男じゃない 女じゃない 仏じゃない第13回

「三十六歳にもなってプロレスしか趣味がない男は気持ち悪いんだよ! だからてめえはモテねえんだよ! 死ね!」
 最近、ウィッグをセミロングからショートボブに替えたトリケラさんは、オカマバーの店内に響き渡るほどの大声で私を責め立てた。本人曰く、新しい髪形は本田翼に寄せたつもりらしいが、どう見ても女芸人の田上よしえにしか見えない。
 六年間同棲した彼女にフラれてから、はや四年が経とうとしている。このオカマと出会ってからも四年。
 浮いた話のひとつもない自堕落な日々を過ごす私。そんな私が仲良くしている異性は、毎日通っている立ち食い蕎麦屋のおばちゃんと、自分が住むアパートの大家の婆さんの二人だけ。彼女たちとのプラトニックな関係は、それはそれで素敵なのだが、私には歳相応の恋をして欲しいというのが、トリケラさんの切なる願いなのだ。
「本気で人を好きになるのが怖い」なんて似合わないことを言うつもりはない。六年間という長きにわたって、躁鬱病と闘う彼女をサポートしながら、生活のために朝から晩まで働き詰めた日々にちょっとだけ疲れてしまった。心配してくれるトリケラさんには悪いが、頼むからもう少しだけ、気楽な独り身暮らしを満喫させて欲しい。
「それなら新しい趣味でもはじめてみたら? 一人の時間が充実するよ」と、トリケラさんからの提案。料理、キャンプ、英会話と、さまざまなジャンルの趣味を勧められたが、どうにも気乗りがしない。やっぱり私は、幼い時から大好きなプロレス以外のことに興味を持てないのだ。そんな煮え切らない私の態度に、トリケラさんの堪忍袋の緒が切れてしまった。
「おい、プロレスオタク、自分が好きな物ベスト3を言ってみな」
「は? なんでだよ」
「そこからお前に向いてる趣味を考えてやるよ」
「いきなり言われると難しいな」
「プロレス以外で言えよ。頭の中に浮かんだものを直感で言えや」
「シーチキン、鳥そぼろ、炭酸飲料」
「......4位は?」
「つくね」
「......5位」
「小野真弓」
「お前、本当に死にたいらしいな」
 その日、トリケラさんの金切り声は朝まで鳴り止むことはなかった。

 翌日、オカマに傷つけられた心を、坊主に癒してもらうことにした。ここ最近、だんだんと日差しが強くなってきた。また夏がやってくる。住職と会ってから四度目の夏がやってくる。境内に差し込むまぶしい太陽の光に目を細めながら、住職はいつものようにこちらに向かって手を振った。
「それはオカマさんの言う通りだと思いますよ。新しい趣味を見つけてはいかがですか」
 私の話を聞いた住職はトリケラさんの肩を持った。
「住職はどうしてそう思うんですか?」
「ほら、私はパチンコ大好きでしょ? でも、最初はギャンブルならなんでもよかったんです。競馬、競艇、麻雀と色々やりました。その中でパチンコが一番性に合ったんですねぇ」
「なぜパチンコだったんですか?」
「競馬とか競艇は、騎手とか他の人が操縦するでしょう。私はお金がかかることを人任せにしたくないんです。麻雀はね、頭が悪い私にはできなかったです。ルールも役も覚えられなかった。宝くじなんて最悪ですよ。結果が出るまで時間がかかるし、当たる可能性が一番低いんですから。そうなると、単純なパチンコが一番良かったんですね。同じ場所にずっと座っているのも、毎日のお経で慣れてますしねぇ」
「なるほど、説得力ありますね」
「他のギャンブルを経験してみることで、パチンコの良さがよく分かったんです。それと同じで、プロレスのことしか知らないのは、本当の意味でプロレスを好きとは言えないかもしれないですね。他のことにも目を向けた上で、やっぱりプロレスが好きだと言える方が深い愛情を感じませんか?」
「確かにそうかもしれないですね。前向きに考えてみます。でも、住職ってパチンコの話をする時、本当にイキイキしますよね」
「もう病的に好きですから。パチンコなしじゃ生きていけません。こんな住職失格なことを言えるのはあなたにだけです。あなたはなんでも素直に私に相談してきますからね。たまにはこっちも本音を話さないと不公平だと思いました」
 そう言って、住職は初夏の太陽にも負けないまぶしい笑顔を見せた。

 パチンコ依存症の坊主の導きで、プロレス以外の新しい趣味を模索してみることにした。一人だと挫折してしまいそうだったので、世話好きなオカマを巻き込むことにした。トリケラさんが嗜(たしな)んでいる趣味に、私も混ぜてもらう算段だ。ぶしつけなお願いに最初は気乗りがしない様子だったが、私のしつこさに負けて渋々了承してくれた。
 トリケラさんがハマっている趣味は「見守る」という趣味だった。「見守る」というのは、体育館やグラウンドで開催されている少年野球やママさんバレーボール大会のような催し物を、最初から最後まで勝手に見学することだった。知り合いなど誰もいない大会だ。入場時に持ち物チェックをされることもないし、堂々と関係者のフリをして応援すれば怪しまれることもないという。
 記念すべき第一回目の「見守る」は、近所の区民体育館で開催されていた少年剣道大会に決定した。いつも通り、よそ行き用のスーツに身を固めたフォーマルなトリケラさんは最高に格好良かった。どこからどう見ても商社勤務のダンディなお父さんにしか見えない。くたびれたプロレスTシャツ、ヨレヨレのチノパンにサンダルという気の抜けた格好で来てしまった自分が恥ずかしい。
 係員に一度も止められることなく応援席までたどり着いた。会場全体を見渡せる二階席に陣取り、大会の様子を見守る。競技に打ち込む子供たちのひたむきな姿。声を嗄らさんばかりの大声で我が子を応援する家族達。寂しい独り暮らしの身の私には、なかなかお目にかかれないまばゆい光景。そんな場面をずっと見ているうち、自分の心の闇が少しずつ晴れていくのを感じた。トリケラさんの言うように、確かにこれは癖になる。
「なぁ、お前はどの子にする?」
 トリケラさんが私の肩に手を置いて言った。
「どの子って?」
「だから、どの子を自分の子供だと思って応援するかってこと」
「あぁ、そうやって妄想して遊ぶんだ」
「そういうこと。アタシはあの角刈りの泉くんにするわ。角刈りってやっぱり素敵でしょ」
「じゃあ俺は、あのひょろっと背の高い沢田くんにするよ」
 ちょっとした遊びのつもりなのに、いざ自分の息子の試合になると、必要以上に応援してしまう。思わず大声で「頑張れ」と叫びそうになるのを何度も我慢した。残念ながら、泉くんも沢田くんも途中で負けてしまった。泉くんはこの大会に懸けていたようで、負けた途端、周りを気にせずに大声で泣き出してしまった。泉くんの本当のお父さんも愛する息子を抱きしめて泣いていた。もちろんトリケラさんも泣いていた。初めて見るトリケラさんの泣き顔。この人はこんな優しい顔で泣くんだなと思った。トリケラさんの泣き顔を見た私ももらい泣き。泉くんの敗北で三人の大人が号泣している異様な光景だった。
 決勝戦が始まるまでの空き時間、自動販売機でジュースを買ってきてくれたトリケラさんが真面目な顔で私に言う。
「いやぁ、泣いちゃったよ。恥ずかしい」
「トリケラさんが泣くの初めて見たよ」
「あんまり泣かないんだけどね。こういう場所だと素直に泣けるからいいんだよ」
「まぁ、俺も泣いちゃったし」
「お遊びの子供でこんなになっちゃうなら、血の通った自分の子供だとどうなるんだろうね」
「想像できないなぁ」
「お前は自分の子供欲しくないの?」
「いやぁ、うちは親父が三歳の俺を平気で殴るような人だったからさ。怖いのよ。どれだけ強く誓っていても、どこかで変なスイッチが入って、親父と同じことを自分の子供にするんじゃないかって」
「そっか。それは怖いだろうね」
「でしょ」
「でもさ、オカマの私と違ってお前は可能性があるんだからさ。諦めんなよ。今すぐじゃなくてもいいからさ。な」
「ああ、うん、考えとくよ」
「相変わらず煮え切らない野郎だなぁ」
「ねぇ、日本だと無理だけどさ。外国の子供を養子にするのならできるんじゃない?」
「ああ、東南アジアとかならできるかもね。日本より審査も簡単だろうし、物価も違うかもしれないし」
「いつかそんなことできたらさ、トリケラさんと俺の子供にして育てようよ」
「......なに言ってんだ。子供はおもちゃじゃねえぞ」
 そう言いながらもトリケラさんはどこか嬉しそうに見えた。それを誤魔化すように、わざと大きな声でトリケラさんが言う。
「次の決勝戦、どっちのガキんちょが勝つのか賭けようぜ」
 私はニコッと笑って答える。
「いいよ、負けた方が晩飯おごりね。ねぎしの牛タン三種盛り定食いただき!」
子供を賭けの対象にする人でなし。
 どうやら、私もトリケラさんも人の親になるにはまだまだ修行が必要のようだ。

男じゃない 女じゃない 仏じゃない

Synopsisあらすじ

6年間同棲した彼女と別れ、仕事も辞めた著者。孤独な日々の中で出会ったのは、由緒あるお寺のお坊さんと、オカマバー勤務の筋骨隆々なオカマだった。歩む道は違えど信頼できる2人に、著者は人生相談を持ちかける……。仏の教えとオカマの人生経験。2人のアドバイスに振り回される著者は、本当に悩みを解決できるのか!? 『死にたい夜にかぎって』著者による元気をくれるエッセイ。

Profile著者紹介

つめ・きりお

1979年生まれ。2014年『夫のちんぽが入らない』のこだま氏とユニットを組み、同人誌即売会・文学フリマに参加。2018年、webサイト「日刊SPA!」で驚異的なPVを誇った連載をまとめたエッセイ『死にたい夜にかぎって』でデビュー。自身の恋愛と苦い人生経験をポジティブに綴った本作はネットを中心に話題沸騰。以来、書店イベントから夏フェスまで多種多様なイベントに出演し、注目を集める。

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