男じゃない 女じゃない 仏じゃない第11回

「お前は自分の顔で女を落とせる男ではない。だから、心を磨いて強い男になれ」

 この言葉を親父から言われたのは、小学校高学年の頃だった。まだ子供だった私には、親父が言っていることの意味がよく分からなかった。要するに「お前は不細工だけど、男は顔じゃないぞ」ということを伝えたかったのだろう。小学生に話すのは、いささか早過ぎる内容だと思うが。

 奇(く)しくも親父の予言通り、中学生になった私は、自分の容姿にひどく悩まされることになる。その頃の私は、顔、首、背中と体中が無数のニキビに覆われており、爬虫類(はちゅうるい)のようなゴツゴツとした肌をしていた。皮膚科に足繁く通ってみたが回復の兆(きざ)しは見られなかった。
 それならば自分で治してやるぞと、なけなしの小遣いを貯めて、アメリカのセレブが使っている高級洗顔料、中国福建省に百年に一度しか生えないと言われている万病に効く笹の葉エキス入り化粧水、あのクレオパトラも愛用していたという蚕(かいこ)の繭(まゆ)で作った洗顔スポンジ。ニキビに効果がありそうなものは、怪しかろうがなんだろうがあらゆるものを試した。
 そのおかげか自然治癒力なのかは分からないが、中学を卒業する頃には、顔のニキビはほぼ無くなり、親譲りの色白の肌を取り戻した。ただ、ニキビの後遺症で鼻の色だけがドラえもんの鼻のように真っ赤だった。

 高校生になり、ニキビに悩まされないバラ色の学園生活がはじまることを期待した。ところが、顔の中心部が赤、その周りが白という私の顔の配色が、日本国旗に似ていることに気づいたクラスメイトが、私のことを「ジャパン」と呼んでいじめるようになった。生まれて初めて誰かにつけてもらったあだ名なのに、最初から国を背負うことになるなんて。
 クラスで一番頭の良かった平井君に鼻のことを相談してみると、「深呼吸をして気持ちを落ち着けると鼻の赤みが取れるよ」と有益な情報を教えてくれた。藁(わら)にも縋(すが)る思いで、授業中も休み時間も暇があれば「スーハースーハー」と深呼吸をしていた。その様子を見たクラスメイトが、私の深呼吸がロボットみたいだということで、私のことを「サイボーグジャパン」と呼ぶようになった。機械の体を持ついじめられっこの誕生である。

 クラスメイトのいじめにより、己の容姿にまったく自信を持てなくなった私は、当時人気があったSOFT BALLET、BUCK-TICK、黒夢を代表とするヴィジュアル系バンドに憧れるようになった。ただの色物ではない演奏技術の高さと楽曲の良さに加え、艶のあるルックスと鮮やかなファッションで武装した彼らは本当に美しかった。
 あの人達のように美しくなりたい。異性にモテるとかそんなことはどうでもいい。美しくさえあればいいのだ。

 決意を固めた私は、近所の化粧品屋に、「うちのおばあちゃんが試供品を全部くれと言っている」と豪快な嘘をつき、大量のメイク用品を無料で手に入れた。だが、道具はあっても肝心の化粧のやり方が分からない。ヴィジュアル系専門雑誌を見ながら、見よう見まねでクリームやファンデーションを顔に塗りたくる。次に眉毛を剃(そ)って細くする。不格好な仕上がりだったが、今までの味付け海苔のような極太眉毛よりは幾分かマシだった。最後にうっすらと口紅を塗り、人生初の化粧が終わった。
 三十分ほどの悪戦苦闘の末、鏡には、幽霊のような血色の悪い肌をした化け物が映っていた。だが、あれだけ悩まされた鼻の赤みが完全に消えた顔は、とても美しく見えた。この生まれ変わった自分で生きてみよう。覚悟を決めた私は、毎日フルメイクで学校に通うようになった。

 変わり果てた私の姿を見た担任やクラスメイトは、そのあまりの恐ろしさに何も言葉をかけてこなかった。まるで、映画『エレファント・マン』の異形の主人公を見るかのような好奇なまなざしで、遠くから私を観察していた。
 だが、私の心は波一つない海のように落ち着いていた。他人とのふれあいを失ったが、自分が美しいと思える姿でいれることが何よりうれしかった。このまま卒業まで独りぼっちでも構わない。私は私らしく生きるのだ。
 そう思った矢先、事件は起きた。ある日の数学の授業で、定年間近のベテラン女教師が「お前がその気持ち悪い化粧を落とすまで、私は授業をしない」と、私のメイクを理由に授業をボイコットしてきたのだ。ようやく手に入れた美しさを奪われてなるものかと、私は徹底抗戦を決め込んだ。しかし、クラスメイトの「空気を読めや」という無言の圧力に屈し、トイレで顔を洗ってメイクを落とすことになった。私のすっぴんを見た数学教師は「その顔の方がええ男や」と勝ち誇ったように笑った。その日以来、私は数学を勉強することをやめた。「美」を理解できない者が教える教科など、私の人生には必要ないのだから。

 自分の容姿で一喜一憂する人生に疲れた私は、無理に美しく装うことをやめ、ありのままの自分を愛することにした。醜(みにく)さもまた私の一部なのだから。不細工なりに愛想だけは良くしようと、常に笑顔を絶やさないように心掛けているうちに友達もできたし、いじめられることも少なくなった。結局は、最初から自分らしくしていればよかったのだ。

 あれから二十年近く経った。この世には容姿じゃない部分で男性を見てくれる素敵な女性がたくさんいることを知った。すべて親父が言っていた通りだった。

 そして今、私の目の前には化粧用品を持ってニヤニヤと笑っているトリケラさんがいる。
 本日カウンターで一緒になった男性が、かつて新宿の歌舞伎町で月一回催されていた『プロパガンダ』と呼ばれるイベントの常連さんだった。そのイベントは、純粋な男性、ニューハーフ、オカマと参加する人たちはいろいろだが、女装を嗜(たしな)む人たちが集まって、楽しくお酒を飲んで朝まで踊り狂う素敵なイベントだったらしい。
 彼は、ニューハーフでもオカマでもなく、純粋に女装が好きなだけのノーマル男性だった。普段は池袋で整骨院の院長をしているとのこと。嫁さんには逃げられ、男手一つで二人の息子を養っている四十歳の立派な男性だ。そんな人が女装にハマっていることに興味が湧き、いろいろと聞いているうちに、「あなたも一度女装を経験してみませんか?」と誘われたのだ。

「メイクならアタシに任して!」とトリケラさんは、ロッカールームから自分の化粧道具一式を取ってきた。私の体を上から下まで舐め回すように見つめてから、私にたずねる。
「お前さ、ギャルがいい? それともOLになりたい?」
 あまり聞かれたことのない二択にとまどいつつも、どうせならありえない選択をしたほうが面白そうなので「ギャル」を選択した。
「ギャルね。OK~♪ じゃあもちろん私の尊敬する浜崎あゆみ風メイクでいくわね♪」
「俺にはよく分かんないから任せるよ」
「つけまつげも付けて本格的に仕上げちゃいましょ」
 ちょっと化粧をするだけなのに、私がオカマデビューをするのかと勘違いした店のオカマたちが、蛍光灯に群がる虫のようにわらわらと集まってきた。みんなに自分の顔を見られていることが急に恥ずかしくなってくる。見世物小屋で自分の醜い顔を笑われているような錯覚に陥って、「恥ずかしい」と情けない声を漏らしてしまう。そんな私にトリケラさんが優しく声をかけてくれる。
「大丈夫。笑う奴なんて誰もいないよ。ここにいる奴はみんな化け物みたいな顔してるじゃないの」
「お前も含めてな!」と店内のオカマたちから一斉にトリケラさんにブーイングが浴びせられる。あたたかい笑いに包まれる店内。少し気分が楽になった。
「店内BGM、アユにして~!」とトリケラさんが新人のオカマに指示を出す。大音量で響き渡る浜崎あゆみの『Boys & Girls』に合わせて、トリケラさんのメイクアップショーがはじまる。私はトリケラさんを信頼して目を閉じる。トリケラさんは、時折私に「かわいい」「綺麗よ」と声をかけながら慣れた手つきでメイクを進めていく。正直悪い気はしない。
 今日何度目かの『SEASONS』が終わる頃、メイクは終了した。先ほどの女装好きのお客さんが持ち歩いているセミロングのウィッグを装着させてもらう。トリケラさんが「まだ目を開けちゃダメよ」と言うので、両目を閉じてその時を待つ。
「はい、どうぞ」と言われて目を開けると、鏡には中の上ぐらいのレベルのギャルが映っていた。
「お前の顔だとこれが限界だよ!その潰れてる鼻は整形しな!」と言ってトリケラさんは笑った。
 これで十分だった。
 そうか、ちゃんとメイクをしてもらえたら、こんな自分の顔でも少しは綺麗になるんだなと胸が熱くなった。調子に乗って、普段だったら口が裂けても言わない言葉を口にしてみる。
「私、綺麗?」
 店内のオカマたちが「きれ~~い」と野太い声でハモってくれた。
嬉しくなって「私、綺麗?」ともう一度聞く。
「調子にのんじゃねえぞ!」「殺すぞ!」と汚い言葉を矢のように吐きかけてくるオカマたち。
 ここは地獄だ。でもこんなに居心地のいい地獄を私は知らない。

 次の日、オカマたちから分けてもらった化粧道具を使ってメイクに励む私がいた。あれをきっかけに目覚めてしまったわけではない。私の美しい姿を住職様にも見せてあげないとかわいそうじゃないか。まだ不慣れながらも、トリケラさん直伝の浜崎あゆみ風メイクを完成させ、お寺へと急ぐ。道ですれ違う人々の視線など気にならない。住職がどんな顔で迎えてくれるのか、今大事なのはそれだけだ。
 ところが、どういうわけか、待てども待てども住職が出てくる気配はない。心配になって住職にメールをしてみると、仏教の勉強会もかねて、しばらく関西のお寺の方に行っていることが分かった。どうせ関西の有名なパチンコ屋巡りもするはずだ。
「どうしても住職に見せたいものがあるんです。いつ帰ってくるか教えてください」と聞くと「嫌です。どうせろくなもんじゃないので教えません」と素っ気ない返信。相変わらず勘がいい坊主だな。なんとか帰ってくる日を聞き出さねば。そうしないと、住職が戻ってくるまで、お寺に行くたびに、浜崎あゆみのメイクをしないといけなくなる。
 そんなの嫌だ。そんなに頻繁にメイクなんてしてたら、何かの弾みでオカマになっちゃいそうで心配じゃないか。

男じゃない 女じゃない 仏じゃない

Synopsisあらすじ

6年間同棲した彼女と別れ、仕事も辞めた著者。孤独な日々の中で出会ったのは、由緒あるお寺のお坊さんと、オカマバー勤務の筋骨隆々なオカマだった。歩む道は違えど信頼できる2人に、著者は人生相談を持ちかける……。仏の教えとオカマの人生経験。2人のアドバイスに振り回される著者は、本当に悩みを解決できるのか!? 『死にたい夜にかぎって』著者による元気をくれるエッセイ。

Profile著者紹介

つめ・きりお

1979年生まれ。2014年『夫のちんぽが入らない』のこだま氏とユニットを組み、同人誌即売会・文学フリマに参加。2018年、webサイト「日刊SPA!」で驚異的なPVを誇った連載をまとめたエッセイ『死にたい夜にかぎって』でデビュー。自身の恋愛と苦い人生経験をポジティブに綴った本作はネットを中心に話題沸騰。以来、書店イベントから夏フェスまで多種多様なイベントに出演し、注目を集める。

Newest issue最新話

Backnumberバックナンバー