、子供の時と同じように幽霊達に甘えている。あの頃の墓場からまだ抜け出せずにいる自分が情けなくて笑えてくる。だが、今の私にはオカマと坊主という頼りになる二人の賢人がいる。すべてを打ち明けて楽になろう。そうしないと、いざ幽霊との情事となった時、スムーズに事が運ぶよう、もう一ヶ月以上も全裸で寝ている自分の行く末が心配だ。
 
 馴染みのオカマバー。時刻は深夜二時を回っている。私が贔屓にしているトリケラトプスによく似たオカマは、トマトジュースを一気に飲み干した後に、雄叫びのようなゲップをかましてから言った。
「あんたの顔じゃ女の幽霊はついてこないわよ。幽霊を舐めんなよ」
「......すみません」
「前から言ってるけど、あんたの顔は男ウケするの。だから男の幽霊を狙いなさい」
「男ですか。まぁそばにいてくれるなら男でも嬉しいですね」
「せっかくだし並の地縛霊とか狙うのはやめましょ。どうせなら大物狙わなきゃね」
「大物......」
「そうねぇ......、じゃあ平将門(たいらのまさかど)いっちゃいましょ」
「最強の怨霊じゃないですか」
「将門の毛むくじゃらの太い腕で抱きしめられてごらんなさい。きっとあんたも目覚めちゃうからぁ」
「将門......でもあなたの先祖って源氏一族ですよね」
「私は源氏の血を引くオカマだけど平家の将門に首ったけ。そういうの素敵じゃない? 将門に抱かれたら少しは箔が付くわよぉ。最初の男が将門なんて羨ましい」
「どうせならもっと美少年がいいなぁ......」
「ぐだぐだ言わずに首塚行って、将門に喧嘩売ってこいや! あ、憑りつかれたらこの店に連れてきてね。私も挨拶したいから」
「......はい」
「あとさ、どうせお化けを相手にするならさ、目の前にいるお化けにしとくのはどう?」
「え?」
「私も含めてこの店にいるオカマはみんな幽霊も逃げちゃうような奴等だけどさ。でも幽霊と違ってちゃんと生きてるんだからね」
「......はい」
「幽霊に逃げるのはオカマにいってからでもいいんじゃな~い」
「まだその時ではないと思うので、頑張って新しい恋を探してみます」
「あらん、残念だわ~。その時が来たらいつでもいらっしゃいね。オカマはね、死の一歩手前でいつでも待ってるから」
「最後の砦ですね」
「そ、最後の砦」
 そう言って、トリケラトプスは私の頭をゴリゴリと撫でてくれた。彼女の大きな手のあたたかさが頭皮から伝わってくる。それは私が子供の頃に探し求めていた母親のあたたかさに近い気がした。

 結局オカマバーで夜を明かしてしまった私は、ふらつく足取りで行きつけのお寺に向かう。早朝五時の境内(けいだい)には早起きの参拝客の姿がちらほらと見える。お寺名物の湧き水を一気飲みして酔いを覚ましていると、参道を箒で掃いていた顔見知りの坊主がこちらに気付いて頭を下げる。
「おはようございます。こんな早くに来られるのは珍しいですね」
「おはようございます。朝帰りでして......お恥ずかしい限りです」
「まぁ、たまにはいいじゃないですか」
「そうですね、住職さんもよくパチンコ屋にいますもんね」
「......」
 少しの沈黙の後、幽霊に翻弄されているここ最近のことを相談してみた。オカマと違って仏に仕える身である坊主は激怒しないだろうか。そんな私の心配をよそに、坊主は笑った。
「ほっほっほ、仏に仕える仕事をしていますので、死者の方達はそっとしておいてあげて欲しいのが本音ですがねぇ」
「そうですよね。すみません」
「いいんじゃないですか。幽霊を怖がってばかりいる人よりはいいお付き合いの仕方だと思いますよ」
「そんなもんですかね」
「私達からしたら、幽霊だろうがなんであろうが魂というものは尊いものであり怖がるものではありませんからね」
「子供の頃、墓場の幽霊達に世話になったので怖いっていう感情はないですね。ある意味家族だったので」
「ゲゲゲの鬼太郎さんみたいなお子様だったんですねぇ」
 寺の横に広がる墓場に移動する。三、四十個ほどの墓石が規則正しく並んでいる美しい光景だった。
「住職さん、ここに眠っている方々に暴言を吐いてもいいですか」
「おやめください、うちが管理してる場所ですので」
「我慢できそうにありません」
「......」
「もう無理です」
「......いいですよ。あなたがどれだけ怒らせても、私が皆様を鎮めてさしあげますから」
「どうやって鎮めるんですか」
「お経をあげて鎮めるのです」
「それ専用のお経があるんですか」
「そうです。専用のお経があります」
「そのお経って長いですか」
「けっこう長いですね」
「そのお経ってよく唱えますか」
「ここ十年ほど口にしたことはありません」
「ますます唱えさせたくなってきましたよ」
「......お好きにしてください」
「ははは」
「ほっほっほっ」
 子供の時、私は墓場で一人ぼっちだった。そばに寄り添ってくれていた幽霊もいたのかもしれないが、霊感がない私はその姿を見ることができなかった。今、隣にはパチンコ好きの坊主が立っている。これだけで充分幸せなのかもしれない。早く家に帰って昼過ぎまでぐっすり寝よう。起きたら将門の首塚に行かないと。人生で大切な約束は破ってきた私だが、オカマとの約束だけは破るわけにはいかないのだ。

男じゃない 女じゃない 仏じゃない

Synopsisあらすじ

6年間同棲した彼女と別れ、仕事も辞めた著者。孤独な日々の中で出会ったのは、由緒あるお寺のお坊さんと、オカマバー勤務の筋骨隆々なオカマだった。歩む道は違えど信頼できる2人に、著者は人生相談を持ちかける……。仏の教えとオカマの人生経験。2人のアドバイスに振り回される著者は、本当に悩みを解決できるのか!? 『死にたい夜にかぎって』著者による元気をくれるエッセイ。

Profile著者紹介

つめ・きりお

1979年生まれ。2014年『夫のちんぽが入らない』のこだま氏とユニットを組み、同人誌即売会・文学フリマに参加。2018年、webサイト「日刊SPA!」で驚異的なPVを誇った連載をまとめたエッセイ『死にたい夜にかぎって』でデビュー。自身の恋愛と苦い人生経験をポジティブに綴った本作はネットを中心に話題沸騰。以来、書店イベントから夏フェスまで多種多様なイベントに出演し、注目を集める。

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